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1.転生の丘


 ――――もう二度と魔王なんかやりたくない。


 『転生の丘』にやって来た時、俺がまず最初に思ったのがそれだった。


 ローカストス大陸全土を統治し、四天王を初め配下から上がる不満を抑えつつ、魔王城を維持する魔力も提供して、魔族の生活の安定も考えて、海を越えやって来る勇者を市民へ被害を出さないように誘導して、勝った後は壊れた城を補修する。

 そうしたことを三六五連勤やらなきゃなんない『魔王の仕事』ってのは、俺から言わせりゃ苦行だった。


 多分、というか絶対、そもそも俺は魔王の器じゃ無かったんだろう。


 まず人を虐げるのが下手過ぎる。他人を傷つけるくらいなら自分が傷を負った方がマシだから、大抵は折れて譲ってしまう。

 それから顔に威厳が無い。魔族ってのは兎に角理性より本能の生き物だから、見目が弱そうで態度も弱いってなればそりゃ舐められる。

 んでこれが一番の問題。俺は歴代魔王の中で唯一『治癒魔法』特化の魔王だった。攻撃は四天王で最弱のエレジルと同じくらい。ぶっちゃけ雑魚。

 ただ無尽蔵の魔力と治癒魔法で自分を治して治して治して治しまくって、そうして勇者に勝ってきた。勝ち続けてきた。


 でもそんな『勝利』は、魔族から見れば情けなくてみっともない、有り体に言えばくそほどダサい勝ち方で、俺は勝てば勝つほど魔王としての威厳を失っていった。


 そうして陥ったのが、配下のご機嫌伺い染みた政策と、魔王なのに奴隷みたいな勤務形態。

 もしかしてこれヤベェんじゃねえかな、と思ったときには既に抜け出せない所まで来ていた。


 どうしたって、最初はある程度感謝してくれていた奴らも、それが『当然』になっちまうと感謝もクソもなくなる。

 あいつが好きでやってるんだからやらせとけ、みたいな空気。俺だって別に好きでやってる訳じゃねえんだけど、大臣は親父の代から替わってないし、四天王上がりで魔王になった親父と同期だったアールンなんか今でも現役四天王だ。世襲制のぺーぺー魔王な俺なんか、表向きは従っといて指示なんか無視してやれ状態である。


 要するに、俺の職場環境は最悪だった。親父が先代魔王じゃなかったら、お袋が遺言で『ローカストスを頼みましたよ』と泣きながら言い残していなかったら、とっくの昔に魔王なんてやめてた。

 いや、そもそも先代魔王が親父じゃなかったら魔王なんて継がなくて済んだんだけどな。生まればかりはしょうがない。育てて貰った恩もあるし、五百年くらいは頑張るつもりだった。


 頑張るつもり。つまりは頑張れなかったってことだ。駄目だった。

 『いつか認めて貰える、頑張ろう』って俺の気持ちは、ある時こっそり視察に訪れた中央街の魔族たちに粉微塵にされた。


「あ~あ、いい加減魔王サマ代替わりしねえかなあ~。俺恥ずかしくってなんねえよ。魔族があんな勝ち方してさ」

「先代魔王ももう少し跡継ぎ考えて産ませといて欲しかったよなー」

「無理だろ、先代の王妃って貧弱魔族だし。そんなんだからあんな魔王サマが産まれちまったんじゃねえの?」

「マジ、俺ら生まれる国間違えたよな~! つうか、未だにサマ付けしてんの? 偉くね? あんなん呼び捨てで良いだろ」

「確かに、はぁ~ロルフのやつ早く死なねえかなあ、そろそろ勇者勝てよ!」


 そしたら俺らもヤバいだろ、なんて笑いながら去って行く男達の背を見送りながら、俺は静かに決意した。

 そうだ、もう死んでおこう、と。

 俺の頑張りは一つも認められていなかったのだ。地方の魔族部落への支援も、中央街での教育に力を入れたことも、街の整備も、休日を返上して病院のシフトに入っていたことも、彼らにとってはどうでもよくて、俺は一刻も早く死んで欲しい、『魔族の恥さらし』だったのだ。


 情けないことに、俺はその日泣きながら帰った。もう大人なのに、阿呆みたいに泣きながら帰った。もう三五二歳なのに。マジか。

 治癒魔法で泣いた痕跡を綺麗に消して、魔王城に籠もってからも泣いた。泣いて泣いて泣きまくって、そんで、次に来た勇者を相手にしたときに死のう、と思った。今年産まれたばかりだというから、多分十七年後くらいになるが、そのくらいならまだ我慢出来る。


