僕は昔の知り合いに会いました
今回は稔のお仕事の話が中心です。お仕事の話なので専門用語が出てきて申し訳ありませんが、そういうものだと思って読んでください。できるだけ会話でわかるようにしたので、今回は長めになっています。
僕が朝ごはんの準備をしているとドアが開く音が聞こえた。また薫姉さんかな? でも、いつまで経っても薫姉さんは姿を見せない。不思議に思って玄関に行くと、薫姉さんが倒れてた。
「薫姉さん、どうしたんですか!」
すると、薫姉さんは辛そうな咳をしながら僕に話しかける。
「稔、わしゃもう駄目だ。後は頼んだぞ・・・・・・」
うん。寸劇はできてるので大丈夫そうだ。ちょっと熱が出た感じかな?
「少し熱があるだけですね。とりあえず、僕のベッドで寝ておいてください。今日は何かあるんですか?」
僕は薫姉さんを自分のベッドに寝かせて、りんごの皮をむきながら質問する。
「ケホッ。ケホッ。今日は第一ソフトとの会議があるんや。凜子から苦情を受けたって聞いてるわ」
「はい、りんごです。あと薬と水を置いておきますから、後で飲んでとりあえず休んでください。僕が第一ソフトに同行すればいいんですね?」
「ケホッ。ケホッ。物分りが良くて助かるわ。すまんな」
◇
今、僕は凜子さんと第一ソフトにいる。なんか課長さんっぽい人が前に座って話をしている。
「ともかく不具合がある以上、納品は認められません」
「こちらは仕様通りに作っています。それを全面的に問題があるというのはおかしいです。調べていただけませんか?」
第一ソフトの課長さんと凜子さんは、同じ問答を繰り返してるけど暇だな……そんなの見れば直ぐにわかるのに……そうだ!
「課長さん、もしよろしければデバッグモードで動作させたログを渡してもらえないですか? 昨日依頼したと思うので」
課長さんはログデータをUSBに入れて持ってきてくれた。僕はそれを解析する。ふむふむ。
「うん。不具合ですね」
「そうでしょう。であれば直してください」
「いえ、そちらの上位システムの不具合です。ほら、ここで通信コマンドが2つ来てるでしょう? 最初のは正常ですが、後ろのが異常データを含んでいます。こちらのシステムでは異常データをそちらのリクエスト付きで返していますが、リクエストにバイナリデータが含まれていますね。多分上位システムに致命的なバッファ異常が発生してます。こちらのシステムで対応しても問題は直らないですね」
「な! いい加減なことを言わないでください。修正できないからといって上位システムの問題にしてるんではないですか?」
困ったなぁ……課長さん、話が通じないよ。なんか話を聞きつけて、お偉いさんっぽい人がきたよ。
「どうしたのかな?」
「ぶ…部長。実は……」
あれ? この人見たことあるな。たしか、前の会社の時に官公庁の大トラブル案件で一緒にやった人だ。
「もしかして、鈴本さんじゃないですか?」
「どちら様かな?」
あれ? 鈴本さん覚えてないのかな? 一緒に打ち上げまでやったのに……
「ほら、星田ですよ。システム興業の時、一緒に仕事したじゃないですか? 今、転職しましてプログラムスタイルにいるんですよ」
「ほ……星田さん! あはは……見た目が変わったので気付きませんでした」
よかった、思い出してくれたよ。やっぱり、不摂生だった頃とは見た目が変わっちゃったんだ。あれ? 鈴本さんが課長さんの方を向いたよ?
「き……君、プログラムスタイルさんは何ておっしゃってるんだ!」
「それが、上位システムに問題があると言って……」
あ、鈴本さん、僕の話を聞いてくれるんだ。やっぱり、いい人だな。部長さんになっただけあるね。
「すぐに調べろ! 指摘してくださった問題があるかの確認をしろ!」
「しかし、部長……上位システムは3年前に開発が終わって、チームが解散しています」
なんか揉めてるなぁ。納期近いのかな? 鈴本さん困ってるみたいだし……そうだ!
