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Surely Someday  作者: よる
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ねがいごと、ひとつ。1

 長い長い獣道が続いている。一体どれだけ歩いたのだろう。もう脚はくたくた。俺は地面にしゃがみ込んでしまった。こんなに歩いたのはいつ振りだろう? ……もしかしたら初めてかもしれない。今まで家から出たことなんてあまりなかったから。


 ――ぽつり。


 滴が顔にあたった。……雨だ。空を見上げると瞬く間に天気は下り坂、土砂降りの雨だった。……今日は一日晴れると思っていた。

 どこかで雨宿りしないと。そう思ったが、もう脚が動かない。雨足は強まるばかり、体温はどんどんと奪われていくのがわかった。……細い体が震える。体調だって、良いとは言えなかった。


 ――わかっていたけれど。


 ここは山の中、人気なんて全くない。……ましてや自分を助ける人なんて、来ない。山を探索するのは楽しかったけれど。

「…………さむいな」

 ぽつり、独り言。頭がくらくらする。……熱でも出てきたのだろうか。体に力が入らず、ついに地面に突っ伏してしまった。


 ……ここで、自分は終わりなんだな。


 ここは深い深い山の中。どうせ生きたって、ここから歩いたって、いつか獣の餌になるのは目に見えていた。

 少年は諦めたように、静かに、そして呆気なく瞼を閉じたのだった。




 朝、鳥の鳴き声が外から聞こえる。春の心地よい陽気に誘われて、少年はいつもと変わらず目を覚ました。……いつもと違うのは、今日が自分にとって特別な日ということ。


 少年の名前は、シキ。肩に付くぐらいの艶のある黒髪の少年だ。瞳の色は髪色よりずっと明るい。朝日が反射してキラキラとその淡褐色の瞳は輝いて、澄んだ色をしている。体格は同年代の十六、十七歳ぐらいの子ども達と比べると、線の細い体をしている。体格が良い、とはお世辞にも言えなかった。

「おはよう、シキ」

 後ろから母が声をかけてきた。

「おはよう、母さん」

 シキも、いつもと変わらず返事をして服を着替えた。シキは青や紺といった服の色が好きで、今日はお気に入りの服を着た。


 今日は、村で一年に一度の儀式が行われる。


 …………生贄を出す儀式だ。村の豊作を願って。選ばれた子どもは山の神へ捧げられる。


 そう、捧げられる。……口減らしを兼ねて、山に捨てられるのだ、実際は。


 シキの住むこの山奥の小さな村では、決して毎年生贄を出すわけではなかった。しかし、今年は干ばつや、飢饉に見舞われて村人全員が食べていくのにやっとだった。


 ……そこで選ばれたのが、シキ。シキは生まれつき体が弱く、先がもう長くないことは周知の事実だった。

 これは村の会議で決まったことで、両親は逆らえない。

 それに、シキの家は裕福とは言えない生活をしていた。


 ……何も生贄になることが悲しいだけのことじゃない、シキはそう思った。生贄を出した家は、その見返りとして一定の財と地位が与えられる。それを知っていたから、シキは二つ返事で承諾した。……今までずっと死と隣り合わせで、その命が家族の役に立つのなら、そう思った。シキ自身、あまり生に対しての執着が無いのも理由の一つだった。


 日が高く昇った頃、シキは大人たちに連れられて山の中へ入っていった。


 シキの後ろ姿を見送る両親が泣いていたから


「またね」


 そう言って、一歩。先へ進んだ。


 しばらく歩いた頃、もう道らしい道は続いていなかった。大人たちがここから先は君一人だ、なんて申し訳なさそうに言うから、ありがとうございました。と頭を下げて大人たちを見送った。


 もう、戻れない。でも、少し体が軽やかだった。一度山を登ってみたい、と思っていたから。……まさかこんな形で叶うなんて、予想外だったけれど。


 それにこの山は曰く付きの山らしい。……化け物が出るとか、出ないとか。


 まだ日は高いところにある。今まで家の中で過ごしていたから、外は少し新鮮だった。少しの期待を胸に抱きながら、シキは獣道を進んだ。





 動けなくなってどれぐらい経っただろうか。雨音が聞こえる。ぼんやりそう思っていると


 ――パシャ。


 水たまりが舞う音が聞こえた。


 パシャパシャと音を立てながら、音の主が近づいてくる。……どうせ食べられるなら、死んでから獣に食べられたかったな、と思考を巡らせていると足音が、止まった。


 ……その目の前に居る何かは、一向にシキを食べる気配が無かった。シキは不思議に思い、瞼を開けて前方を見上げると、

「…………人間? 生きてるのか……?」

 足音の主は驚いたような声色でそう言った。


 ……まさか、人? こんなところに?


 シキは目を見開いた。もちろん人が居たことにも驚いたのだが、シキの目に映ったその声の主の姿に、


 ――綺麗だ。


 顔立ちはひどく整っていて、人間。……人間?


 ――どこか違和感がある。


 服は落ち着いた赤色。髪は毛先にかけて灰色、黒、とグラデーションがかっていて、その地面に付いてしまいそうな長髪は綺麗に一束一束結われている。絹の様に美しい髪だった。そして目の色は真紅に染まった色をしていて、呑まれてしまいそうだった。それに、身体中に貼られた札と右足の足枷が不気味だった。でも、歳は同じくらいだろうか。


 ……少し、言葉を失っていた。そんなシキを知ってか知らずか、目の前に居る彼は続ける。


「生きている人間が居るなんて珍しいなあ! 何年ぶりに見たんだろう!」

 彼は、子どものように目をキラキラさせていた。

「お前、今年の生贄だろ? …………俺が拾ってやるよ、人間」

 そんなことを言うものだから、

「…………え?」

 呆気にとられてしまった。予想外の言葉だったから。


 彼の気まぐれな一言でシキと彼は出会った。泡沫の様な二人のお話。


 始まったものには終わりがあるけれど。……まだ二人はそれに気付かないままで。

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