ねがいごと、ひとつ。2
拾う……? 俺を? ……咄嗟にどうして、と口を突いてしまった。
『……俺に口ごたえするのか、人間』
彼は妖しくニタリ、と笑って。
――殺気。彼と視線がぶつかり合う。……彼から目が離せない。意識が彼に吸い込まれていくようで、体が動かせないような。いや、体が動かない。……指先一つ動かせない――!
……これは、術?
昔は村にも呪術師がいたらしい。けど、そんなものはもう無いと思っていた。
「……あ」
掠れた声が出た。声も、出せない。サッと血の気が引いていて、嫌な汗が噴き出してきた。……違う。これは、人じゃない。
……もっと別の『何か』だ。
怯えた様子のシキを見て、彼は続ける。
「なあ、お前。この山の話、知ってるだろ。化け物が出るとか、出ないとか」
彼は目を細めて、シキの反応を伺うように言った。
……知っている。この山は曰く付きの山らしい。化け物が出るとか、出ないとか。ここには化け物が住み着いていたが、呪術師が封じたという伝承が残っている。もうずっとずっと昔の話だけれど、村の掟で普段は誰もこの山に入ろうとしなかった。
……入る時は、生贄を出す年だけだった。
まさか、本当に自分の目の前に居る彼が、その『化け物』なのだろうか。
ぬっ、と彼の顔がシキを覗き込んだ。
「……ふふ、久しぶりの生贄。……お前を喰らってやろうか、人間」
冷たい声で、温度のない視線をシキに向けながら『化け物』はそう言った。
思わず怖くて、目をギュッと閉じた。……その様子を見て彼は
……くつくつと笑っていた。
……? 頭に疑問符が浮かぶ。どうして、そう問いかけたかったが、ぐっと、堪えた。
「あはは! そんなの冗談だって。人間なんて食べないよ、俺は」
……何だこいつ、明らかに俺の反応を見て……、楽しんでいるじゃないか。ムッと、眉間にシワが寄る。不満げな様子を見て彼は満足したようで、
「でも俺は人間じゃない、半妖。お前の村に伝わっている伝承の、張本人だ。永い間、生き続けている」
また彼はあのニタリとした笑みを浮かべてそう言ったけれど、
「そうなんだ」
いつの間にか、術は解けていた。シキの口から出た言葉は、それだけ。
だって、彼は自分でその「化け物」だと言ったのだ。きっとそうだろう。自分が彼から感じた違和感は、そうに違いない。さっきだって、彼に術を掛けられた。……不服だけれど。
「……お前、驚かないのか? ……どうして怖がったりもしないんだ……?」
次に呆気にとられるのは彼の方だった。ポカン、という顔をしている。……だって君は人間を食べないって自分から言ったじゃないか。
「……お前、……うん。やっぱり一緒に来なよ、人間」
……彼は少し面食らった様子だった。