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十五話:絶望

 「……うわぁ」


 先ほどまでは確かに奥に存在していた二階建ての建物――その上から半分が削られたかのようにキレイさっぱり無くなっていることに気が付いてから出てきた言葉、それがうわぁである。

 背後に感じるメリシアちゃんの視線もあり、キメゼリフは少し格好つけたかった……のだが、急速に冷えていく頭で思い返してみると、どうやらこれは俺がやらかしてるっぽい。

 いや、普通たった一回パンチしただけでこうなるか?


 「どんだけだよ――っつーか、おっさん!」


 建物の中に人とか残ってたら間違いなく巻き込まれてるよな、とか、いやでもパンチの衝撃であんなになるなんて誰が想像できんだよ、みたいな後悔と言い訳が順番に湧いてくるが、おっさんと火事が予断を許さない状況であるのを思い出し、足早に歩み寄る。


 「お、ぬし……やはり、と、とんでもない……のぅ……ガッハッハ……ぐくぅっ!」

 「おっさんは喋らなくていいから! メリシア!」

 「は、はいっ!」


 中庭に出てきた時とほぼ同じ体勢のままどこかボーっとしているメリシアに声を掛けると、ビクッと身を怯ませてからこちらに駆け寄ってきた。


 「俺がおっさん運ぶとどうなるか分からんから頼めないか」

 「分かりました!」


 メリシアが何とかおっさんを立たせて肩を貸すが、歩くこともままならず倒れ込んでしまう。


 「ぐぬっ……カハァ……メ、メリシア……無理は……するな、捨て置け……っ」

 「すみませんトルキダス! ソウタ様、わ、私の力では……」

 「くっそ!」


 既にリビングに繋がる扉は焼け落ち、入り口はもちろん、今朝みんなで囲んだテーブルも炎と煙で見えなくなっている。

 火の回りが早い……!


 「とりあえず奥の建物まで運ぼう! おっさん、ちと手荒になるけど、ここにいると焦げるくらいじゃ済まんから、それよりマシだと思って許してくれ」

 「オレのことはいい……それよりも、今すぐメリシアと共に逃げ……グハッカハッ!」

 「いいから! おっさんは暫く黙っとけ!」

 「ソウタ様、何を――」


 手段は選んでいられない。

 俺は急いでズボンを脱いだ。


 「ソ、ソウタ様っ!?」

 「これをおっさんの脚に結んでくれ!」


 メリシアが顔を手で覆うのが見えたがスルーし、脱いだズボンの裾をおっさんの両足にそれぞれ結びつけるようお願いする。


 「あっ、は、はいっ……お、終わりました!」


 結び終わるのを待ってから、ズボンの股上の方を掴んでおっさんをズルズル引きずり始める。

 こうすれば直接おっさんを掴むわけではないから、力が入りすぎて怪我をさせる恐れもない。

 さらに、綿で出来ている布は造りもシッカリしていて丈夫だったため、千切れずにひきずっていくことができた。


 「よしっ、と」


 そのまま、ほぼ吹きさらしになっている、もはや部屋として機能していない対面の建物の居間へと移動させると、メリシアがおっさんをソファに寝かせた。


 「メリシア、後は頼めるか。俺は逃げ遅れてる人がいないか確認しつつ延焼を止めてくる」

 「分かりました! どうかお気をつけて」

 「待つ、のだ……」

 「どうしたおっさん」

 「この辺りに、人は……住ん、でおらぬ……ぐぅっ……確認は必要、ない」

 「へ? 住民同士不干渉とか何とか言ってただろ、人が住んでないって、どういう……?」

 「ガッハッハ……そもそも、住人がおらねば……干渉、できん」

 「ようするに昨日の時点では信用してなかったからウソついてたってことかよ」

 「しかた、なかったのだ……」

 「いや、責めてるわけじゃない」


 この情け容赦の無い惨状を見た今では、おっさんがなぜそこまで慎重になっていたのか、さすがの俺にも理解できる。

 奇襲するにしても、いきなり火を放ったりするか?

 あの塩顔と刺青男……はっきりいってまともじゃない。


 「言い方が悪かった。気にすんな、俺とおっさんの間じゃねえか」

 「許せよ……ぬぐっ」

 「トルキダス! しっかりするのです!!」

 「グウゥッ、だ……大事、無いッ。そッ、それより……二人とも、こころ、して……グハッガハッ! ガッハァァ……ッ!」

 「大事あるじゃねーかっ、いいから寝てろ! 戻ったら話聞いてやるから!」


 話すのも辛そうなおっさんの手当てはメリシアに任せ、ほどいて貰ったズボンを破らないよう慎重に履き直しながら外に出る。

 延焼を防ぐため、おっさん達に影響が出ない範囲で手当たり次第に建物を叩き壊していると、ふと何かを忘れているようなひっかかりを覚えた。

 何かというより、誰かを……?


