ある女の最期の記憶
私のつまらない話をしよう。
私は魔王を倒す勇者のパーティーの一員だった。
そう、『だった』のだ。
今は1人で旅をしている。
私がパーティーを抜ける理由?
それはあの子だ。
勇者に寄り添う聖女と呼ばれるあの子。
腰まである白銀の髪と少し垂れ目がかった大きく美しい菫色の瞳。
屈託のない笑顔と好奇心旺盛な性格。
誰もが彼女を愛している。
私も最初の頃は妹の様に可愛がっていた。
だけどいつの頃からか。
彼女の性格からか。あの子は誰とでも仲良くなる。
それは良い事ではある。だが、彼女の発言が問題だった。
『私は貴方を信じている』『貴方の支えになりたい』『私とずっと一緒にいてほしい』
そんなことを可憐な少女が頬を染めながら自分だけに告げる。
仲間の男連中は1人、また1人と彼女に恋をしていった。
そう、自分だけに言われたと思っているのは男達だけ。
彼女は仲間の男全員に同じような接触をしていた。
私は頭を抱えた。
仲間と仲良くなるのは良い事ではあるが、これは違う。
彼女を影で取り合って乱闘寸前になっていた事もあり、風紀を正す為に私は彼女を何度も諌めた。
それに帰ってきたのは泣きじゃくる彼女とそれを宥め、私を非難する仲間達。
呆れ果てて物も言えないとはこの事か。
魔王を倒す為に集まった歴戦の勇士達が1人の女に狂わされている。これで魔王を倒すなどお笑い草だ。
何より悲しかったのは、彼も彼女を庇った事だ。
幼なじみで家族同然に育った私と彼。
お互い将来は騎士になるのを夢見て剣や魔法の修行に明け暮れた。
最も信頼していた彼に罵倒された時、私は絶望した。
そんなパーティーに私の居場所はなく、私は彼らの元を去った。勇者だけは何故か引き留めようとしたが、周りに反対され、結局私は独りになった。
それから少しだけ時は過ぎ、ある町に立ち寄った時の事。
町の噂で凶暴なモンスターが付近の森に出没している、と聞いて私は討伐の依頼を受けた。
受けたはいいが、町の小さなギルドではモンスターの詳細な情報がなかった。森にいたのは巨大な狼。
結果として私は今すごくピンチである。
私は水の加護を受けた者。対してモンスターは土属性。
水は火を消す力を持つが土に溶け養分となる。
つまりは私の攻撃はこいつには効かない。
「…詰んだ…。ギルドに文句言わないとやってられないわ」
何度切りつけてもモンスターにはあまり効果がない。
相手の素早い動きについていくのがやっとだ。
…あいつなら。
風の加護を持つ幼なじみなら楽に倒せたでしょうに…。
「……馬鹿ね、いない人間に期待するなんて!」
私は剣で攻撃しながら攻撃魔法を唱える。
効かないとはいっても0じゃない。同じ場所を狙えば少しずつではあるが効いてる!
…まあ、私の魔力が尽きる方が先だろうけど。
でもこいつを野放しにすれば町の人に危害が及ぶ。それだけは避けたい。
私が剣を構えた時。
「あ、あれ?こんな所に出ちゃった…。……って、えぇっ!?何で貴女がここに!?」
それはこっちの台詞だわ!なんで聖女がここに!?
いえ、それよりも!
「何をしているの!?早くここから去りなさい!」
狼が聖女の存在に気づき、そちらを向く。まずい!!
