第48話 孔雀明王
「想像以上にうまく行ったのう。ふはははは」
サキに憑依したロクは独りごちると、孔雀に乗る、うら若き乙女になった慎一に言った。
「慎一よ、お主は『孔雀明王』になったのじゃ」
「孔雀明王?強いのか?」
「孔雀は、猛毒の蛇を喰らうのじゃ」
「なるほど、化け猫にしては知恵が回るな」
「お主は本当に口が減らぬ奴じゃ。それからのう」
「それから、なんだ?」
「孔雀明王は、女じゃ。八岐大蛇が好物であろう」
「そうか。俺も囮か」
「そうじゃ。中身はうすら馬鹿の男じゃがな。はっはっはっ!」
「口が減らねえのはお前の方じゃねえか!」
サキの中にいるロクと孔雀明王に変化した慎一は改めて八岐大蛇に問う。
「八人目の娘に、もう一人オマケを付けるぞ!どうだ?結界を解くのじゃ。八岐大蛇よ」
すると、嘘のように(闇」に隙間が出来て、二人は「闇」の中に入る事が出来た。
「さあて、どちらを先に食うかなぁ?」
山津見神の八番目の娘、櫛名田比売を食い損ねた蛇頭が先の割れた舌を出し入れしながら品定めをして言った。
「おい、お前。図々しい。お前に選ぶ権利などない」
そう蛇頭の一つが嗜めると、
「ワシがそっちの小さい方を頂く。お前はそちらの孔雀に乗ったほうを食え」
また、違う蛇頭達が、
「何故貴様に食う権利があるのだ?ここは平等に分け合おうではないか。」
「平等などというモノはこの世に存在せぬ」
「俺はそっちの年増が良いぞ」
「生意気抜かすな!貴様にはこの娘たちは勿体ない。ワシが二人とも頂く」
「とにかく早く選べよ。ウスノロめ」
などと一人余った慎一扮する孔雀明王をどうするか喧々諤々となった。
「年増とかなんとか、なんか好き勝手なこと言ってるな、アイツら。胴体は一緒でも仲悪いな?」
「まあ、胴では繋がっておっても、頭の中は「個」じゃ。意見が別れても不思議はなかろう。しかし何故長い間一緒にやっておれるのか興味はある」
「まあ仲間割れしている時が狙い目じゃねえのか?」
そう言って孔雀明王となった慎一は、
「oṃ mayūrā krānte svāhā(オンマユカキランティソワカ)」
と唱えた。孔雀明王の真言である。
慎一が乗っていた孔雀が美しい翼を拡げて飛翔し、八岐大蛇に襲いかかった。
慎一達に対面して正面の蛇頭、櫛名田比売を食い損ねた蛇頭を八番目とすると、その後方にいる四番目の蛇頭と、その隣の三番目の蛇頭を食い千切った。
一瞬の事であった。
しかし、その刹那、孔雀は黒く俊敏な影によって撃ち落された。
ー 八咫烏だ ー
「八咫烏よ!邪魔をするでない!」
「お前たちがさっき言ったことにも一理あるが、これが今の私の使命なのでね。悪く思わんでくれ」
一方で八岐大蛇は残った六つの蛇頭が一斉に食いちぎられた痛みから阿鼻叫喚を上げている。
「痛えええ!貴様、貴様許さぬぞ!」
「殺してやる!殺してやる!」
八咫烏は、
「何故結界を解いたのだ。これは迂闊なお前たちに対する報いだ!」
と怒鳴った。
胴体が繋がっていても、頭の中は「個」ではあるが、痛みは共有されるようだ。
「ぐぬう、」
と、ぐうの音くらいは出るが、反論できない。
慎一は思い出したかのように、
「ロク、サキの中から出れるか?」
「勿論じゃ。」
ロクはサキから抜け出て化け猫に変化し、先ずは失神しているサキを安全そうな場所に移してから、
「お主の相手はワシが致す。」
と、八咫烏に向かって叫び、背中を丸めて毛を逆立て、爪を立てた。
完全なる臨戦形態である。
「昔から、猫とカラスは仲が良くないのじゃ。悪く思うな」
「空を飛ばぬお前など、恐るるに足らぬわ!」
「慎一よ、お前は残った蛇頭達を、孔雀なしで何とかしてみい!」
「わかった!そっちは任すぞ!」
ロクは目にまとまらない速さで八咫烏に飛びかかった。