僕のモテ期は終わったようです
静江の秘密を知った稔は何もしていなかったようです
静江さんの過去を知ってから2週間が経った。当然かも知れないけど、あれから静江さんから一度も連絡は来なかったよ。『忘れてください』って言葉が僕の頭の中でリフレインする。僕はその言葉を忘れたくて仕事に没頭しているよ。仕事は裏切らない。あ……ここのプログラムコードは間違っているから、修正してアップしておこうかな……
美玲が僕に書類を渡しに来てくれたよ。最近は第一ソフトさんからの仕事も定期的になってきてるみたいだ。
「いつも、しっかり仕事してくれてありがとう。今月は稔の活躍が大きいわね。会社全体の売上も上がっているし、良い感じじゃないかしら?」
そういえば、僕は美玲に静江さんと会わなくなったことを伝えたよ。美玲は何も言わずに頷いてくれて、その件については触れないでくれているよ。
「稔さん、美玲さん、社長がお呼びです」
凛子さんから声がかかった。凛子さんは吉田君からの猛アプローチを受けているみたいだよ。この前、吉田君に凛子さんとデートに行ったことを自慢されたよ。後で吉田君は凛子さんに殴られてたみたいだけど、なんでだろう? あ……そうだった、薫姉さんが呼んでたんだった。
「はい、今いきますね」
そう言えば、僕と美玲が一緒に仕事の事で薫姉さんに呼ばれるのは珍しいことだね。何か担当の仕事でトラブルがあったのかな? 美玲も首をかしげているし……とりあえず、美玲と二人で社長室に向かう。
「二人を呼んだのは他でもないわ。これを見てどない思う?」
薫姉さんから見せられたのは、システム興行の業績悪化の新聞記事だよ。ここ数ヶ月で業績が悪化しているみたいだ。ちょうど、僕と美玲が会社を辞めた時期と重なっている。僕と美玲は顔を見合わせる。
「この状態は二人が辞めたからとは言わん。向こうも大手さんやから、いずれ組織で支えて業績も戻っていくやろ。ワイが言いたいのは、問題はプログラムスタイルの方ってことや」
薫姉さんが言うことがわからないよ。会社は上手くいってるし、業績もあがってる。何を問題にしてるんだろう?
「その顔じゃ、二人共わかってへんな? うちはベンチャーや。ある程度人に依存するのは仕方あらへん。でも、依存度が二人に集中し過ぎとるんや」
「いや、それを言ったら社長も同じじゃないですか?」
そう僕が言ったら、薫姉さんはため息をついたよ。そんなに面倒くさいという顔をしなくてもいいじゃないかな?
「社長は会社の顔や、そりゃ依存もするが、最悪は頭をすげ替えてもなんとかなる。実務を支えとるメンバーは別や、替えが効かへんのは致命的になる」
「実務……と、言いますと?」
有名となってきたとは言っても、プログラムスタイルは小さな会社だから、薫姉さんがいうように人に依存する部分があっても仕方がないはずだよ?
「まず、黒崎っち! 今、黒崎っちに倒れられたら、会社が受けている仕事量的に会社が回らへんようになる。本職の仕事スピードを舐めとった。来年度から経理の人員を補強するから、育成計画を立ててくれんか?」
なるほどね……確かに美玲の仕事は早いからね。元々経理の仕事が追いつかなくなって美玲をスカウトしたんだから……僕のほうは育成とかしてるから大丈夫の筈だよ? あ……美玲もバツが悪そうな顔をしてる……
「次に稔は仕事のし過ぎや! 家でも仕事しとるやろ! もっと手を抜け!」
ええ?! 仕事に手を抜けって言う社長っているの? 薫姉さん、言ってることが変だよ?
