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プロローグ

 「皇帝陛下よりご下知を賜る! 静聴!」


 将軍のトルキダスが吼えるように言うと、俺が腰掛ける玉座に向かって顔を伏せ跪く、参謀副官、将軍補佐官、そのほか十数名の軍人と、さらにその後ろに控える経理長、書記長、料理長、女中長、そしてそれぞれの責任者クラスを併せて総勢百余名に上る使用人が一斉に顔を上げた。


 「日々の忠勤、ごくろう。先の戦争について、国民の厭戦(えんせん)感情は特に無いと聞いているが、表面化していないだけで不安や不満を感じている者は間違いなくいるだろう。国とは人でなく和が作るものである。ゆめゆめ忘れることのないよう励め」


 シンと静まり返る広間に俺の声だけが響き渡る。

 想像して貰いたい。百数十人もの老若男女が、自分の言葉にリアクションはおろか瞬きすらせず注目する光景を。チンポジすら直せん。

 この空気だけは……やはり何度経験しても落ち着かない。

 出来る限り手短にそれっぽいことを言って席を立つと、将軍席にいるトルキダス(おっさん)が、は? もう終わりなのか? という視線を向けてきた。

 もう無理、限界。と視線を返す俺に、おっさんが呆れた様子で首を縦に振り、再び吼えた。


 「平伏!」


 これだけの人数が同じ動作をすると、頭を下げるだけでもザッという衣擦れの音が響いてくる。

 怖っ……まるで新興宗教の教祖にでもなった気分だ。

 足早に自室へ帰りたいところだが、メリシアやおっさんに教えて貰った皇帝っぽい足取りとかいうやつで、一歩ずつゆっくり歩きはじめる。

 玉座の右後ろに佇んでいた宰相のメリシアがすぐにあとをついてくるが、これも皇帝の補佐たる宰相としての演出の一つらしい……こんな美人に後ろからずっと見られているというのは、それはそれで結構なプレッシャーである。

 俺は玉座の間を出てからも無様な真似だけはしないように、扉の脇に立つ衛士に皇帝っぽく手を掲げて労ったり、すれ違うたびいちいち跪いてくれるメイドさん達に皇帝っぽく声をかけつつ、なんとか自室の前まで辿り着く。

 自室の扉の横では、今や俺の専属メイドと化したエルフのファフミルが姿勢正しく礼をしながら出迎えてくれていて、何も合図せずともスッと扉を開けてくれた。

 足早に部屋に入ったところで、グッタリと肩の力を抜く。


 「つ、つかれた……」

 「お疲れさまでした、ソウタ様」


 ゴテゴテと装飾された仰々しい羽織りを、メリシアがそっと脱がせてくれる。


 「ありがとうメリシア……ファフミルも、今日のその格好めっちゃ癒されるわ」


 メリシアには感謝の言葉を、ファフミルには率直な感想をそれぞれ伝える。

 すると、音も立てずに扉を閉め終えたファフミルが少し前傾姿勢になって、胸元をこれ見よがしに寄せながら、フリフリした短めのスカートを危うい感じにめくった。


 「お気に召していただければ光栄至極に存じます」

 「グッジョブ」


 サムズアップしながらネイティブ寄りの発音でその肢体を賞賛する。

 それにしても、メリシアがほとんどやってくれているとはいえ、この国の皇帝とやらになってから、政務だの公務だの疲れることが多すぎる。

 まぁそんな俺を気遣って、ファフミルが毎日ゆるふわなメイド服で世話してくれるのは正直嬉しいのだが。

 そんな、エロイ……じゃない、賢い黒髪美巨乳エルフが淹れてくれた紅茶を、動きやすい服に着替えてからメリシアとゆったり楽しんでいると、突然ドバンと扉が開かれ、呆れ顔のおっさんが部屋の中にズカズカ入ってきた。


 「イマイソウタ、おぬし最近たるんでおるぞ」


 向かい側に座り、まだ手をつけていないケーキを手掴みで豪快に頬張る。


 「御前会議の締めを一言で済ませる皇帝などいるか」

 「いやおっさん、俺こう見えて一般人なんだわ。何度も言うが、あんな大勢の前で気の利いた話なんてできるわけないだろ。っつーか俺のケーキかえせ」

 「そうは言うがな……よいか? この国は長らく帝国として諸国と睨み合ってきているのだ。その頂点であった前皇帝のディモズから突然お主に代わり、国民は元より、王宮にいる皆が戸惑っておるのは分かるな?」

