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生まれ変わり --Renato リナート--  作者: Tohna
第1章 Push to the top(トップまで登り詰めろ!)
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第8話 オールド・ルーキー

 レースはスタートした。


 序盤は大きな波乱もなく過ぎた。


 しかし、程なく慎一は前年チャンプのHONDAのエース、岡谷と抜きつ抜かれつの、まるで犬が追いかけあっているように見えることからドッグファイトといわれる状態に入った。


 レインボーコーナーから立ち上がるバックストレッチ(裏のストレート)はパワーに勝るHONDAの天下だ。


 しかし、慎一のRGV Γ(ガンマ)は、高速コーナーでの安定感が光る。110Rのコーナーで詰めて、シケインの飛び込みで岡谷を差す、ということを数週にわたって繰り返していた。 


 岡谷がミスをし、バックストレッチ*手前で慎一のスリップ*に入れず、高低差の頂点あたりでかろうじて並ぶと、そのままアウト側にいた慎一を押し出そうとした。


 慎一はタイヤ一本分コースからはみ出たようで土煙が短く上がったが、気迫でバイクをコース内にとどめた。


 慎一の気迫に気おくれしたのか、岡谷はその後精彩を欠くようになった。


 最終ラップ。シケインを立ち上がり岡谷に3秒差をつけた慎一は、最終コーナーを駆け抜けグランドスタンド前に姿を現した。


 TBCビッグロードレースで有終の美を飾った慎一は、九十一年のGP250 クラスのチャンピオンになった。


「放送席、放送席、見事GP250クラス、チャンピオンを獲得した風戸真一選手のインタビューです」

 インタビューが始まった。


「風戸選手、チャンピオン獲得、おめでとうございます。いまの率直なお気持ちを聞かせてください」


「ありがとうございます。チームの助けがあって、チャンピオンが取れました」

 慎一は感無量という表情で話し始めた。


「岡谷選手の存在も大きかったです。とてつ下万作をもなく強い岡谷選手にどうやって勝てばよいか、いつもそればかり考えていたのが実のところです」


「岡谷選手はすでに来季のWGP(世界選手権)への参戦が確実視されています。風戸選手にも同様のオファーがあるやに聞いていますがいかがですか?」


 スタンドの観客はこの若いチャンピオンの将来に期待を込めて沸きに沸いた。


「身に余る光栄です。しかし、私にはそのつもりがありません」


 この一言で、観客だけではなく、監督の隅田が狼狽する事態に。


「シンのやつ、何言いだしやがるんだ....」


 インタビュアーもあわてて、


「風戸選手のいつものジョークですね?」

 と切り返す。


 しかし、慎一は、


「いえ、これは本当です。私 風戸慎一は、今年度を以ってロードレースを引退することにいたしました」


 場内は騒然となった。


 慎一はチームマネジャーに引きずられるように退場し、ミックスゾーンでも取材を受けることなく大型のトレーラーを改造したトランスポーターに乗り込んだ。


 トランスポーターの中では、隅田を始め、チーム関係者が事情聴取を始め、同時に慰留した。


 慎一は有紀への説明と同じことを繰り返した。


 彼らにそれが理解できることもなく、事情はほかにあるが、本当のことを言わない、と決めつけられ、譴責処分が下されることになった。


 慎一は、有紀にはチャンピオンを獲得したら考えればよい、と言われたはずだがそのまま引退宣言をしてしまい、どう謝ろうかと思っていたのだが、有紀は、


「あそこで言うかなぁ… まあ、慎ちゃんらしいかもね」

 と言われたキリで、特別追及も非難もされなかったが、ほっとした半面、少し申し訳ない気持ちになった。


 慎一の真意は、掛け値なしに母への贖罪と、有紀との将来を見据えてのことだった。


 その後、チームは慰留を取り下げた。


 チームへの相談なしで引退を決めてしまったので、スズキ本社へ謝罪へ行ったり、スポンサーにも頭を下げに言ったりしばらくは事後処理に追われた。


 慎一はその都度なぜこの時期に引退をするのか丁寧に説明した。


 何人かは分かってくれたが、残りは慎一を使って一儲けをたくらんでいた輩ばかりで、酷い罵詈雑言を慎一に浴びせた。


 慎一は怯まなかった。


 ただただ、

「私個人のわがままをお許しください」


 と、頭を下げるばかりであった。


 慎一はその後勉強に熱心に取り組み、明治大学大学院に入学した。

 92年の春であった。



 週末には、慎一はかならず有紀の部屋で過ごすようになっていた。


 学費はレーサー時代に稼いだ契約金や、諸々の所得をほとんど手をつけないで貯金をしていたから問題はなかった。


 しかし生活費のやり繰りは楽ではなかった。ワークスライダーといっても、全日本レベルではなかなかよい生活はできない。


 大学院に通う一方、慎一は築地のマグロ中卸のアルバイトを始めた。


 授業が始まるまでの数時間の肉体労働は都合が良かったし、なにより他のアルバイトよりも時給が格段に高かった。


 実はこのアルバイトはヒゲケンこと川口が懇意にしている自由が丘の寿司屋「侘助」の大将の紹介だった。


 慎一は流体力学研究室に入り、指導教授の根津東吉の覚えもよく、論文では学部長賞をとったこともあった。


 レースの世界にも、当然空気抵抗との戦いがあり、慎一の興味の対象でもあったためだ。


 かつて母が自分にしてくれようとした未来。


 これを自分の手で壊し、母を失望させたことに対する自分なりの償いという意味合いもあったが、自分は生まれ変われる。そう信じて勉学に没頭した。


*バックストレッチ・・・ サーキットのメインスタンド前の直線ではなく、それ以外の長い直線をいう。裏ストレート。


*スリップ・・・ スリップストリームのこと。レーシングマシンは時速200㎞を超える速度で走るため、空気抵抗が大きな問題になるが、自分の前を走るマシンの直後に自分のマシンを走らせることで空気抵抗を低減させることができるテクニック。

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