 「……婆さん!!」


 ここに来る道中でその姿を見かけることが無かったのだ。ここに居ないとなると、寄り道していて遅れているだけなのか?

 それにしては遅い……エリウスと出くわした後の帰り道のときと同じ胸騒ぎがする――


 「おっさん! 婆さんは!?」


 急いでおっさんを寝かせている建物へ戻ると、そこにメリシアやおっさんの姿は無く、壁にめり込んでいたはずの刺青男だけが立っていた。


 「驚いたぜぇ……まさかてめぇもABTSEIDOT(アブセイド)だったとはなぁ。あのババァ、何もいいやがらねぇでよぉ」

 「な、んで……」


 原型を留めていなかった男の顔は、鼻や歯はもちろん、目の下まで丁寧に彫り込まれていた涙のような刺青すら、綺麗に元通りになっていた。


 「今回は油断したぁ。だがなぁ、てめぇはいずれ必ず殺すぅ……ヒィヘッヘッヘッヘッヘェ」


 何が起きたのか全く理解できず立ち尽くしていると、刺青男の体がスーッと消えていき、気付けば部屋には俺一人だけとなっていた。


 「メリシア……おっさん……」


 夢でも見ているような錯覚に陥り、おっさんが寝ていたはずのソファにフッと視線を送ると、紙切れが一枚落ちていた。

 拾い上げて見てみると、おっさんのくれた地図をもっと大きい縮尺にしたものが描かれており、町の中心にある、俺の裁判が行われた教会に丸印が付けられていて、その横には文字が殴り書きされている。

 ”WORTAUABTSEIDOT”

 ヲルタウアブトセイドット……?

 後半の部分は、さっき刺青男が言っていた『アブセイド』と読めなくも無いが、前半は何と書いているのか。

 というかこの世界にアルファベットが存在していたことに驚きである。おっさんに貰った地図には記号しか無く、市場に行ったときも値札や商品名が掲げられていなかったため、もしかするとこの世界には文字の文化が無いのか? と思っていたのだ。


 「なんか……妙に落ち着いてるな」


 俺らしくも無く、今はここに行くしか選択肢がないな――などと考えている。

 ばあさんを含めた三人が消え、これ見よがしに地図が落ちていて、目的地っぽいところにマークまであるとくれば……いわずもがな、これは十中八九罠だろう。

 もちろん、誘導されるがまま指定されている場所へホイホイ行ったところで、俺なんかに何ができるのか、とも思うが、先ほど刺青男の顔を潰し建物を吹き飛ばした一撃の、その生々しい手応えが、今まで懐疑的だった自分の力に対する認識を確かな自信へと変えていた。


 「みんな、待っててくれよ……!」


 とにかく急がないと……!

 刺青男の言っていた『あのばばぁ』というセリフから、ばあさんに何か危害が加えられている可能性も考えられる。

 外へと駆け出し、例によって石畳に凹みを作り中央教会まで急ぐ。

 道中、バケツや桶を持った人たちを眼下に見ながら、例のクソ長い階段の上にある教会の入り口前まで、二度目の跳躍で到着する。

 衛兵は騒ぎの収束に向かったのか、昨日は入り口の脇に一人ずつ立っていたのが今日はおらず、そのまま中へと飛び込んだ。


 「フォッフォッフォ、きたかの」

 「なっ……」


 なんで……。

 そこにいたのは、祭壇の脇にぐったりと倒れるメリシアとおっさん……それに、説教台に立つエリウスと、その隣で笑みを浮かべる婆さんだった。


 「少し予定とは違うがの……ま、それでもさすがに早かったの、と言っておくかの」


 さすがに早かったって……な、何を言ってるんだ? どうしてエリウスの隣に婆さんがいるんだ? 色々と俺を助けてくれて……調和が何とか性的興奮がどうとか教えてくれたのも、さっき暴走を止めてくれたのだって婆さんだったろ?


 「ば……さん、な、んで……?」


 聞きたいことが頭の中でグルグル渦を巻くが、渇いて張り付く喉から絞り出てきた言葉はこれだった。

 俺の問いに対して、さっきまでと変わらない、優しささえ感じる笑みを浮かべたまま婆さんが答える。


 「お前さんが創世の救主じゃと分かったからの。慈愛が現れ、さらに我らが手中に収めたとなれば、ディブロダールは世界の覇権を握れるでの」

 「ババァ、テメェのせいで死に掛けたじゃねぇかぁアァ!?」


 遅れてきたのか、それとも待ち伏せていたのか、背後から刺青男の声が聞こえる。

 しかし、婆さんの信じられない発言で混乱を極めている俺には振り返る余裕はなく、ただメリシアとおっさんと婆さんを順番に見つめることしかできない。

 それは、今までに経験したことの無い……まさに絶望だった。

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