 「もちろん、何度も聞いたからな。ちなみにいま掴んだその紅茶、もう俺が口付けて――」

 「ズズ、ならばお主がしっかりとその役割を果たさねば、ディブロダールやオールタニアに付け入る隙を与えかねんぞ。オレとメリシアの補佐にも限度はあるからな!」

 「うわ飲みやがった。おっさんと間接キスとかナイわ……って、そういえばセルフィとユーリが珍しく参謀席にいなかったけど、どこで何してんだ?」

 「ハァ……」


 おっさんが俺の言うことを聞かないのと同じく、俺もおっさんの説教を右から左に受け流していることに気が付いたらしい。

 大きくため息をついたおっさんが、ここまでのやり取りをにこやかに聞いていたメリシアに目配せした。


 「セルフィさんは、近衛兵長の先日の失態について指導すると仰っていましたので、恐らくユーリと教練場におられるかと思います」

 「教練場か。んじゃ、二人の様子でも見に行こうか――」

 「待て」


 腰を上げかけたところで、おっさんが片手を突き出して動きを制してくる。


 「なんだよ、まだ何かあるのか? 説教ばっかしてるとハゲて友達なくすぞ」

 「禿げることと友を失うことには何の因果関係もなかろう……オレも行く」

 「お、そうこなきゃな!」

 「それではボクもお供させていただきます」

 「ファフミルも来るのか。なら、みんなで様子見がてら押しかけよう」


 あらためて席を立ち部屋の中央に集まると、ファフミルが呪文を詠唱しはじめた。

 そのお経とも祝詞(のりと)とも違う、独特の調べで紡がれていく言葉にはそれぞれ意味があるらしいのだが、相変わらず何を言っているのかは聞き取ることができない。

 気が付けば青い光が室内を包んでいて、次の瞬間には教練場に転移していた。

 いつもながら、短時間で見事なもんだと感心していると、今まさにセルフィが放ったテニスボール大の氷のつぶてをギリゴスモが避け、直線上に運悪く転移していた俺の顔へと命中した。

 氷の塊が豪快に弾ける音に、教練場の壁を破壊したのではと心配になったのか、ギリゴスモがこちらを振り向き、次いで目を大きく見開いた。


 「へ、陛下!?」


 壁ではなく俺に命中したことを瞬時に理解した様子の、心配性の近衛兵長が血相を変えて駆け寄ってくる。


 「お怪我は、お怪我はございませんかっ!!」

 「ちょ、なんともないなんともない。大丈夫だから落ち着け」


 オロオロとうろたえるギリゴスモを尻目に、実に冷静な足取りでゆっくりとこちらへ向かってきたセルフィが俺の腕に絡み付いた。


 「平気、氷弾くらいではソウタの生体になんら影響を及ぼさない」

 「だからといって謝罪の一つも無いのはどうかと思います」


 メリシアの一言でカァンとゴングが打ち鳴らされる。


 「否定、ソウタは気にしていない」

 「セルフィさん、ソウタ様の寛大さを自分に都合良く解釈しないでください」

 「否定、事実を述べているまで」

 「それはあなたにとって都合の良い事実であって、非礼を詫びることは人として最低限の礼儀――」

 「否定、セルフィは人ではなくエルフ」

 「屁理屈は結構です」


 二人の口舌の刃による激しい鍔迫(つばぜ)()いが佳境を迎えたところへ、小動物みたいなピョコピョコとした足取りでユーリが駆け寄ってきた。


 「お兄ちゃん、お仕事おつかれさまなのなー!」

 「ユーリ、お待たせ」

 「またお姉ちゃんたちにケンカさせてるのなー? ツミなオトコなのなー」

 「人聞きの悪いこというな。つーかどこでそんな言葉覚えたんだ」

 「ふふふー、ナイショー」


 両手で口元を隠しながら悪戯っぽい笑みを浮かべるその姿が愛らしくて、しゃがんでからそっと片腕で抱き上げ、頬をすり寄せる。


 「くすぐったいのなー」

 「いたずらっ子にはおしおきだ」


 再びユーリにすりすりと頬を寄せながら、そろそろ腹でも切りそうな張り詰めた表情を浮かべる近衛兵長、ギリゴスモに声を掛ける。


 「ギリゴスモ、こんなことで自分を責めるなよ? この前のディブロダールとの一件もそうだけど、誰も想定できなかったことなのにお前だけが咎められるいわれはないだろ」

 「し、しかし! 陛下は元より、この城に詰める臣下すべてを守るには……」

 「ハァ……相変わらず硬いなぁ。っつーか年齢(トシ)近いんだからさ、いい加減そのかしこまった言葉遣いもやめてくれよ」

 「申し訳ございません! 恐れながら、陛下のご希望とあってもそれだけは……近衛兵をまとめる長たる立場なのは元より、騎士として! 陛下に無礼な振る舞いをするわけにはまいりません!」

 「う~ん、そうかぁ。まぁ……じゃあそれはいいから、ほら、前回とはちょっと状況は違うけど、今回も無事だったわけだし。気にすんなって、な?」

 「はっ、お心遣い恐悦至極に存じます。陛下による救世への一助になるべく、よりいっそう精進いたします!」


 後半は若干めんどくさくなって適当に慰めただけなのだが、当の本人はそれに気が付いた様子もなく納得してくれたようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 ついこの間までギリゴスモをはじめ兵士の大半が敵だったのに、今ではこうして俺に忠誠を尽くしてくれていることを思うと、さきほどの形式ばっただけの御前会議と違ってよほど感慨深いものがある。

 メリシア、トルキダスのおっさん、セルフィ、ユーリ、ファフミル、ギリゴスモと、改めて一人ひとりに視線を送ると、俺のここまでの日々がじわりじわりと追想されていく。

 こんなにも疲れる、騒がしくも幸せな日々は……あの日、あそこで死ななければ訪れなかったのか――

暫くは毎日更新していきます!


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