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生まれ変わり --Renato リナート--  作者: Tohna
第1章 Push to the top(トップまで登り詰めろ!)
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第3話 風戸 敬子

 風戸敬子は交通機動隊だった夫、慎三が事故で亡くなり、高校を卒業した一人息子の慎一が東京の町工場に就職した後も宇都宮近くの上河内に一人で住んでいる。


 慎一は敬子の遺伝子を色濃く継いだのか、背が高い美形の青年だ。


 敬子はショートカットの美しい髪のまだまだ元気な四十代だ。


近くには妹夫婦も住んでいるため別段不便はないが、十八年間三人で暮らした一軒家に自分独り取り残されてしまった事で気分が塞ぎがちになっていた。


 息子の慎一が慎三の影響でバイクに乗りたがっているのは知っていた。否、むしろ、慎一がバイクの免許を取ることを求めれば容認するつもりでいた。


 慎三はよく幼い慎一を愛車Ninjaのリヤシートに股がられて走った。


 黄金色の田園の中を、長く続くニッコウキスゲの街道を、つづら折りの坂道を。暑い時も寒い時も慎一を乗せて走った。


 慎一は、父が強くブレーキをかけるのが好きだった。父の背中にギュッとできるから。


 父と一体になってカーブを曲がってゆくスリルと、安心感もとても好きだった。


 慎一は、


「早くお父さんみたいな白バイ警官になりたい! お父さんに訓練してもらうんだ!」

 と言っていた。


 しかし、慎一の淡い父への憧れは突然終わりを告げる。


 国道四号線を警ら中、暴走する車の制止のために追跡を始めた慎三のCB750の白バイ仕様車に、暴走車は卑怯にも突然慎三のバイクに向かってハンドルを切りながら急ブレーキをかけた。


 慎三は機動隊の技能研修を受け持つ大ベテランであった。訳なくその急襲をかわした。


 ところが明らかな殺意を持った暴走車に後ろから追突され、慎三は、帰らぬ人となった。


 あれほど技術があり、慎重な性格だった慎三を失い、敬子はバイクに対する考え方を改めざるを得なかった。


 夫ばかりか最愛の息子まで事故で失う事が怖かったからだ。


どんなに技術があっても、死ぬときは死んでしまうんだ。そう思うといつか慎一がバイクの免許の取得を願い出たらどんな事をしても止めるつもりだった。


 慎一は結局高校在学中はその事に触れなかった。敬子はきっと慎一が父親が殉職した事を重く受け止めているのだと、そう思っていた。


 蓄えは多くはなかったが、敬子はエンジニアになるのが夢だと高校の工業科へ進んだ慎一に、十分な教育を与えようと思っていた。


 しかし、負担を掛けたくない、と慎一は進学を諦めらようなことを言う。


「お金のことなら心配しなくていいのよ。」

 敬子は言ったが、慎一は頑なに固辞したのだった。


 家族会議として何度か話し合いを持った。敬子の妹聖子にも説得に加わってもらったが、慎一は進学を拒んだ。


 やる事もなく、慎一はバレー部の後輩の練習に付き合う毎日を過ごした。


 バレーをやっている時は熱中できたが、練習が終わると空虚な気持ちになった。


 自分で決めたことだ。

 自分が決めたことだけど。


 慎一は、ある日、「就職が決まった。目黒の町工場。家を出て行く」

 と、敬子に告げた。


 どんな会社なの? 住むところは? と矢継ぎ早に聞くが、どうにも要領を得ない。


 じっと敬子の目を見返して、慎一は言った。


「いままで育ててくれて本当にありがとう。もう、お袋は楽になって良いんだ。俺は俺の道を行くよ」

 敬子は初めて慎一の覚悟を聞いた。


 小さいころ、いつも敬子の後ろに隠れて泣いていた慎一。慎三の死が、ひょっとすると慎一を大きくさせたのかもしれない。


 敬子も覚悟を決めて言った。


「人様に迷惑を掛けなければ、母さんは良いわよ。でも忘れないで。いっでもここがお前が帰って来て良い場所なんだよ。無理だけはしないでちょうだい」

 慎一は小さく頷いた。


「ああ。心配はかけない」

 心配しない親なんていない、と、言いかけたが、敬子は思いとどまった。


 慎一の決意を茶化したくなかったから。


 やがて慎一は高校を卒業した。高校の中庭にある、櫻の蕾が膨らんで来た頃、慎一は上河内の町から出て行った。 

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