第43話 結界師
道足 恭代に呼び出されたのは、助手のマリー=テレーズ・ジュネだった。
マリー=テレーズは、フランス人の両親から生まれ、日本で育った若き研究者だ。
フランス語と日本語はネイティブ、英語、ドイツ語、オランダ語、イタリア語、スペイン語を操るマルチリンガルであると同時に、助教の道足同様物理学の修士を取り、博士課程に進んだところで子供のころから超常現象体験をしてきたことから、道足の霊科学研究の虜になり彼女の門を叩いた。
「道足先生、これは凄い!なんですかこの巨大な結界は?」
「マリー=テレーズ、これを結界と言ったわね。これは結界なの?」
「はい、結界です。先生には見えないかもしれませんが、一番上に、なんだか変な生き物がいます。八つの頭をもった蛇みたいな」
「マリー=テレーズ。私は物理学者よ。あなたもそうでしょう?説明できないときに『先生には見えないかもしれませんけど』っていうのは止めなさい」
「まだ私が結界師として生まれてきたことを認めてくれないんですね?私は生まれて間もなく両親の仕事の都合で東京にやってきて、育ち、そして様々な不思議な体験をしてきたんです!」
「それは何度も聞いたわ。ねえ、マリー=テレーズ」
「先生、ほかの日本人みたいにマリーって呼んでくださって結構です」
「いえ、私はマリー=テレーズと呼ぶわ。私のことをヤスヨではなく、ヤスと呼んでいるようなものでしょう?」
「ええ、それはそうですが。舌、噛みません?」
「噛まないわよ!」
この師弟関係は、この巨大な超常現象を前にしてもこの調子だ。
「結界についてのあなたの物理的見解なんだけど、要するに《念》は何かしらの電磁波だってことだと思うんだけど、結界が電磁波によるもので、特定の存在、例えば霊魂やそういうものの侵入を阻止したり、弾き飛ばすわけよね?そうだとしたら、霊魂の存在もまた電磁波、量子であるということなのかしら」
「もちろん検証は十分できていませんし、まだ仮説にすぎませんが」
「では、こんなにはっきりとした結界が、こんなにも長い時間存在しているってことだから、いい研究のサンプルってことよね」
「その通りです。先生」
「で、持ってきたの? あれ」
「持って来いといったのは先生です」
マリー=テレーズは手で引いてきた黒いスーツケースを指さして、
「先生、使ってみます?」
と、思わせぶりな顔をした。
「これを待っていたのよ。あなた、いつまで経っても作り上げないんですもん。スポンサーにも遅れの原因は何なんだといつも説明させられているから、本当にヤキモキしていたのよ」
「それは申し訳ありませんでした。でも、今日はそれがここにあります」
「早速やってみましょうよ。私のほうで電源車は何とかするわ」
「それは頼もしいです。お願いします」
マリー=テレーズは、スーツケースのカギ用の物理キーを差し込み、トランクケースに入っていた『あの』装置を取り出そうとした。