第60話 リベンジの機会
60話まで届きました!
連載開始当初ではここまで続けられるかどうかなんて全く分かりませんでしたが、皆様からのフィードバックに支えられてここまで来れたと感無量です。
個人的には、道足&マリー=テレーズの師弟コンビは描いていて楽しいです。
皆様にも愛されますよう。
東京科学工科大学の練馬キャンパスの道足研究室では、暖かな日を迎えていた。
「ねえ、マリー=テレーズ。《新宿事件》の映像なんだけど、編集終わったかしら?」
腕組みし、行儀悪く脚まで組んだ道足恭代は、座っている椅子を回転させ、後ろの席に座っている助手のマリー=テレーズに訊いた。
「先生。消しましたけど。アレ」
顔を上げずにマリー=テレーズ。
一瞬にして血圧と怒気が上がった道足は、
「あなたなんて事を!」
と怒鳴り、瞬時に冷静になって、
「何故そんなことを?」
と尋ねた。
「先生が柏原学部長の顔真似までして『道足くぅん、この映像は円谷プロにでも借りたのかね?』とか言うだろうとご想像されていたので不要と考えました。何か問題でも?」
冷静に戻ったのに、マリー=テレーズの言い草に、また怒気が蘇ってきて、握り拳にさらに力を入れると腕全体がワナワナと震えるのね、と妙に感心しながら道足は、
「研究者として《データ》を破棄するというのはどうなのかしら?」
なるべく穏やかに言った。
「よし!取れた!」
マリー=テレーズがいきなり叫ぶ。
「な、何よ、藪から棒に」
「先生、今、この装置を使って先生の怒気を素粒子として観察し、データを取っていたのです」
いつのまにか、見たことのないセンサーが ーー30cm角のフラットなアンテナのようなものが天井に据え付けられていたーー あり、マリー=テレーズの指し示すモニターには、幾何学模様のような物が映っていた。
「なので先生を恣意的に怒らせたのです。先生は努めて冷静になろうとなさっているデータも取れてます!素晴らしいサンプル…」
と言い終わるか否かのタイミングで、マリー=テレーズの眼前にはいくつかの星が見えた。
「先生、それは暴力というものです」
「愛の鞭とでも私が釈明するとでも思ったかしら?」
「あ、いいえ」
体罰は受けたことはなかったが、流石に今回はやり過ぎたとマリー=テレーズも思った。
「確かに人を本気で怒らす事ってなかなか難しいわよね。貴方にしてはよく考えたじゃない?」
「ええ、まあ。例の映像ですが、編集はやめておきます。何しろ《データ》なので、改竄を疑われる可能性がありますし」
道足は立ち上がって机上の資料をまとめている。
「それは当たり前のことよ。そうじゃなくて、その、報道機関向けに配布できる素材というか…」
「なるほど、でも私がやる必要はないと思うんですよね」
マリー=テレーズは、そう答えながら先ほどの画像データをハードコピーしている。
「どういうことかしら?」
「報道機関、特定の報道機関に委ねるのも一つの方法だと」
「偏った編集をされるんじゃないの?」
「確かにその危険性はありますよね。では私が付き添うのを条件にすればどうです?」
道足はまとめた資料をぽんぽんと腰のあたりで叩きながら尋ねる。
「何か心当たりの報道機関があるのかしら」
「無い事もない…ですかね」
「その勿体つけた言い方は好きじゃないわ」
「首都テレビですわ。先生」
首都テレビ、と聞いた道足は脊髄反射した。
「あそこはダメよ」
「なぜです?以前、『世界神霊大発見』でキワモノ扱いされたのを根に持ってるんですか?」
道足はマリー=テレーズの問いに言葉を失った。勿論図星だったからだ。
しかし、了見のせまい女だと思われたくない一心で、
「な、何を言ってるの?あ、あんな番組もう忘れてたわ」
「それでは他にどんな理由が?」
道足に他の答えなどあるわけもない。
「ダメったらダメよ!」
マリー=テレーズは、少し考えて、
「では先生。首都テレビには、「世界神霊大発見」での扱いを謝罪と訂正してもらいましょう。その上で先生の研究をしっかり宣伝してもらうって言う事ではどうですか?」
道足は、安っぽいプライドを貫くか、自分の研究を世の中に正当に受け入れてもらうか、頭の中で計算している。
「わかったわ。いいでしょう。それで、誰か知ってるの?首都テレビの人」
「ええ、父の友人で、報道キャップに暮林という人がいます。彼なら」
「そう。ではアポを取って。私もミーティングには出るわ」
道足がそう言うと、マリー=テレーズは、デスクの電話をフックアップして手帳を見ながら電話をかけ出した。
しかし、マリー=テレーズは、あの時の ーー 《新宿事件》の時と同じ妖気を感じた。
「先生、E.G.o.I.S.Tが先です!」
マリー=テレーズは叫んだ。
「なんの話?あなた一体…」
「あの時の超常現象が、このキャンパスでまた起きるかもしれません!」
「あらまあ」
道足はニヤリと笑って、
「好都合だわ。マリー=テレーズ。あなたはセットアップを急いで! 私は…」
「電源を頼みます! 何しろ学園中が停電する恐れがありますからね」
「流石私のかわいい助手。分かっているじゃない」
「先生、妙に優しいと却って怖いです。出荷される前の豚みたいに」
「まあ、あなた。自分のことよくわかってるのね」
「何をおっしゃっているか、全く分かりませんわ」
マリー=テレーズも道足も互いに憎まれ口をききあっているものの、信頼関係に基づいたものである事は分かっている。
またあの妖気を捉えるために、互いにテキパキと準備を進めた。