 十七年後、大陸に勇者が船を乗り付けたと聞いてから、彼が魔王城に来るのを心待ちにしたのは、三六九年生きてきて初めてのことだった。

 幸いにもいいやつそうで(まあ、勇者ってのは大抵いいやつだ)、俺が殺されてからも過度に魔族を虐げられたりはせずに済みそうだった。まあ、本当のところはどうなるか知らんけど。


 そういう訳で、俺は魔王になってから初めて、治癒魔法を使うことなく戦い、あっけなく死んだ。

 そりゃあもう、勇者がぽかーんとなって、『ほ、本当に魔王だったのか?』と狼狽えるくらいにはあっけなく死んだ。

 本当に魔王です。雑魚で申し訳ない。これからの世界の平和はよろしく頼んだ。それでは。


 そうして死んだ証拠として光の粒となって消滅した俺は、理に従って『転生の丘』――命を失いし者が訪れ、新たな生を受ける神々の丘にやって来た訳である。


 柔らかな陽気に包まれた緑豊かな草原の真ん中に白冥石で出来た神殿があり、其処でこれまで生きてきた功績を算出して、結果に見合った来世の希望を出せるのだ。


 多分、この情報をみんな生きてる内に知ってりゃ、もっと全員まともに過ごすんじゃねえかなあ、と思った。

 俺が此処について詳しいのは死んで此処に来た瞬間に脳内に流れ込んできただけで、多分これは説明が面倒だから一括で済ませているもんだろう。


 まあ、生まれ変わりを前提に生きるのもしんどいから、これはこれで正解なのかも知れないけど。


「……ロルフ・アレルスマイアー様、Ⅴ番窓口までどうぞ」


 人数が尋常じゃないためかのろのろと進んでいた列が、ようやく俺の番になった。軽く返事をして、窓口の前の椅子に腰掛ける。

 装備がガチャガチャ鳴って煩い。外しておきゃよかったな。


「こんにちは。今回アレルスマイアー様の功績表および来世の希望項目について説明をさせて頂きます、モニカと申します。本日はよろしくお願い致します」

「あ、よ、よろしくお願いします」

「まずは、前回の三六九年の人生、お疲れ様でございました。ロルフ様は今回が初めての転生ということですので、不明な点がありましたらその都度ご説明しますのでお気軽にお尋ね下さい」

「は、はい……」


 マニュアル上の労いなのだろうが、なんだか涙腺が緩んでしまった。そうか、誰かに労られるってのは、こんなに嬉しいもんだったのか。

 仮面を付けていて良かった、と装備を外さなかった自分に感謝しつつこっそり鼻を啜っていると、モニカさんは手元の書類を確認し始めた。


「魔王職を務められていたとのことですが、来世でも同職を希望される予定はありますでしょうか?」

「なっ、無いです!! 少しも、全然!! ありません!!」

「……承知しました、ではアレルスマイアー様にお選び頂ける来世の種族を此方にご用意致しましたのでご確認下さい」

「あ、ありがとうございます」


 いかん、思い切り挙動不審になってしまった。お前本当に魔王か?と自分に聞きたくなってしまう。

 モニカさんは俺の食い気味の答えにも笑顔を絶やすことなく、一冊のカタログを卓上に取り出した。

 図鑑に似たそれは重みと厚みがあり、到底この中から選ぶ、なんてことは出来そうに無い。


 眺めつつも全然決まらず迷っていると、モニカさんは焦る俺を気遣ってくれたのか、カラフルなボードを出してきた。


「お悩みでしたら、此方のおすすめ種族表も如何でしょう? アレルスマイアー様は非常に功績点が多く、種族も大変多くなっておりますので、上位人気種からお選び頂くのも良いかと思います」

「そ、そうなんですか……それはそれは……なんというか、有り難い、話ですね」


 差し出されたボードに目を移す。

 上位人気種族としては『人間』、『エルフ』、『魔族』、え、魔族入ってんの。やめとけよあんな種族、『犬』、『猫』、『ドラゴン』、『妖精』、『幻獣』、『精霊』……ってところか。

 見慣れないのは『猫』と『犬』? 魔族大陸ローカストスには居なかったから、恐らくこれは人族大陸ミュステンに住んでいる生き物だろう。


「あの、この、猫?とか犬っていうのはどんな生き物なんですか」

「此方はローカストスで言う魔尾シュェ魔爪リャヤでございます。四つ足で歩行する小動物でして、野生にもおりますが基本的にはペットとして飼われておりますね。詳しいことはカタログの一六ページに載っていますので、気になるようでしたら是非ゆっくりとお読みになって下さい。カウンター内は時間の流れが違いますので、待ち時間等はお考えにならなくて大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 後ろを気にしていたのもばっちり見られていたらしい。なんだか恥ずかしい気持ちでカタログに目を落とす。

 犬ってのは人族と古くから付き合いがある生き物らしい。忠誠心に溢れた種族で種類も様々。小型犬から大型犬まで、なるほど、確かにこっちで言う魔尾シュェに近い。こっちのはもっと気性荒いし、あんまり懐かないけど。

 猫ってのは何? 魔爪リャヤはこっちじゃ呪いの象徴、触れると災いがあるって言われてて忌み嫌われてるんだけど…………お、おお……自由気ままな種族か。人族の中には猫に人生を捧げたり生活を猫中心にしている者も居るのだとか。なんだ、支配者スキルでもあるのか?