「とりあえず、今回の件は納品して頂いて、今の問題をこちらで見ましょうか?」
凛子さんが驚いて僕に顔を向けてきたけど、もう言っちゃったし。鈴本さんなら僕のこと知ってるし。
「是非、お願いしたい。しかし、システム興業さんの時の星田さんの人月単価は220万円で……お恥ずかしいのですが、私の裁量で直ぐに動かせる金額が500万円しかなく、大きな修正が入ると……」
うあー。前の会社の営業さんエグイ事するな。確か上位職能単価は150万円ぐらいだったはずなのに……
「凜子さん? プログラムスタイルの人月単価はどれぐらいですか?」
「は、はい。レベルによりますが100万円から120万円ぐらいです。しかし稔さんはアーキテクトであって……」
とりあえず、凜子さんが話すのを手で制して……まあ、単価はそんなもんだよね。大体80万円から100万円ぐらいが相場で、プログラムスタイルは品質が良いから少し高め設定ってとこかな。
「鈴本さん、今回は特急料金で150万円で、上位システムとの接続関連を確認して修正しましょうか?」
「星田さん、いいのですか? そちらにもお仕事が入っているのでは?」
「構いませんよ。鈴本さんとの仲じゃないですか。既に出来上がってるシステムですし、上手くいけば直ぐに修正出来ますよ」
これで後は商談だね。鈴本さんは納期を守れて、うちは新しい仕事が取れてWIN-WINだね。
◇
帰り道で凜子さんが僕に何か言いたそうにしている。どうしたんだろ?
「どうかしましたか? なにか気になることでも……」
「いえ……何故、星野さんは相手に苦言を言わなかったのですか? 明らかに相手に非があったと思いますが……」
凛子さんは僕が何も言わなかったことを不思議に思ってるのかな? 恥ずかしいけど言ってみようかな?
「ソフトウェアって凛子さんが知っている通り、人が作っているんですよね。最近は自動化される部分も多くなりましたが……」
「え? あ……はい……」
「今でこそリファレンスが多くて、作りやすくなっていますが、それは多くの人の知恵の上でなりたってるんですよ。多分、今回の上位システムも苦労して作り上げてきたと思うんですよ」
「ええ……でも、それが今回の事とどうつながるのですか?」
「なんていうか……人とのつながりっていうのでしょうか? 今回の話だって結局言い合ってどちらが悪いって決まっても、結局困るのはお客様だし、現場は現場で関係が悪くなるじゃないですか。上位システムを作った人達もお客様も、多分そんなことは望んでないと思うんですよね」
「はあ……」
「簡単に言うと人とのつながりなんだから、みんな大好きそしてハッピーが良いって事です。結果的にお仕事も取れましたし万事解決ですよ」
「それはそうなのですが……」
「あ! もちろん、僕は凛子さんの事、大好きですよ」
どうしても、現場寄りになってしまって、周りをサポートしてくれる人の事が蔑ろになっちゃうけど、凛子さんは頑張ってくれてるから、これぐらいは言っておかないと……って、あれ? なんか凛子さんの顔が赤いような? 夕焼けのせいかな?
◇
「稔。なんか気持ち悪いくらい凛子が機嫌がええんやが、何か知っとるか?」
仕事をしていたら、熱から復活した薫姉さんが小声で僕に訪ねてきたよ。
「いえ……あ! 第一ソフトの追加の案件が取れたからじゃないですかね?」
なんか凛子さんから仕事の緊急連絡のためとか言って、メッセージアプリのIDを交換させられたなぁ。いつも真剣に仕事に向き合ってるよね。すごいなぁ……
すっとぼけの善意は時に人を勘違いさせてしまうと思います。いいなって思っている人から好意を向けられると嬉しくなっちゃいますよね。




