第34話 不完全
慎一は玉藻前に相対するとどこで覚えたのか、跋折羅印、中指、薬指の三指を伸ばし胸の前で交差印を結び、軍荼利明王を召喚した。
「アムリタ・クンダリン!」
しかし、変化は途中で止まった。
「ふははは!なんだその中途半端な変化は!」
慎一は、元紀の体を借りたままだたので、躊躇したのだった。意識の中の元紀は押し黙っている。
「それで終わりのようだね? 出来損ないが!」
そう言うと、玉藻前は変化して九尾の狐になった。
「さあ、死ね!」
九尾の狐は九本の尻尾から光り輝く玉を繰り出した。
「ぅゔっ!」
半分しか変化できなかった慎一は、防御できずまともに攻撃を喰らい、悶絶した。
「ネコちゃん、なんでシン兄はさっきみたいに変身できないの?」
「先程の戦いからチカラが回復していないのじゃろ。それとも」
「それとも?」
「この体の持ち主と折り合いが付いていないのかものう」
ロクが憑依を慎一に進言するのをためらったのは、このことが理由であった。
「じゃあ、どうなっちゃうの?」
「ワシにもわからん」
「さっきの威勢の良さはどこに行ったんだい?口ほどにもないヤツよ。ははははは!」
更に光の玉を打ち込む九尾の狐。
「仲間の分も喰らうが良い!」
「うぁあああーっ!ぐふぅ!」
と言葉にならない声を発すると慎一はその場に倒れこんだ。
九尾の狐は、慎一が動かなくなると、視線をサキに向けた。
「今度はこの嬢ちゃんだね」
恐怖に青ざめるサキ。
距離をジリジリと詰める九尾の狐。
「地獄にお行きっ!」
と短く吠えると、九尾の狐は持っていた巻物を拡げて投げつけた。
巻物はサキの身体に巻きつき、そして締め上げた。
「ああぁーっ、く、苦しいよ、助けてネコちゃん!」
ロクはその声を聞いても微動だにしない。
いや、ロクは九尾の狐に結界をいつの間にか張られて動けなくなっていた。
「た、助けて!」
サキの身体の軋む音が聞こえてくる。
そこに息も絶え絶えな筈の慎一が、
「このキツネ野郎!」
といって手刀で巻物を切り刻んだ。
「シン兄!」
「すまねえ、サキ。さっきも首絞められたばっかりだったよな。一日で二回も締め上げられるなんて。苦しかっただろ?」
「あっ、シン兄、後ろ!」
「何を他所見しているんだい?あんたの相手はこっちだよ!」
あたらな巻物を慎一に巻きつけた。
「ぅあぁあああああーっ!」
この世の、いやあの世の痛みとは思えない強烈な痛みが慎一と元紀を襲った。
「このままじゃ、シン兄が死んじゃう!」
九尾の狐はお構いなしに光の玉を慎一に打ち込んだ。
「ぐぁぁあああああ!」
(サキよ、こちらに来い)
サキの心に中に、結界を張られて動けなくなっているロクの言葉が聞こえてきた。