 成る程なあ、自由か……。

 正直今更人族になって柵の中で生きるのも、もう一回魔族やり直すのも微妙だし、そもそもあんまり人と会話もしたくない。誰かに付き従うのも、まああと百年くらいしたら考えても良いけど今は良い。

 うーん、猫。なんかよさげだな……、いや、でも待てよ!


「あの、これってやっぱり、小動物だと生まれによっては危険だったりしますか?」


 当然のように人に飼われたり安全な場所で生活出来る前提で考えていたが、こんな脆弱そうに見える生き物が一匹で生まれ落ちて大丈夫なんだろうか? 危なくないのか?

 サイズ感とか見たら俺の手のひらくらいしかないじゃん。俺が魔族でも最弱なのに、俺でも握りつぶしちゃいそうなくらいか弱い生き物に思える。こんなんで生き残れるのか?


 不安に思って尋ねた俺に、モニカさんはにっこり笑って今度は別のボードを取り出した。


「その点に関しては問題ありません! アレルスマイアー様は功績点が三億四千万点ございますので、大抵の災難にはあいませんし、寧ろ限りなく恵まれた状況で生を受けることも可能です」

「三億……ってのは多いんですか?」

「一般的には五千万点ほどですね」

「えっ、俺大分多くないですか!? なんでそんな、功績点?あるんですか!?」

「それだけ素晴らしい功績を残されたと、大神様が判断されたということです。ファイルを拝見させて頂きましたが、私も確かに三億四千万点に相応しい生涯だと思います。本当にお疲れ様でした、是非とも、次の生は楽しく謳歌して下さいませ」


 にっこり笑うモニカさんの顔が、涙で滲んでよく見えない。

 そうか。俺の頑張りは何も無駄じゃ無かったんだ。配下にこき使われるような情けない魔王だったし、民には嫌われまくってたけど、それでも、俺の頑張りを神様は見てたんだな。


 俺は乱暴に仮面を外すと、モニカさんが温かいお茶を差し出してくれてからも暫く、声も無く泣き続けてしまった。




  ◇◆◇



「――――それでは、アレルスマイアー様の転生条件が定まりましたので纏めさせて頂きますね」

「はい、よろしくお願いします」


 体感にして二時間後。モニカさんはやっとの思いで決定した俺の転生決定票を読み上げ始めた。


「転生先種族は猫、大陸は自動的に人族大陸ミュステンとなります。希望は野良猫として歩いていても問題の無い、王都の近くの落ち着いた場所とのことなので川を挟んだグロムの街を選ばせて頂きました。

 転生開始時点での年齢は猫で言う一歳、成猫ですね。此方、希望通り寿命は百年まで延ばしてあります。ご希望があれば百年経過後にジョブチェンジとして猫又になっていただくことも可能です、ご自由にお選び下さい。

 そして、転生要素の『スキル』ですが、アレルスマイアー様が現在取得している物をそのまま継続してお使い頂けます。追加要素はご利用にならないとのことですので、今回は此方のポイントは二割引となっております。

 最後に、『記憶の継続』ですが、此方が使用功績点が二億となっておりまして、申し訳ございませんが調整の関係で身体の毛色や柄は完全にランダムとさせていただきます。ご了承下さい」

「あ、はい。問題ないです」

「その他、不明な点や不安な点はございますでしょうか?」

「えーと、はい。大丈夫です」

「それでは、此方の転生決定票をお持ちになって二階に上がっていだたき、転生門をお通り下さいませ」


 長々付き合わせてしまったというのに微笑みを絶やさないモニカさんは、最後まで真摯に俺に向き合ってくれた。

 丁寧に書き上げられた転生決定票を手にして、モニカさんへ頭を下げる。


「モニカさん、本当にありがとうございました。俺、来世でも頑張ります」

「此方こそ、アレルスマイアー様の転生を担当出来て嬉しく思っております。では、よい来世を。お元気で」

「はい、お元気で!」


 そうして俺は手を振ってくれるモニカさんに手を振り返しつつ、二階の転生門へと向かったのだった。



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