二話:殺意
「……は?」
完全に虚をつかれたのか、相手の空気が一変したのが分かる。
よし食いついた! このまま、呼吸とリズムにのってガンガン畳みかけてやるぜ。
「例えば、でかい山が好きなのか、小さい山が好きなのか……山が好きな奴らを集めてそういう議論をしたとして、だ。でかいだの小さいだの、そんなことで価値を決めたりするか? しないだろ。山が好きな奴らなんだからでかい山にはでかい山の良さが、小さい山には小さい山の良さがあることを知ってるはずだもんな」
「なに、を……?」
「そうであるということを前提にした上で、俺は巨乳派だと宣言する。おっと、エベレストみたいにデカ過ぎるのはダメだぞ。デカイのに形、色、弾力のバランスを高レベルで保っている富士山のような美巨乳。これこそ至高の存在だとは思わないか?」
「……」
「ん、その反応……アンタ、貧乳派か? いや、そもそも乳に興味が……ま、まさか尻派じゃないだろうな!? 奴等とは月と地球のように、近そうで遠い付かず離れずの距離感が――」
「……ふぅ」
警戒を解いたのか、それとも呆れたのか、レイヤーがゆっくりとした動作で剣を鞘へと収めていく。
フッ、どうやら成功だな。
突拍子もない、しかし男なら誰しも食いつかざるを得ない話題を提供し相手の懐に一瞬で潜り込む。これぞ営業で培ってきた俺流会話メソッドだ。
内容が下劣かつ行き当たりばったりすぎる点は……この際だ。無視していこう。
「なんだ、尻派でもなかったか? まぁ安心しろ。こと女体に関しては、足派や手派、脇派、膝派、髪派といった少数派だったとしても、一定の理解を示せる度量を持ち合わせているつもりだ。俺の前ではマイノリティを恥じる必要も誇る必要も無い。全ては女体への愛で説明が付く」
「ふむ」
あれ? 思ったよりも反応が薄いな。
もう一押ししてみるか。
「お互いがお互いのことを知りたいなら、まず性癖を晒せってのが俺の持論だ。男なら誰しも性癖の一つや二つ――」
「私は男ではない」
不意打ち気味に言葉が遮られ、え、なんて? と聞き返そうとしたそのとき、レイヤーが自分の首の後ろに手をやり、カチャリと何か――恐らく鎧と兜を繋ぐ金具――を外して兜を脱いだ。
年齢は二十歳、いやもう少し若いか? あどけなさが残る切れ長の目に長い睫毛、少し小振りでツンとした鼻、プルプルの唇……目に少しかかる銀髪は前髪以外が頭の上で団子状にまとめられていて、そこから幾筋かの髪がうっすら輝きを放ちながらフワッと耳や頬に舞いかかり、汗ばむ肌に張り付いていく――その、神々しさすら感じる美しさに我を忘れて魅入る。
こんなことが、いや、こんな女性が現実に存在するとは。
「剣を帯びる今は女でも無いがな」
レイヤー改め美少女はそう言うと、さらに一歩近付いて手を差し出してきた。
「オールタニア中央教会の……栄光騎士団所属、メリシアと言う」
「今井奏太二十八歳会社員です。結婚してください」
なんたら教会とか、うんたら騎士団とか、メリシア(コスプレネームかな?)とか、色んなツッコミどころはあったが、気が付けば、差し出された手に触れないよう優しく両手で包んで握手しながら、とりあえず求婚していた。
「イマイソウタ、今は剣を帯びている身だと言ったはずだが?」
俺のその紳士的な挙動がメリシアちゃんにはキモかったようで、汚物を見るような表情でそんなことを言ってきた。
そんな目でそんなこと言われたらしちゃうぞ、結婚。
先程まで混迷の極みに達していた思考は、目の前にいる、テレビでも見たことがないレベルの美人からどうすれば覚えめでたくなれるのか――と、フル回転を始めていた。
「星座はカニ座、趣味は音楽鑑賞と読書です。結婚してください」
好きなジャンルはエロゲの主題歌、特に好むのは漫画とラノベですとは言わないでおく。
「お、落ち着いてくれ。なにを言っているのか要領を得ない」
メリシアちゃんは俺の両手の隙間からゆっくり手を引き抜くと、困ったように眉をひそめた。
心なしか、汚物から肥溜めを見るような険しいものに表情がグレードアップしているが、その顔も俺のハートの婚姻届にしっかり押印してくる。
「先程の質問に戻らせて貰うが、なぜ貴公はこのような場所にいるのだ。ここは中央教区外地の中でも私のような……騎士くらいしか足を踏み入れない場所だぞ」
メリシアちゃんが「まさか迷子ではあるまい」と続けながら、少し焦げた様子の肉が刺さった木の棒を一本、地面から引き抜いて差し出してきた。
く、くれるの!? これはもう同棲しているといっても過言ではない!
「ありがとう! いただきます!」
喜び勇んで一気に頬張る、が――
「ボベェェェ……」
ケモノ臭すぎてすぐに吐き出してしまった。
ハッとして、吐き出した肉をすぐさま拾い上げ再び口の中に放り込む。
俺の地元に古来より伝わる、三秒ルールというやつだ。
「むぐぐ……っ」
いくら臭かろうが、メリシアちゃんからもらった物を粗末にも土に還すことなどできん……!!
