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三年目の

「よし、今年こそ言うぞ!」

 真っ白なタキシードに身を包んだウォルターは100本の赤薔薇の花束を抱え、空へと宣言する。


 今年こそは、と。

 彼はどうしても今日、結婚記念日にやり遂げたいことがあった。


 ウォルターは妻のラスティアとちょうど今から3年前に結婚した。

 政略結婚ではあったものの、ウォルターはラスティアを一目見た時から愛していた。

 だからラスティアの16の誕生日に彼女が幼少期より大事にしていた絵本に倣って、100本の赤薔薇を贈ったのだ。キザったらしいのは承知の上だった。けれどラスティアは涙を流して喜んでくれたのだ。ウォルターは彼女の笑顔が見れただけで胸は幸せで一杯になった。

 そしてこの気持ちをずっと忘れずに、彼女を大切にしていこうと誓ったのだ。


 ーーと、ここまでは何とも順風満帆なように思える。


 けれどその後が問題だった。


 国王陛下が体調を崩したことをキッカケにそろそろ王子達に王位を譲ると宣言したのである。

 だが王位継承権の高い順ではなく、王になるに相応しい者に継承するという条件をつけた。ここまでは歴代の国王達も何度か行ってきたことではある。

 だが次期国王を選抜するのは当代の国王陛下だけではなく、重役の数人もまたその役目に抜擢されたのだ。そして役目を担った中に宰相であるウォルターも含まれていたのである。


 ウォルターはなんと光栄なことかとありがたくその命を賜った。


 もちろんしばらくは家に帰れなくなることを承知であったし、妻であるラスティアには説明済みだった。だがそれは予想以上に難航した。

 元より乗り気ではなかった第2、第5王子はいいとして、自らこそが国王に相応しいと豪語する第1王子とこの機会を逃すまいと他の王子達の足を引っ張る第3・第4の双子の王子、そして母に背を押されて参加することになったまだ5つになったばかりの第6王子。

 その上、選考する役目を担った者たちは彼らから賄賂を渡されたりと不正を手伝う始末である。ウォルターは王子達の誰が相応しいかを選びつつも、不正を行った者達を切り捨てていった。もちろん普段の宰相としての仕事を行いつつ、また当代の国王陛下の補佐もしつつである。


 その結果、次期国王を選ぶまでに2年半もの時間がかかってしまった。


 ちなみに選ばれたのは第2王子だ。そして第2王子たっての希望で補佐役として第5王子が就任することで話は固まった。


 2年半のうちの1年は彼らを説得するためにかかった時間だ。


 最終的には民のためということで何とか頷いてくれたが、他の4人のうち1人でもまともな人格者がいればこんなことにはならなかっただろう。

 2年半もの時間はかかってしまったが、争いを好まず、何より民達を思う気持ちの強いあの2人なら国の未来は安泰である。


 問題はウォルター達、夫婦の今後である。


 結婚して半年と経たずに2年半もの間、ウォルターは妻を放置し続けたのだ。いくら仕事とはいえ、妻が呆れて離縁を突きつけてもおかしくない。

 だがウォルターには今も昔もそして今後もラスティアだけを愛しているのだ。彼女の口から離縁なんて言葉を告げられた日には立ち直れなくなってしまう。

 だからこそ彼は妻にもう一度プロポーズをすることを決めたのだ。

 毎年結婚記念日に花を贈るという約束は一度も守れてはいない。それどころかこの半年は愛おしい妻の顔さえ見れていないのだ。胸の中の不安は大きくなるばかりだ。ウォルターは自分の屋敷の玄関の前で怯える胸を押さえつけ、深呼吸する。


「愛している」

 そしてたった一言を脳内で繰り返す。シミュレーションだけは何度となく繰り返した。そしてウォルターは男は度胸!と覚悟を決めてドアを開け放った。

「おかえりなさい、ウォルター様」

「ラスティア!」

 目の前からは半年ぶりの妻が駆け寄ってくれている。後は彼女にこの想いと花束を渡すだけだ。


 ーーけれどそれは果たすことは出来なかった。


「妻を何年も放置するとは何事ですか!」

 ラスティアの渾身の一撃が彼の頭に降り注いだからである。

 彼女の2年半の想いを込めたその一撃は、3日不眠不休の日々と相まってウォルターの意識を夢の世界へと誘った。

 ラスティアはその場に落ちたバラの花束と、成人男性にしては些か細すぎる旦那の身体を抱えて寝室へと足を向ける。


 ウォルターとラスティアの結婚3周年の記念日は今年も祝われることなく終わりを告げた。けれどその晩から必ず屋敷中にバラの花が飾られるようになった。


 それはまるで彼らの永遠の愛を示すかのようにーー。

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