第14話 邂逅
松庵労災病院のICU(集中治療室)の外の廊下では、救急隊長の山崎が当直医と何か話している。
救急機関員である川上元紀は、ハイメディックの運転席で本庁との無線のやり取りを行っている。
助手席では救命救急士の沢田は報告書を作成し始めていた。
モトキたち高円寺チームは、今回、要介護者の命は残念ながら救えなかった。
「最悪の状況で最高の仕事」
沢田が自分に課したスタンダードだが、今回はそれを遂行することが出来なかった。
沢田は眉間のしわをさすりながら反芻する。
「俺に手落ちはなかったか。野次馬が多すぎたのは影響なかっただろうか。雪の影響は。搬送先が決まるまでの時間は、標準よりもかなりかかってしまった・・・」
搬送者の命が救えなかった事実の前では、すべては慰めである。
山崎が当直医とのやり取りを終えて戻ってきた。沢田は、
「隊長、後ろに回りますね」と言って、助手席のドアを開けてハイメディックから降りた。
「しかし沢田、今回の要救護者の顔なんだが、モトキに似ていたよな」
「ええ。正直目を疑いました」
隣で聞いていた川上元紀も、
「自分でも不思議な感覚に囚われましたよ。あれ、なんで俺が?みたいな感じで」
山崎は、
「しかし携帯していた財布の中に入っていた免許証を見て二度びっくりだ。だって、彼は91年のGP250のチャンピオンだったんだ」
沢田も川上も顔を見合わせた。
「た、確かにオレに似た人がいるって、榊原さんに聞いたことがあります」
榊原とは、川上の一つ年上の先輩の機関員、榊原俊広のことだ。
榊原はモータースポーツが好きで、特に今ではWGPで活躍するかつての風戸慎一のライバル、岡谷のファンだった。
「榊原さん、岡谷って人のファンなんで、僕に冷たいんですよ」
「風戸っていうのはな、」
と山崎。
「岡谷なんかより、全然速くて、手が付けられなかったんだ。GP500で世界でチャンピオンを取る日本人がいるとしたら、間違いなく風戸だったんだよ」
「そうなんですか。でも、なんでこんなことに?」
「そんなの知るか!」
沢田が怒鳴った。納得できていない様子である。
「切り替えようぜ、沢田」
「ええ、隊長。それはわかっているんです」
「とにかく隊に帰ろう。俺たちは次もある」
「わかりました」
と川上。
そこに、一台のタクシーが夜間通用口の脇に滑り込んできた。ハイメディックのすぐ後ろにだ。
「関係者ですかね?」と沢田。
「たぶんそうだろうな。女性だな」
山崎がタクシー運転手に支払いをしている白石有紀の姿を認めてそう言った。
「お姉さんかな?誰だろう」
有紀が当直の職員に何やら質問をしているのを見ながら、山崎が,搬送状況をお伝えしないとな、と言った。
三人はハイメディックを降り、有紀に近づいた。
川上が有紀の後ろから声をかけた。
「あ、あの、救急隊のものです。」
と声をかけた刹那、有紀は川上に向かって振り返り、その場で硬直した。
「し、慎、ちゃん・・・? 大丈夫なの?けがは?本当に心配したんだから!!!!!」
気圧された川上がかろうじて、
「い、いえ、わたくしは、東京消防庁杉並消防署高円寺出張所の川上、と申します」
有紀はその場で崩れた。
「慎ちゃん、じゃないの? 慎ちゃんは、いえ、風戸はどこに?」