第31話 憑依
「な、なんだよ、勿体ぶりやがって。早く教えてくれよ」
思わせぶりなロクに、続きを促す慎一。
「お主がこの男に憑依、つまり乗り移ること自体はそれほど難しいことではないのじゃが、憑依した後お主がこの男を御することはかなり難しいぞよ?」
「一体どういうことだ?」
「まあ、やってみるがよい」
ロクは元紀への憑依を勧めた。
「おお、で、どうやってやる?」
慎一はロクの無案内さに内心イライラしながら憑依の方法について尋ねた。
「ヤツの心の蔵をめがけて飛び込むのじゃ。さあ、やって見せよ」
自信満々にロクは言い放つ。
「心臓めがけて飛び込む、か」
眉間にしわを寄せ、半信半疑に独りごちる慎一。
「ええい、ままよ!」
と言って慎一は隊員たちが食べ終わった食器の洗い物を運ぼうとしているを元紀の正面に立ち、左胸の方をめがけて腕を伸ばし、両手のひらをくっつけて水泳の飛び込みよろしく突進し、飛び上がった。
《意識》としての存在の慎一の姿は消えた。
その刹那、
「ガッシャーン!!」
とけたたましく音を立て、食器が床に落ちて四散した。
「おいおいおい、元紀、何やってんだ!」
「だれか箒と塵取りもってこい!」
次々と隊員たちが元紀が落とした食器の後片付けを始めようとすると、元紀の近くにいた放水長の亀石が、
「おい、元紀? 大丈夫か?」
自分のしでかした事を傍観してぼーっとしている元紀を心配しながら叱責を始めた。
「何やってんだ、お前、人にやらせてどういう了見なんだ?早くお前も片付けろ!」
しかし元紀は動かない。
亀石は顔を真っ赤にして、
「この野郎!」
と叫び、元紀の日に焼けた筋肉質の右腕で胸倉を捻り上げた。
しかし、身長180㎝を超える元紀と、五分刈りのゴマ塩頭である160㎝台の亀石のこの姿は少々ミスマッチである。
この時、元紀の中では、亀石やほかの隊員が考えもつかない事態が起こっていたのである。