第27話 川上 元紀
「だからお前はダメなんだ!」
数学教師、戸部寿一は例題を板書していた川上 元紀に向かって罵声を浴びせかけていた。
定積分で楕円の面積を求める問題であったが、元紀には解くことが出来なかった。
「モトキ、そんなに落ち込むなよ。」
授業が終わるや否や、声を掛けたのは同級生のユウジだった。
「戸部の奴、いつもモトキのこと目の敵にしてんな。なんでなんだ?」
「一年の時に、他の教科全部5取ったんだけど、数1だけ2取っちゃってさ。それからずっと目をつけられてんの。オレ。」
「戸部にしてみりゃ恥をかかされた、って事か?随分とケツの穴の小さな話だな、そりゃ。」
「ああ。」
「しかしなんでまた数学だけなんだ?」
「オレ、入試で数学失敗してさ。トラウマになってんだよ。勉強してなかった確率とか出てきて、アタマん中真っ白。」
「それで未だに数学だけ苦手、って事か。でも選択で数学取らなくても良かったんじゃないの?」
「まあ、一応理数系の大学狙ってるし、こう見えて。」
「シャレじゃないだろうな?数学苦手で理数とか」
「うるせえな。」
川上 元紀=モトキは、2年前までは、都内に住む普通のサラリーマン家庭に育ち、普通の高校生活を送っていた。悩みは数学。他の教科は出来が良く、それ故に戸部には快く思われていなかったのだ。
部活では陸上部で長距離の選手として都大会でも上位入賞の成績を収めていた。
自分は父親のように普通に大学に行き、普通に就職するのだと思っていた。
そんなモトキの人生を変える出来事が起きたのは、ユウジと一緒に帰る道すがら、ある出来事に出くわしたからであった。
高校を出て直ぐに氷川神社と呼ばれる神社がある。境内は広く、子供の遊び場にもなっていた。
氷川神社の階段を表通りから入って降りて行くのがモトキの通学路になっていた。
ユウジは軽口を叩きながら階段を降りて行く。
すると階下にはいつのまにか一見して不良高校生とわかる数名が現れていた。
「ユウジ、こいつらに見覚えは?」
「うーんと。あるね。真ん中の奴、先週オレが締め上げた奴」
「巻き込まれるのはゴメンだぜってそういうわけにもいかないよな」
「何グチャグチャ話してんだオラァ!川崎ユウジ!」
「何カッコつけてんだコラァ!この前の落とし前キッチリつけてやる!かかって来いや!」
息巻いている不良たち。
ユウジは、
「モトキ、お前は関わるな。階段登って逃げてくれ。内申に響くぞ」
「そんな事言うな。オレはお前の友達だろ?」
「いいから行け!オレ一人で楽勝だ!」
ユウジは5人の相手に階段をジャンプして襲いかかっていった。