「今、自分は勉強会とかしてるから大丈夫って思とったか? 気付いてへんみたいやから言ったるが、会社が稔の影響で弛んできとるんや……凛子、説明したってくれ」
「はい。プログラムスタイルで仕事アンケートを取っていることは、稔さんもご存知だと思います。そのアンケートの8割に『何かあっても星田さんがフォローしてくれているので仕事がしやすくなった』という記載があります。また、残り2割からは今の状況に危惧する意見があります。仕事をして頂いて申し訳ありませんが、社長が言っていることも頷ける結果です」
「最近、稔は他のプロジェクトも先回りして確認しとるやろ? そして問題があれば、修正案まで準備して用意してるみたいやな? この状況では稔に何かあったら会社は潰れるわ!」
う……それは……皆を安心させようって思って……
「稔は特に最近変やぞ? とりあえず、話は終わりや。稔は今日はもう帰れ! 反省しとけ!」
美玲と僕は社長室を出たよ。今は休憩室で二人で落ち込んでいる。お互いに目が合って思わず微笑んだよ。
「あーあ、怒られちゃったね。稔が仕事に集中してるのは、静江さんの事があったから?」
「そんなことはないよ。単に仕事のやり方を間違っただけだよ」
静江さんのことは関係ない。美玲も心配かけちゃったよ。美玲と付き合ったら、美玲も安心してくれるかな?
「美玲……こんなときに言うのも何だけど……」
「嫌よ……稔とお付き合いはしないわ……」
「え?」
ええ?! 先回りして心を読まれた! しかも断られたよ……これで2回めだよ……
「稔が私と付き合おうって言おうとしてくれてたことは嬉しいわ……でも、私は今の稔と付き合うのは嫌。私は静江さんの代わりじゃないの! 正々堂々とライバルに向き合いたいの……ごめんね……社長の言う通り、今日は帰って……」
◇
僕は今日やらないといけない仕事だけをして会社を出たよ。確かにあんなタイミングで美玲に言う話じゃなかったよね。何やってるんだろ……って、会社の前に由美ちゃんがいるよ?
「お兄ちゃん! さっき美玲さんからメッセージがあって、お兄ちゃんが午後からお休みになるから相手をしてほしいって……お兄ちゃん落ち込んでるみたいだからって……」
はは……美玲は優しいな……美玲は僕とは付き合えないから、由美ちゃんに連絡してくれたんだ……
「ねえ、お兄ちゃん? 静江さんと会ってないんだって? 美玲さんに聞いたよ。何かあったの?」
「ん? もう会わないって言われただけだよ」
「そうなんだ……」
美玲には付き合えないって言われたし、僕のことをずっと好きだって言ってくれてる由美ちゃんなら付き合ってくれるのかな?
「由美ちゃん、僕と付き合おうか?」
由美ちゃんは、驚きの目で僕を見たよ……あれ? 僕の事を好きだって言ってくれていたのに悲しい顔をされたよ?
「由美はずっとお兄ちゃんを見てきた。太ったお兄ちゃんでも私は気にならなかった。私はお兄ちゃんと結婚するつもりだった……でも、今のお兄ちゃんは格好悪いよ!」
あ……怒られた……これはビンタされるのかな? って、目の前に由美ちゃんが迫ってきて……え?! キスされた?!
「こんな、ファーストキス嫌だったなぁ……お兄ちゃんは、どんな時でも諦めず出来ることをやってきた人なのに、いきなり情けなくなるんだもん……最後までやりきってから由美に告白してほしかった。そんなお兄ちゃんを見たくないから、今日はお兄ちゃんと一緒にいれない……」
由美ちゃんは、どっかに行ってしまったよ……もしかして、お別れのキスだったのかな? 美玲にもフラれ、由美ちゃんに呆れられ、凛子さんは吉田君とデートか。薫姉さんが言っていたモテ期は終わったね。なんか吹っ切れちゃったな。由美ちゃんが言っていたけど、諦めないか……静江さんを探してみようかな?
唐変木炸裂の稔です。好かれているのに表面の言葉だけを取ってしまう……男性によくありがちな事ですよね。しっかりと裏で好かれていることを深読みができる男性はどこにいるのでしょうか?