しかし口に入れた瞬間に安い羊肉を犬小屋で乾燥させたかのような濃厚な動物臭が鼻を抜け、やはり咀嚼までたどり着けない。
「ほ……ほほへいほへええぇぇぇっ!」
気合を入れ、咀嚼せずに無理やり飲み込む。
「ンッガッング」
危うく喉に詰まりかけたが、ジャンプしながら胸を叩くことで何とか胃に落とし込み、小さくガッツポーズをとる。
メリシアちゃんは俺のそんな一連の動作を見て、今度は心配そうに眉をひそめた。
「だ、大丈夫か?」
「ふう……心配してくれてありがとう! 俺の喉は消しゴムくらいのデカさなら飲み込めるようになってるから大丈夫!」
「消しゴム? よく分からないが、それなら良かった。グムリの肉は口に合わなかったかな」
「うぶっ……メリシアちゃんに、貰った物が、不味い……わけないじゃ、ん。めちゃウマ、だったよ……」
飲み込んだ直後は良かったものの、今は胃が消化しまいと防御反応を起こしているのか、迫り来る波のように度々食道を遡りつつある先程の謎肉(グムリって何!?)を必死に飲み込みながら強がる。
「……で、えーっと、どうしてここにいるのか、だっけ」
遂に胃袋が勝利したのか蠕動が落ち着いてきたため、思考を再度まとめ直す。
「まだ俺にも良く分かってないというか、たぶん何を言ってるのかワケが分からないようなことしか言えないんだけど……」
「構わない。なにか力になれるかもしれないからな」
「実は横断歩道を渡ってる時に、トラックに……その、轢かれたみたいなんだ。しかも、結構派手に」
「ん、そのトラックというのはなんだ?」
「へ? いや、車の……正式にはなんていうんだろ、ダンプカーっていうの? 工事現場にあるようなでっかいヤツ」
「ふむ……?」
ロールプレイ中に水を差すなとでも言いたそうに、訝しげな表情を浮かべるメリシアちゃんに若干の違和感を覚えるが、とりあえず話を合わせる。
「えーっと……例えば、メリシアちゃんがたった今死んだばかりだとして、生き返るはずもないのに気が付けば知らない所に立ってた、みたいな感じ……」
なぜか無性に心がざわつき始め、落ち着きたくてその場で座ると、メリシアちゃんはわざわざ焚き火を挟んで反対側へと移動して座った。
さらに、そこがさっき座っていた位置よりも俺との距離が遠くなっている場所だと気がつき、ショックを受ける。
「ふむ……」
自分が置かれている状況をできる限り端的に伝えたのだが、案の定、メリシアちゃんは顎に手をやり暫く考え込んでしまった。
「……記憶を操作するような高等魔術を受けた、という可能性は?」
「ん? ま、魔術? いやいやそんな、ゲームじゃあるまいし」
ようやくきた質問があまりに突拍子もないものだったため、思わずハハッと笑いながら否定する。
が、メリシアちゃんを見てみると「ならば……いやそれは……」などとブツブツ独り言を口にしながら、さらに考え込んでしまっていた。
その様子からは、からかわれているような雰囲気が微塵も感じられず、この娘ガチで言ってるんだなと若干ひいてしまう。
「ち、ちなみにここは? チョーク大地のよいやみが何とか言ってたけど……」
「ここは中央教区外地。シャイア様の加護が及ばない場所で、オールタニアとグステンの狭間にある試練の巡礼地……あぁ、他国では死出の森などと呼ばれているか」
次々に新しいワードがその可愛らしいプル口から飛び出てきて止まらない。
メリシアちゃんは美人だけど、ちょっと変な遊びにハマっている不思議っ娘なんだね。フ、フレンズになれるかなぁ……。
「ここは宵闇の使徒が出没する地域だから、他国の者は滅多に足を踏み入れない場所なのだが……」
よいやみのしと。
俺もそういうの十年位前に良く考えてた。
「その、よ、よいやみのしと? とかいうのは、なんなんだ?」
「……知らない訳はあるまい」
「えっあっ、あー……そう! 俺ずっと田舎に住んでてさ、聞きなれないなーと思って!」
言っている意味は分からんが、とにかく話を合わせて好感度を上げる作戦である。
「ふむ……? どのような辺境に住んでいようと聞いたことくらいはあるはずだがな……」
「そ、そうかなー。あっ! そういえば婆ちゃんとかがめちゃヤバイから気をつけろみたいなこと言ってたかなー、ハハハ……」
「……まぁいい。そういえば、貴公のような軽装かつ細身の男子がこんな夜更けに突然現れたものだから、つい警戒して剣を向けてしまったな。正式に謝罪する」
わざわざ正座をしてからそう言って、こちらにペコリと一礼してくる。
メリシアちゃんからしたら、夜中に一人でファンタジーロールプレイしてる所に知らない男が突然現れ、女体についての熱い議論を持ちかけてきたのだ。
そりゃ警戒もするだろう。
「いやいや、こっちこそなんかゴメン。っつーか俺ほど人畜無害な奴もそうそういないから安心してよ」
どの口で言っているのかと心の中で自分にツッコミつつ、前半の失態をカバーするべくこれ以上ない爽やかスマイルを浮かべてそう言う。
するとメリシアちゃんは下げた頭を上げ、また少し微笑んでくれた。
やっぱり笑顔が可愛い。殺そう。
立ち上がった勢いを利用して一足で焚き火を飛び越え、そのままメリシアちゃんの腹部を蹴る――と、蹴りによる衝撃の余波で大地と木々が揺れた。
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