プロローグ・イン・ザ・ダーク
深い、底も見えないような闇の中にいた。
何があった? と頭を押さえて考えるが、まるで靄がかかったように直前の記憶が思い出せない。
「確か……そうだ、俺は……殺された……のか……?」
記憶は思い出せないが、何故か“死んだ”という事実だけは体に染み付いた習慣のように、直感的に理解出来る。
しかし解せないのは――目の前で起こっている、何とも滑稽な光景である。
『転生はこちら→』
そんな白看板を持った若者が、やる気がなさそうに闇の中を先導していた。
一見するとマヌケな光景だが、若者はすっぽりとフードを被っていて、こちらに顔を見せないようにしていてとてもアヤシイ。
(このまま、付いていって良いのだろうか)
というかよくよく目が慣れてくると、言うほど暗闇でもなかったし、足元には寝るときに点けておく間接照明みたいなおしゃれなライトがちょこちょこある。
まったく理解できない状況に、痺れを切らして若者に声を掛けてみることにした。
「おい、これは何があったんだ? 教えてくれ」
「へいへい……もう少しで全部分かりますよー」
無気力な返答の仕方に、部下だったらぶん殴っているとぷるぷると拳を震わせる。
混乱の真っ只中の頭を整理していくと、自分は死んで、このトンネルのような場所を、転生のために歩いているらしい。
転生とやらがこんな緩い感じで行われて良いものなのか、そこは甚だ疑問だったが――
「やっべ、今日のログボまだ貰ってねーじゃん」
しかも若者はソシャゲーをやっていた。
やっぱり一発殴っていいかと、握り締めた拳にはーっと息を吹きかけた時である。
「ちょ、ちょっと前! 前見なさいってば!!」
十字路になっていたトンネルの横道から、猛ダッシュで走る若い女が現れた。
こちらもフードを深く被っていて、その後ろには首輪を付けられた少女が引きずられている。
その少女の姿を見た瞬間に、ハッとして息を飲んだ。
「お、お前――」
「え……パパ……っ!?」
四肢を縛られ、涙を浮かべされるがままになっていた娘の姿を見た瞬間、タモンの体は勝手に動いていた。
「あ、こら、おっさん! 勝手なことすんな!!」
若者の制止も聞かず、娘の前へと飛び出したタモンは――
ごちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!
頭から娘と正面衝突し、その衝撃でバタンと倒れ、気を失う。
「もーっ! こっちは呼び出しの時間まで時間がないのに! 邪魔しないでよっ!」
「じゃ、邪魔って……そっちがぶつかってきたんだろ! 俺の責任じゃねーよ!」
事故りながらも、時間がないのか、女はそのまま少女を引きずっていく。
一方、若者の方は、自分より一回り大きいタモンの体を動かすのに四苦八苦している。
この時点では二人とも、後世に語り継がれるような“転生事故”が発生していることに、まったく気が付いていないのだった。
結論:歩きスマホはダメ、ゼッタイ。