第17話 身の上話
「く、臭せえ!」
ガシャ髑髏は野垂れ死んだ死者が埋葬されずに集まった巨大な骸骨の妖怪である。それが、今は10体ほどが集まり、慎一とロクを取り囲んでいる。
ガシャ髑髏たちは、死者独特の饐えた臭いを放っている。骸骨の集合体なので、集まり具合によって巨大から腸巨大までサイズはまちまちである。
最初に慎一を襲ったのは最小のガシャ髑髏だ。彼らは一様に黒い貫頭衣のような衣服を纏って武器は様々。鎖、鎖鎌、日本刀。普通に考えれば絶体絶命だ。
「ロク、何か策は?」
「こやつらの弱点はな」
ロクは慎一に耳打ちをした。
「え、なんだって?」
信じられないことをロクは言っている。
(身の上話を聞いてやれ)
「そんなこと、信じられるわけねえだろうが!」
「まあだまされたと思ってやってみろ」
慎一は頭の中で、
(くそう、適当な事言いやがって)
と思いながら、
「おい! お前ら! 何でオレを狩ろうとする!? 閻魔大王に命令されたからか!?」
しゃがれた声で、もっとも巨大な・・5mはあろうか、ガシャ髑髏が言った。
「そうだ。若者よ。われわれは、野垂れ死に弔われる事も無く放置された骸だ。地獄の世界では最下層の妖怪さ。閻魔大王の命令は絶対だ。従うしかない。」
「お前の名は、なんという?」
「われわれ、といっただろう。たくさんの骸が集まって一体の髑髏をなしている。だから名前など無い。 しかしあえて言うならば長篠と名乗っておこう。」
「長篠? 長篠の戦いの長篠のことか?」
「左様だ。われわれの体は最後の戦い、設楽原で矢尽き、刀折れ、織田と徳川に討ち取られた武田の武将たちの骸でできている」
「武田勝頼の側近が無理ゲーみたいな戦に駆り立てた、って聞いたけど、そうなのか?」
「無理ゲー?なんだ、それは」
「ああ、すまん、無理な戦って意味だよ」
「そうだ。徳川の斥候にわれわれの動きは既につかまれていたのだ。内通者がいたのは間違いない」
「それはお前ら、気の毒だな」
「お主、分かってくれるのか? われわれのこの口惜しい思いを。われわれは犬死じゃ。」
「オレはそうは思わないぞ。お前らはベストを尽くしたじゃんか。オレにも多勢に無勢で苦しかったレースがいくつもあったよ」
「レース、とな。なんだ、それは?」
「ああ、競争だ。馬みたいな機械に乗って速さを競うんだ」
「馬か? お前は武田の騎馬隊を知っておるか?」
「ああ、強かったんだろう? 天下無敵だって聞いたぜ?」
「そうだ。武田の騎馬隊は天下無敵だった。お前は馬から落ちて死んだのか?」
「まあな。こいつが、このロクが道の真ん中でうずくまってたのさ。 オレは避けようとして、鉄の馬から落とされた。それでこのざまさ」
「ロク、お前、閻魔様を裏切るような事をしてただでは済まぬぞ。われわれとて本来なら見逃すわけにいかない。」
ロクは身構えた。
「しかしだ、こいつは馬に乗るという。馬に乗るやつに悪いやつはおらぬ。この長篠に免じてここは逃げるが良い」
「お前らも捕り逃したとなればただでは済まぬのではないか?」
ロクがそういうと長篠は、
「われわれは閻魔様に拷問にかけられても、バラバラになるだけだ。いつか極楽にいけるだろうと何百年とこの姿で居るが、一向にその気配も無い」
と悲しそうな顔をした。
周りのガシャ髑髏も、同調した。
「閻魔様は、われわれの事は使い捨てじゃ」
「いくらでも補充が効くと思っておるんじゃ!」
「最下層だと思って、馬鹿にして居るに違いない!」
慎一はあの世も本当に世知辛いものだ、というロクの言葉を思い出していた。