十話:初めての……
婆さんの背中が完全に見えなくなると、ここまでのやり取りを黙って見ていたおっさんが声を掛けてきた。
「よし、お主、酒はいけるクチか?」
「酒? 飲めるけど……そんなに強くないぞ」
「結構結構、ならば今日は祝い酒だ。酒場で盛大にやるとするぞ!」
「なにを祝うんだよ」
「お主とオレの出会いに決まっておろう! ガッハッハッハッハ!」
その後、木造二階建ての酒場――というより大衆食堂――で、食器をいくつもダメにしながら盛大に酔い潰され……
「あったまいてぇッ」
気が付けば次の日の朝になっていた……しかも完全な二日酔いで寝覚めは最悪だ。
昨夜は空腹ももちろんのこと、この世界で初めてのまともな食事ということもあり、食べに食べ、飲みに飲んだ。
そのツケがこれである。
目を開けるのも億劫だが、まぶたを薄っすら開けゆっくりと周囲を見回すと、自分が見知らぬ部屋のベッドに寝ていることが分かった。
酒場で飲んでいた途中から記憶が途絶えているため、自分でここにきたのか、おっさんが運んでくれたのかは定かではない。
下着はトランクスのままだが、服がスーツではなく綿でできたポロシャツのようなものと、八分丈のズボンに着替えさせられているため、恐らくおっさんがここまで運んで、さらに着替えまでやってくれたのだろう。
「み、水……」
焼け付くような喉を潤したくて、だるい体に鞭を打ち起き上がろうとした瞬間――思いも寄らぬ人物が扉を開けて入ってきた。
「あっ……お、おはようございます」
「メリシアちゃんっ!?」
なんでここに!?
眠気も二日酔いも一気に消し飛び、跳ね起きてベッドの上に正座する。
メリシアちゃんは丈が短めのワンピースを着ており、その生脚の美しさと、腰のくびれたラインから突然ドンッ!! と主張するおっぱいに思わず釘付けになってしまうが、慌てて視線を逸らし挨拶を返す。
「お、おはよう!」
「ノックもせずに失礼しました」
「いやそんなのどうでもいいよ!」
今日は髪を纏めず全て下ろしているが、腰まである長さなのに一点の乱れ無く手入れされていて、窓から差し込む朝日にキラキラと輝いている。
そのご尊顔にましますプル口から、次はどんな言葉が飛び出てくるのかと、心臓の高鳴りが止まらない。
「昨日は申し訳ございませんでした……」
予想に反して、メリシアちゃんが頭を下げた。
てっきり罵倒でもされるかと思っていたため、拍子抜けしてしまう。
「えっ……何を謝ることが? っていうかなんで敬語?」
「お婆様から聞きました。やはりあなた様は宵闇の使徒などではなく、この世界に光明をもたらす第四創世主……慈愛の救世主様だったのですね」
そう言ってメリシアちゃんがふたたび頭を下げる……と、そこで俺はとんでもないことに気が付いた。
頭を下げることによって、少し大きめに開いた胸元から、プルンとたわわなおっぱい様の谷間様がチラ見えあそばされているではないか。
散々な目にあったけどやっぱりここは天国だったんだ!
「今までのご無礼の数々……何より自分の無知、無学を心から謝罪致します。申し訳ございませんでした……トルキダスにも後ほど謝罪させ――」
「いや、いやいやいや! おっさんには逆に救って貰ったっていうか、メリシアちゃんにも謝られるようなことされてないから! つか謝らないといけないのは俺だよね!?」
おっぱいに見惚れている場合ではないとんでもないことを言い出したため、慌ててペコリと頭を下げる。
俺はベッドの上で正座をしているため、正確には土下座みたいな格好だ。
「突然襲ったり、裁判が終わってすぐ逃げ出したり、メリシアちゃんには迷惑ばっかかけて本当ごめん!」
「そっそんな! どうか頭をお上げください! 全ては、本当のあなた様をすぐに見抜けなかった未熟な私が悪いのです! 申し訳ございません!」
「俺のほうこそ、自分勝手なことばっかりして悪かった!」
「いえ、こちらこそ本当に申し訳ございませんでした!」
「いやいやこっちこそごめん!」
「いいえ、私のほうこそ申し訳ありません!」
などと終わりの見えないペコペコ合戦を繰り広げていると、再び扉がガチャリと開いておっさんが入ってきた。
「……お主たち、揃ってなにをしておる?」
二人で頭を下げながら謝罪の言葉を叫んでいたものだから、傍から見ると異様な光景だったのだろう。おっさんが不思議そうに声を掛けてくる。
「トルキダス! アナタも謝るのです!」
「ぬ、なぜこの俺が謝らねばならんのだ」
「無礼を働いたでしょう!」
「無礼? 男として、コブシで語り合いはしたがな」
「むー!」
何やら可愛くむくれるメリシアちゃんにドキがムネムネして治まらないが、二人の会話にはどこか違和感を覚える。
「あれ、おっさんはメリシアちゃんに対してもっとへりくだってなかったっけ」
「普段は公務中ゆえあのように接しておるが、オレはこやつが童だった頃から知っておるからな。育ての親みたいなものなのよ」
「へぇー! そうだったのか、全然気が付かなかったわ……って、そうだ。どうしてメリシアちゃんがここに?」
「それは――」
メリシアちゃんが何か言いかけると、それを片手で制してからおっさんが口を開いた。
「昨夜のうちにこやつの所へ使いを出しておいたのだ」
「あんだけたらふく飲んどいて、良くそんな頭回せるな」
「ガハハハハ、あんなもの飲んだうちに入らんわ」
「まじかよ」
樽ごと豪快にイってたのに……。
