1.はじまり
2017年の8月、24歳になった私は日本にやってきた、空港から出ると、頭から汗がしたたり落ちるとても、暑い日だった。
この旅はお忍びということで、秘書もいなければ、部下もいない、とにかく自由だ。
成田からどこにいこうかと思ったが、やはり、東京に行くこととした。
成田エクスプレスで東京までは意外と早く着いた。
東京駅の改札を出た私は、またしてもその場に立ち止まり、どこに行くか考えた、その時だった、
後ろから、スマホを見ながら歩いてきた大学生らしき人物が私に体当たりしてきた。
「ドン」
「ガリッ」
と音がして二人はその場で倒れてしまった。
「いてー、なに改札の前で立ち止まってんの、あんたアホか、あースマホがスマホが、こ・壊れたー」
大学生と思われるその男は大声で叫んだ。
「おいおい、スマホぐらいで何を騒いでいるんだ、それより、スマホを見ながら歩いてぶつかってきたのになぜ 私に謝らない、私に何も言わないつもりか、言うことがあるだろ」
「言うことはさあ、スマホが壊れたってことだろ、あんたさあ、こんなところで止まるなよ。
俺がこれを買うためにどんだけバイトしたかわかるのか?わかんないだろうね、そんなキザで高そうな服を着てるあんたじゃさあ」
まだ、幼い顔をした大学生ぐらいの男が、腹を立てて、突っかかって来た。
そうしたら、今度は壊れたスマホを見て急に泣き出した。
「ちくしょう、大事にしていた、スマホがこんなになっちまって」
大学生らしき男をよく見ると、服や靴がボロボロでだいぶ、生活に苦労しているように見えた。
「おいおい、スマホが壊れたくらいで、男がこんなところで泣くなよ。まあ理由はどうあれ、立ち止まった私も、悪かったかもしれない、それぐらいなら、私が新しいのを買ってあげよう」
そう言った途端、急に私を睨みつけて
「なんでも壊れたら、金出せばいいってもんじゃねえだろ!」
その一言を言って、大学生らしき男は足早にその場を去って行った。
『よくわからない男だ。全く初日からこれでは先が思いやられるなあ、時間も遅くなってきたし、今日は近くのホテルに行き、明日から、また、どこに行くか考えよう。
私は、仕事でも、事細かに計画して行動するのが、好きな人間だが、この旅では自由気ままに行くと決めている。だから、いつもと同じでは何も刺激もないし、仕事をしているような感覚になるからな』
それから駅から近くの高級ホテルへ行き、スィートルームに宿泊した。良いホテルの部屋は非常に快適で、眺望・部屋の広さ、行き届いたサービス、どれをとっても、最高の気分になった。
一夜が明けて、朝になり、部屋の窓から見える景色は所狭しと立っているビルばかりだった。
ホテルの朝食をたべながら、今日の予定を考えた。
『やはり、旅といからには、日本の観光名所に行くよりは、やはり、日本人の生活というか、たくさんの人との出会い、話をしてみたいな』
そう思い、ネットで色々調べて、近くの大学で、大学生向けの社会人セミナーがあるのをみつけ、
参加してみようと思った。
自分がもし、日本人の大学生であれば、日本でいう社会人などというものになる年ごろであり、同世代の人とも会える機会に恵まれると思ったからだ。
上野駅近くの大学の講堂でセミナーは行われるので、ホテルから徒歩でそこに向かった。その大学は国立で日本ではレベルの高い芸術系の大学だった。参加する大学生もやはり、芸術系の人達が多く参加していた。
そしてセミナーが始まったが、どの内容も自分には全く刺激のない、マニアル通りの話だった。
日本では、このような形式が普通のようだ。まだ途中ではあるが、時間の無駄が好きではないので、退席しようとした、その時、周りの学生の姿が、目に入った、皆、真剣そのもので、私のように途中で退席しそうな人物はいなかった。
気まずいので、私もしばらく、そのまま席にとどまることにした。しばらくすると休憩時間となり、スムーズに出れると思ったその時に後ろの席に座っている学生に声をかけられた。
「ねえ君、途中で席を離れようとしていたけど、何かあったの?」
「いやあ、内容があまり自分にはあっていなかったので、途中で帰ろうと思ったんだ」
「君、余裕だね、ここにきている人は、就職のために、どんな情報でもほしくて、来ているのに、僕も田舎から、出てきて大学に通っていて、親にだいぶ迷惑をかけているから、少しでもいい企業に就職しないといけないから必死だよ」
『なるほど・・・自分の夢ややりたいことではなく、いい大学→いい会社に就職することが
当たり前の考え方なのか』
そんなことが頭に浮かんだので
「自分のやりたいことはないの?」
「あのさあ、夢だとか、やりたいことで、今の世の中食べていけないでょ、だいたい、好きなことで、成功する人なんて、ごく一部の限られた天才だけだよ」
「そうなの、やりたいことに、精一杯、取り組んでみれば、案外、うまくいったりするんじゃない」
「ふー、君は能天気だなあ、みたところ、そんな高そうな服を着ているから、もしかして、おぼっちゃんかなあ、僕なんて親の仕送りも少なくて大変なんだよ。今日だって、バイトの合間に時間を作って来ているんだよ、そんな可能性の少ないことを考える気にもならないよ、だいたい君は、バイトとかしたことあるの?」
「ないよ。アルバイトなんて」
「なるほどね、たぶん親のコネとか、そんなんで、いいところの会社に就職できるんだろうね、うらやましいね、でもバイトもしたこない人が世の中で通用するかね」
「そんなに大変なのアルバイトは」
「そりゃあ大変だよ、たぶんね、君は一日だって持たないよ」
私はこの学生にバカにされているような気がして、だんだん腹がたってきた、そして、アルバイトにも非常に興味が湧いてきた。
「ねえ、アルバイトをするには、資格や経験が必要なの?」
「はあ、何を面白いこと言っているんだよ、そんなのいらないよ、いるとしたら、気合と根性、あとはがまんかな」
何を言っているか、よくわからなかったが、とりあえずこの学生にくっついて行って、色々と勉強をさせてもらおうと思った。
「あのさあ、このセミナー終わったら、君のアルバイト先に行って、アルバイトをさせてもらえないかな」
「・・・無理でしょ、おぼっちゃんの来るところじゃないよ」
また、バカにされたと思い、私は絶対について行くことにした。
この学生は上宮 俊介という大学3年生で二浪して、芸術大学に入ったそうだ、上野駅から徒歩20分のところの小さなアパートに住んでいた。
私はセミナーのあと、彼の自宅にお邪魔させてもらった。そこで衝撃を受けた、なんと、最初は大きな家と思ったが、そこはアパートで12戸の区画で分けられており、扉を開けると、キッチンがあり、小さい部屋が1つあった。それだけだった、私は思わず
「上宮はこの家にずっと住んでいるの」
「そうだよ、これでも、1人で暮らせてるだけいいほうだよ、友達ではこれぐらいのところで二人で住んでいる学生もいるからね」
私はカルチャーショックと思われる衝撃を受けた。
自分はなんて恵まれた環境で育ってきたのか。初めて、親のありがたさを感じた瞬間でもあった。