聖女は治癒能力はあれど攻撃魔法を持たない。防御力は無いに等しい。
そして私はヤツに弱い。彼女を守る力はない。
それでも。
私は狼の足に攻撃して聖女と狼の間に立ち塞がる。
「貴女がここにいる理由は聞かないわ!早く仲間の元に帰りなさい!」
「…っ!でも、貴女傷だらけじゃない!今回復を…」
「いいから!!こいつは土属性なの!貴女がここで私を回復させてもキリがないのよ!この意味わかるでしょ!?」
そうだ。私なんかに魔力を使わないで。
彼を呼んでくれば一瞬で。
「…わかったわ。あの人を呼んでくる!近くまで皆と一緒なの!すぐに戻るから!!」
そう言って元来た道を戻る彼女の背中を見た時に、
私の頭の中に不思議な映像が流れる。
腕を喰われ、ボロボロになった私に駆け寄る勇者一行。
それを見て情けない程取り乱している私。
「何でもっと早く来ないのよ!?あんた達のせいよ!あんた達のせいで!何で私がこんな惨めな姿にならなくちゃいけないのよ!?」
そう言って一行を責める私。その姿にあいつは「醜い」とだけ呟いて助けなかった。そして熊に無残に喰われる私。
「………は、なに、………何よ今………がっ!!!」
思考の止まった私の脇腹に強烈な痛み。
狼の爪が刺さっている。
そのまま狼は私の体ごと腕を振り上げ私は勢いよく近くの大木に叩きつけられる。
「……かはっ…!」
尋常じゃない量の血を吐く。
肋骨、いったな…。内臓もやられた。
さっきの幻覚が現実味を帯びてきた。
いや、幻覚は巨大な熊と対峙していた。
ああ、そこはどうでもいいわ。私が許せないのはそこじゃない。
「……は、冗談じゃ、ないわ、よ…!認めるもの、ですか…!」
そうよ!私は認めない!あんな、あんな!
「惨めな最期っ!私の美学に、反するのよ!!」
私は気力を振り絞り立ち上がる。
出血の多さに一瞬目眩がするも歯を食いしばって耐える。
狼が口を開けて襲いかかる。
右腕に魔力を込めるとそちらを見る狼。
「…そんなに腕が欲しいならくれてやるわよ!」
瞬間、右腕に焼けるような痛みが走ると共に右肩から先の感覚がなくなる。
狼はクチャクチャと私の腕を噛み砕く。
その隙を私は逃さない。
左手に握りしめていた剣に全身の力を込めてヤツの喉元に突き刺した。
今更なのかもしれないけれど。
もっと聖女と話がしたかった。
私、貴女の事嫌いではなかったのよ?
貴女の笑顔は見ている此方も明るくする太陽の様だったの。
それから、彼も。
伝えていれば、結末は変わったのかしら?
貴方が好きです。と
ずっとずっと、好きだった。
貴方の側にいたくて辛い修行にも耐えてきたわ。
貴方に誉めてほしい。笑ってほしい。
その為だったら何でもするわ。
だから
私は私の誇りを示す。
狼の息の根を止めるまで深く剣を突き刺し続ける。
帰り血で全身が真っ赤に染まる。
それは狼の血か、私の血か。
この姿も惨めで醜いであろうが、あの幻覚より数百倍マシだ。
やがて、狼の動きが止まり、その巨体が倒れた頃
彼らはやってきた。
私に最早生気は無い。
それでも。
言ってやらねばならない。
「…遅かったわね…」
と。口元に笑みを浮かべて。
崩れ落ちた私の体を誰かが抱き起こす。
「ーーっ!ーーーっっ!!!」
彼が私の名前を叫ぶ声がする。
…幻聴かしら…。素敵ね…。
「今!今助けるから!」
聖女の声もする。涙声になっているように聞こえるのは気のせいかしら。
他の仲間の声もする。
だけど、姿が見えないわ。
辺りはいつの間に夜になったのかしら。
ねえ、貴方。私は上手くやれたかしら。
私らしく誇り高い最期かしら。
もし、そうだとしたら。
「…誉めて、くださいな………ーーー………」
愛しい貴方の名前を呼べば、私を抱き抱える腕に力がこもる。
ああ、貴方に抱かれて死ぬなんて、夢の、ようーーーーーーー
「………おい、しっかりしろ!頼む!逝くな!」
「……嘘、ねえ、冗談はよして?…私、貴女に謝りたい事があるのよ?私を叱ったのも、私の為を思ってくれていたからよね?私、馬鹿だからそんな事もわからなくて……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
仲間の慟哭を聞きながら、男は誰にも聞き取れない独り言を呟いた。
「先に熊を倒しても、引き留めて一緒にいても結局シナリオ通りここで死ぬのか。まぁいいや。また初めからやり直して今度こそ、手にいれてやる」




