第12話 鍋島の化け猫
「ふう、さっきは危なかったわい」
肋の浮き上がった老猫が呟いた。
慎一が避けようとして命を落とす原因となったネコ、正しくは化け猫である。
肥前国佐賀藩は二代目藩主、鍋島光茂の臣下であった又三郎が光茂に惨殺された。
その母が息子が死んだ悲しみで後追い自殺でこの世を去ったあと、飼っていた猫が呪い化けて鍋島家を恐怖のどん底に陥れた化け猫である。
世に伝わる化け猫伝説では光茂の臣下半左衛門によって退治されたことになっているが、実は三百六十年も長く生きながらえていたのだ。
「あの若者には申し訳ないことをしたのぉ。先ほど奴の霊魂の鼓動を感じた。まずいことになったな」
化け猫は名をロクと言った。
地獄に通じており、死んだばかりの、いわば剥き出しの霊魂を巡って、地獄へ引きずり込もうとする力が働くらしい。ロクはそのことを心配しているのだ。
「ワシが奴を殺めたようなものじゃ。何とか救ってやる方法はないか」
ロクは思案した。思案したがこれといった名案が浮かぶわけでもなく事故の現場をうろうろするばかりである。
その頃、地獄でも慎一の霊魂が体から離れたことを察知し、慎一の霊魂を捕獲すべく使者が送り込まれようとしていた。
ロクの髭が動いた。
使者の動きをロクも察知したのだ。
「流石に閻魔のやることは早いのぉ。 問題は奴めが誰を差し向けたかじゃ。 もしあいつが来ると、ちと厄介じゃなぁ」
ロクと地獄の番人である閻魔は、いわば共生関係でもある。
半兵衛に退治されたのち、ロクは閻魔の手先になって死んだばかりの霊魂を地獄からの使徒に引き渡す役割を担っていたのだ。
しかし今回は事情が違う。
「ワシが死ななくてもよい若者を殺してしまった。 何とか隠してやらねばならん」
飼い主のために化け猫になったロクだ。
閻魔に心を売っても、良心のかけらは残っていた。
「まずは奴に会わねばならんな。どこへ行ったんじゃ?」
ロクは、慎一に会うために、事故現場を離れることにした。
あのやかましい音を鳴らす、白い車のにおいを辿って行けば・・・
ロクは、五日市街道を西の方へヨロヨロと歩き始めた。
雪はすっかり止んで、星が雲間から覗いていた。
まだ二月。シリウスの青白い光が煌煌と天空に瞬いている。