第50話 エビデンス
「マリー=テレーズ。あれが何なのか説明なさい」
「先生。私は結界師ですが、詳しくはわかりかねますわ」
「使えない結界師ね」
道足恭代と、助手のマリー=テレーズ・ジュネ二人の眼前では、キングギドラのような八岐大蛇と重要指定文化財のような仏像が闘っている。
また、大きな猫と、巨大なカラスがやり合っていた。
「なによ、これ。いきなり特撮映画みたいなのが始まっちゃってこんなの、こんなの私が見たかったのじゃないわ!」
「先生、まあそう仰らず。」
「だって、この映像を学会に出したって『道足くん、これは円谷プロに頼んだのかな?』で一蹴されるに決まってるわ!で、一体アレはなんなのよ」
と、道足は誰かの顔真似と声色を真似て気色ばんでまくしたてた。
マリー=テレーズはそれでも冷静に、
「私の見立てでは、化け猫と八咫烏、あ、日本サッカー協会のキャラクターですよ」
と反応したが、道足は、
「知らないわそんなの!それで?」
とにべもない。
「八岐大蛇と何かの仏像だと思います。蛇対蛇の闘いの様ですね」
「マリー=テレーズ、仏像にはそのモデルがあるものよ。仏像が闘うって頭悪い言い方だわ」
「それでは何とか明王とかそんなヤツです」
「もういいわ。で、アレって、霊なの?」
「分かりませんが、この世のものでないことは確かかと」
道足たちと共に機動隊員たちもこの光景を、まるで非現実の様に眺めていた。
「山下隊長、我々は何をすれば?」
「た、待機だ!」
隊員は他の隊員達に向かって大声を張り上げた。
「はっ、待機ぃ〜!」
山下はこの馬鹿げたとしか言いようのない出来事を消化しかねていた。
「なんなんだ…一体何が起こっている?」
道足は、先程の機動隊員を手招きして呼び寄せ、また無線のマイクを引ったくり、
「山下隊長、あなた、この光景を見たわね?」
と怒鳴った。
山下も、
「はい、助教授。しかし、これは何ですか?」
と応えた。
「『この世のものでない何か』としか今は分からないわ。E.G.O.i.S.T.によって可視化された電磁波の塊。」
「私には詳しく分かりかねますが、攻撃は必要でしょうか?」
「何をやっても全く効果はないと思うわ。だって実体は電磁波だもの。とにかく事の推移をその目に焼き付けておいて頂戴。」
「はっ。しかし何故?」
「あなたたちがこの事象の証言者になるからよ。私はアカデミアの世界では『マッドサイエンティスト』だの、『空想おばさん』だの言われているわ。私の助手が映像を撮っているけど、特撮映画みたいで何のエビデンスにもなりやしないわ」
「了解しました!」
山下はマイクを置き、
「学問の世界では、先生方も大変なんだな」
と呟いた。
「でも、待てよ?」
山下は、何か思い出したかのように携帯電話で、何処かに電話をかけ始めた。
「あ、もしもし。こちらは警視庁第六機動隊、隊長の山下と申します。報道局の暮林さんはいらっしゃいますか?」
電話の先では、少々お待ちくださいと返答があり、保留音の「ノクターン」が鳴っている。
暫く待っていると、「ノクターン」のメロディーは途絶え、甲高い男の声に変わった。
「珍しい、山下さんじゃないですか。もしかして、今新宿に出動中?」
「ええ、そうです。手短に言いますが、現在我々機動隊によって付近は封鎖していますが、暮林さんが取材してくれるなら特別にそのように指示が出せます。」
「それは光栄ですねぇ。どうした風の吹き回しですか?」
「暮林さんには『お世話に』なってるんでね」
と山下はお世話に、を強調してみせた。
「世紀の映像を撮られてはいかがでしょう。御社にとってチャンスかもしれませんよ?これは」
電話の相手は、首都テレビの報道局の暮林 郁朗だ。
「分かりました。ちょっと上長に念のため相談してから行きますね」
暮林は、
「山下さん、何企んでるのかな?」
と含み笑いをして、席を立った。