第18話 砂と風
「なぜワシがガシャ髑髏の奴らの身の上話を聞いてやれ、と言ったか分かったじゃろ。奴らは、野垂れ死に放置されて弔ってもらえなかった恨みの集まりなんじゃ。」
ロクは理由を滔々と述べている。
「元々は主君に忠実な侍であり、農民であり町人だった善良な民ばかりじゃ」
「話してみて、俺もそう思ったぜ」
「注目もされず、打ち棄てられ惨めな気持ちさえ収めてやれば、と思ったんじゃが、うまく行ったのぅ」
「上手くいったってお前、」
「終わりよければ全て良しじゃ」
慎一はあまりに楽天的なロクに呆れて、
「確信もなくそういうこと言うなよ!」
と怒鳴った。
「まあ細かいこと言うな。お主は男らしくないのう。」
「自分を正当化するな! このクソ猫が!」
「何をこのあれしきの事で死んでしまうヌケサクが!」
二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
ガシャ髑髏たちは、呆気にとられて見守るしか無かったが、長篠と名乗ったガシャ髑髏が、カタカタと顎を鳴らして笑い出した。
釣られて他の髑髏も笑い出す。
「何百年ぶりに笑ったかのう?」
「わしらは天保の飢饉で死んでから笑ったことなんてねえべ!」
「わしらは戊辰戦争じゃ」
「ワシらは壇ノ浦の戦いで…」
「古いな⁉︎ わははは!」
一同は最古参の髑髏の死に場所が壇ノ浦と聞いて大笑いした。
笑っている髑髏たちを見て、慎一とロクは我に返りそれを微笑ましく眺めていた。
「あやつら、お主に出会えて良かったのう。」
「そうなのかな?」
「そうじゃろう、みんな目玉がないので表情が分からんが、何となく満足げじゃ」
「そんな感じに見えるな」
「あいつら、消えるぞ」
「え?なんだって?」
「満足して成仏するんじゃ」
ロクがそう言うや否や、長篠の身体が、砂のようになって崩れて行き、やがて風が吹き、すべて綺麗に飛ばされていった。
長篠は飛ばされながらも、
「ありがたし。わしら、ようやく閻魔の束縛から逃れ成仏できる。 お前ら必ず逃げ切れよ。ワシらよりも強い追っ手がやってくる」
他の髑髏も次々と崩れて、そして流されていった。
黒い貫頭衣が残されたが、これも次々と粉々になり、渦を巻いて天に昇って行った。
「儚いものよのう。しかし、これで良かったんじゃ」
「何を感傷的になってるんだよ。まだこれからじゃねえか」
「フンッ、言われんでも分かっとるわい!」
(次からは、こんな簡単には行きそうもねえな。どんな追っ手がやってくるか)
慎一は呟いた。
ロクもそんな慎一を目を細めて見つめていた。
「そういえばじゃ」
「ん、なんだ?ロク」
「お主に良く似た男が、白くてやかましい音を出す牛なしの牛車で、おまえを運んでおったぞ。ありゃお主の兄弟かなにかか?」
「え?いや、俺には兄弟は居ない。そんなに…似ていたのか?」
「ああ、他人の空似とはこの事じゃな」
慎一は、急に自分に似たその男、川上元紀に会いたくなった。
何故そう思ったのか、慎一自身にも分からなかったのだが。