第42話 道足恭代
道足 恭代は、「闇」を目の前にして興奮を覚えた。
霊科学という分野の学問はいかにも抹香臭く、眉唾だと物理や、化学の専門家から特に蔑まれてきた。
道足も元々霊の存在を否定する物理学者だったが、英国に存在するSPR(心霊現象研究協会)での著名な物理学の研究者の論文に触れるチャンスがあり、自分も検証に ー サイドのテーマ研究として ー 参加してみたいという興味を持ったからだ。
蛇足ながら、SPRには放射線研究でノーベル賞を受賞したマリー・キュリー女史が参加していたとされている。
しかし、物理学で説明のつかない超常現象に関する研究に次第に没頭していった。ミイラ取りがミイラになる典型である。
遂に、道足はそれまで所属していた大学の研究室でのポスドクを辞め ー ただでさえ生活には困窮していたにも関わらず ー 新興の東京科学工科大学の助手として霊科学を本格的に研究し始めた。
東京科学工科大学はFランとのレッテルが貼られているが、実にバラエティに富んだ、そして興味深い研究室が多く存在している。
差別化の一環としての方針だろうが、必ずしも就職の実績は芳しいものではないため、イロモノ扱いされている。
政府からの補助金も乏しい中、よく存続している、と言うのが一般的な見方だが、研究者達は精神的にタフな人材が多くて、スポンサーとしての民間企業を見つけては実業への実利を与える活動を行い研究費を稼いでいるケースが多い。
産学協働の新しいカタチとも言える。
道足も例に漏れず、アニメ業界への考証・監修を中心に研究費を得ていた。額はとてもではないが足りているわけではないが、無いよりマシだ。
研究に没頭できる環境ではないものの、道足の講義《超常現象物理検証学》は出席率が高く人気のある講義の一つになっているのが自慢だ。専門ではなく、《一般教養》としての単位の扱いであることにいつも不満はあるのではあるが。
東京科学工科大学のような変わった方針の大学もなく、いつのまにか道足はその道の第一人者に自然となったわけだ。
様々な取り組みを行ってきた彼女ではあるが、実際にこの「闇」を目の当たりにすると、頭の中が真っ白になり、そしてドーパミンが大量に出て興奮するのだ。
未知のものに強く惹かれるのは研究者としての誇り、とさえ公言している。
道足は、発売されたばかりのデジタルカメラで ー 画素数はわずかに200万画素 ー 《闇》を撮りまくったが、メディアの容量が直ぐに一杯になりそこで撮影は終了になった。
「電磁波を測定しないと」
そう彼女は呟いて、すぐ近くの公衆電話ボックスに向かった。