「でだ。ばあ様と一緒に、お主のことや、昨日お主にも話したような諸々を伝えておいたというわけよ」
そういうと、おっさんが手に持ったコップを差し出してきた。
「ほれ、水だ」
「お、悪いな」
一気にグビグビと飲み干して、ひり付いた喉を潤す。
「ふぅ、生き返ったわ」
俺とおっさんのやり取りを見ていたメリシアちゃんが、キッと鋭くおっさんへと振り向く。
「トルキダス、まさか救主様に無理をさせたのではないでしょうね」
「無理をさせておったらここにこうして寝かせとらんで、まだ酒場におるわ」
「まったく、罰当たりな……救主様、大丈夫ですか?」
少し怒ったような様子だったが、一転、俺へと向き直ると、眉根を寄せて本気で心配そうな表情を浮かべてくれる。
「うん、もう大丈夫だ、よ……っと、うわっ!」
そんなメリシアちゃんを励ましたくて、ベッドから降りようと前傾姿勢になった途端、眩暈がして前のめりに倒れそうになってしまう。
「救主様っ!」
直後、フワリと柔らかい感触が顔を包み、干したての布団……いや、雨上がりの森のような、胸がすく匂いに鼻腔が満たされた。
目を開けようにも、吸い付く餅のようなもので眼前が覆われていて開けることができず、寝起きアンド二日酔いの脳みそのため、すぐには自分がどうなっているのかを把握することができない。
「良かった……ほら、トルキダスのせいで救主様のお加減が悪そう」
「確かに、だらしのない」
「もうっ! トルキダス、本気で怒りますよ!」
メリシアちゃんの声が振動を伴って頭上から聞こえてきた。
状況確認のため、まずはゆっくりと顔を左右に動かす。
ムニ、プニ。
……うん、頬に程よい抵抗を感じる。
……これは何だ。
プルン、ムニュゥ。
……まさかな?
はっはっは、いやいや。
ムニュムニュ、タップン。
もしかして?
俺めっちゃ幸せな状態になってない?
「救主様……?」
後頭部をヨシヨシと撫でられる。
そこで確信した。あぁ、これが――天国か、と。
初おっぱいがメリシアちゃんみたいな美巨乳美女のおっぱいとか、最高かよ。
俺の人生ほんとどうなっちゃったの?
「あの、本当に大丈夫ですか……?」
「なんだ、どうかしたか」
「救主様の様子がおかしいのです」
「ふむ?」
これ以上メリシアちゃんを心配させるわけにはいかない……。
顔全体を覆う至高の感触と、後頭部を刺激する天使の抱擁から断腸の思いで抜け出す。
ヘヴン状態よ――さらばっ!!
「ありがとうメリシアちゃん。助かったよ」
ゆっくり上体を起こしてから、いろんな感謝の意を心を込めて伝える。
マジでありがとう。
「そんな……少しでも救主様のお役に立てたなら、これ以上の光栄はありません」
先ほどまで邪な欲望を全開にしてその肢体に溺れそうになっていたこんな俺に対して、メリシアちゃんは本当に嬉しそうに、はにかんで笑ってくれる。
その姿を見て、初めて会ったときも見ず知らずの俺に礼を失しない態度で接してくれたことを思い出し、本当に良い娘なんだなぁと、心がチクリと痛む。
「てか、その救主様ってのやめてくれないかな……なんか背中がムズムズして落ち着かなくてさ。できれば奏太って呼んでよ」
「そんな! 恐れ多いです」
「いやそんなことないから。俺もメリシアって呼ぶからさ、頼むよ」
既にメリシアちゃん呼びしていることは棚に上げ、サラっと事後承諾して貰う作戦である。
「分かりました……では、ソウタ様と呼ばせて頂きますね」
……作戦成功。なんて純粋な娘なんだ。
「様もいらないけどな」
「それはさすがに……それより、ソウタ様も私のことはどうぞ呼び捨ててくださいますようお願いしますね」
「ブッ! よ、呼び捨て!? メ、メリシ、ア……?」
「はいっ。ふふっ、なんなりとご用命ください」
うぁ……やばい。笑顔ヤバイ。
好きだ。結婚したい。いや名前を呼び捨ててるんだからこれもう結婚してんじゃないの。
「ほれ、話はそれくらいにして、ばあ様が朝メシを用意して待ってくれておるから、そろそろ下に戻るぞ」
せっかく心の役所で婚姻に関する諸手続きを進めていたのに、おっさんの無駄にデカイ声で現実に引き戻されてしまった。
面と向かっては無理なので、扉を開けて部屋を出て行くおっさんの背中をこれでもかと睨みつける。
「ソウタ様、お手をお貸しいたします」
いつまでもベッドの淵に腰掛けている俺のことが心配になったのか、メリシアが手を差し出してきた。
「あ、いやいや……」
しかし、その手を取りたいのはやまやまなのだが……万が一にでも握り潰すようなことがあれば自殺しても死に切れないので、自力で立ち上がる。
「さすがに自分で立つよ」
「そうですか……」
すると残念そうな表情を浮かべながらメリシアが俯いてしまい、その親切を無下に断ってしまったのだということに気が付く。
くぁー……もっと言い方あっただろ、俺。こういうとこだぞ!
「ほ、ほら……エスコートするのは男の役目だからさ」
そう言って、手を差し出す。
こちらから握ると加減ができなさそうで怖いが、向こうから握ってくれるならば何も問題ない。
起死回生の一手だ。
「はいっ」
パアァっと顔を輝かせ俺の手にそっと指を重ねるメリシアに、心臓が不整脈を起こしそうなほど高鳴る。
結局その後、リビングの椅子に座って暫く経つまで、動悸が治まることはなかった。
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