第39話 八咫烏
「何故こやつがここに来るんじゃ!?」
ロクは漆黒の翼を持ち、天地人を表す三本脚を持った八咫烏を仰ぎ見ながら呟いた。
「本来、こやつは導きの神、太陽の化身じゃ。邪悪な閻魔の手下として働くなどもっての他のはず」
「俺たちは、閻魔に一杯ひっかけられた、って事か!」
と慎一。
「いや、閻魔がそんな回りくどい方法を取るとはどうにも思えん。お前さんと会った頃、『忽那』という手下がいることを話したな?」
「ああ、無茶苦茶強いんだろ?そいつ」
「そうじゃ。この半年くらい、忽那を送り込んでこないのは何故なのか、ずっと考えておった。もしやとは思うが、忽那が出てこれぬ事情があるやもしれん」
「例えば?」
サキが割って入る。
「これはワシの想像じゃが、忽那は必ずしも閻魔と一枚岩ではない。簡単にはいうことを聞かぬ。閻魔の言うことを聞くときは、奴が『そうしたい』と思う時じゃ。基本粗暴で何を考えているかわからん奴じゃでな」
「するとあたしたちを襲ってこないのは、忽那って言う人があたしたちなんて取るに足らないって思っているってことかしら?」
「そうかも知れんし、そうでないかも知れん。もしくは…」
「もしくは?」
二人は声を合わせて言った。
「重篤な命の問題か、定めごとに著しく背いた罰か…」
「いずれにしても、今出てこられても困るし、それはそれで良いんじゃないか」
と慎一。
「ああ、その通りじゃ」
ロクが応える。
「しかしお前さんときたら、弱い物の怪を倒しては自分が強いと慢心しておる。この出来事は、お前さんに対する警告だとワシは思っておるぞ。」
「グッ、」
慎一には返す言葉もない。
その通りだ。そして有紀を危機に陥れてしまったのは事実だ。
「ネコちゃん、忽那ってどんなに強いの?」
サキが訊く。
「ワシも奴の全貌を知っている訳ではおらん。伝え聞いておることが大半を占めるが…」
と、ロクが言いかけるや否や、
「貴様ら、俺様の前で忽那の話をするのは止めろ」
と八咫烏の甲高い声が聞こえた。
「奴の話は、不愉快だ」
「おい、お前。中はどうなっている!?有紀は、有紀は無事なんだろうな?」
慎一は食い入るような眼を八咫烏に差し向けて言った。
「八岐大蛇がお前たち悪人から護っているさ」
「誰が悪人だ!善悪の分別もつかねえクソガラスめ!」
慎一が吠える。
「俺様に向かって『善悪の分別もつかない』などと失礼千万。万死に値するぞ」
ロクが割って入る。
「貴様、本来忌避されるべき物から守るために置かれる大蛇の代わりに八岐大蛇のようなならず者を置くとは嘆かわしい。八咫烏よ、お前は閻魔の手下にいつから成り下がったんじゃ?気高く正義を愛するお主が不思議でならん」
「閻魔とはな…」
八咫烏は首を振りながら答え始めた。