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第四話 勇者と王女とメイド

「おはようございます。ユウリ様。朝のご挨拶に参りました」


「……っ!」


 悠莉は、唐突に聞こえた声に驚いて目を覚まして、体を跳ね起こした。悠莉が寝ていたのは、当然ながら昨日案内された部屋のベッドの上だ。

 そして、ベッドの傍に、悠莉に声をかけた張本人が立っていた。


「申し訳ありません。驚かせてしまったようですね。先ほど申しました通り、朝のご挨拶に参りました。メイドのローサと申します」


「あぁ、おはよう、でいいのか?」


 無表情な女性だ。悠莉が挨拶をしても、ニコリとすら笑わずに、鉄面皮を貫いている。真っ白な髪と、色素の薄い瞳、端正な顔はまるで作り物のようで、人形が言葉を発していると感じられるほどだ。


「はい。朝食をご用意させていただいております。こちらへお運びさせていただいてもよろしいでしょうか」


「えっと、そうだな。頼むよ」


「それと、お着替えもご用意させていただいたのですが、お召し替え致しますか?」


「じゃあ、それも頼む」


「わかりました、失礼致します」


 一つずつ確認を終えると、ローサは部屋の外へと出て行く。結局、一度たりとも表情を変えなかったのが悠莉には少し不気味だったが、言っていることはどれも必要なことだ。朝食は言わずもがなであるし、服も、こちらにやって来た時と全く同じなので、あまり清潔とは言えないため、着替えも必須である。

 それに……


「この恰好じゃ目立ちそうだしな……」


「何かおっしゃいましたか?」


「うわ!」


 悠莉が独り言を呟いたら、それに返事をする声が悠莉に届いて、飛び上がって振り返る。そこには、悠莉の着替えと思われる服を持ったローサが立っていた。

 悠莉は、変な奴が入ってきたのではなくて安心すると共に、何も言わずに入って来たローサにジト目を送る。


「入ってきていたんなら、一言ぐらい言ってくれよ。びっくりするから」


「申し訳ございません。以降気を付けます。お召し物をお持ちしました」


 悠莉の一言に、全く申し訳なく思っているように思えない表情で謝罪をしながら、悠莉に服を手渡してくる。さっそく着替えようと、悠莉は着ていた洋服に手をかけて、その手が止まった。


「……出て行ってもらわないと着替えづらいんだけど」


「お気になさらず。私は男性の裸体も見慣れているので問題ありません」


「そういう意味じゃなくて! 俺が気にするの。お願いだから出て行ってくれ」


「かしこまりました」


 悠莉の裸を見たいのかは分からないが、悠莉が着替えようとしても居座ろうとするローサを部屋から追い出して、悠莉は渡された服に着替える。


 用意されていた服に着替えた悠莉は、部屋に用意されていた姿見で自分の姿を確認する。上着は、黒地の布に、赤と金の刺繍糸で悪趣味にならない程度に装飾されていて、ズボンも、上着とは対照的に、白地の布に同じような刺繍がなされていた。黒髪黒目の典型的な日本人である悠莉に似合っているかはさておき、かっこいい恰好なのは間違いは無い。

 悠莉は、これまで着たことのない服に少しテンションが上がって、姿見の前でポーズを決めた。

 そして一言。


「俺の魅力で、虜にしてやるよ」


「キャアステキ」


「!?」


 誰もいないはずの部屋に棒読みの声が聞こえてきて、悠莉は思わず後ろを振り返る。既視感を感じさせる状況に嫌な感じを覚えながら悠莉が振り返ると、今度は、朝食を持って、ローサが立っていた。

 悠莉は、恥ずかしさから顔が赤くなるのを自覚しながら、聞いた。


「いつから見てた?」


「逞しいお身体を晒されたところから、先ほど独り言をされたところまで、全て見ておりました。よく鍛えていらっしゃるのですね」


「ああ、ありがとう……ってそうじゃなくてだな。だから一言言ってから入ってくれって言っただろう。なんで何も言わずに入って来るんだ」


「申し訳ありません。何故か、ユウリ様に悪戯をしたくなってたまらなくなってしまうのです。お許しください」


「それはしょうがな……くないな。なんで悪戯したくなるんだよ。その気持ちは少し抑えてくれ」


 自分の気持ちに正直な悪戯メイドに、悠莉にはもはや言うべき言葉も無かった。なので、心を守るために話題を転換させることを選ぶ。


「ところで、それは俺の朝食か?」


「はい。心配しないでください。寝起きでお腹が減った人間のところに他人の朝食を持ってくるほど、ひどい悪戯をする気はありませんので」


「そういう心配をしてたわけじゃないけど、まぁ、俺のならいいか。そこに置いておいてくれ」


「分かりました」


 悠莉の言葉に従って、ローサが部屋にあったテーブルの上に料理を置く。この城に勤めている料理人の腕の良さが分かる、彩り鮮やかで美味しそうな朝食だ。しかし、それらの中には決定的なものが足りなかった。食事をする上で、最も大切なものだ。


「なぁ、食器が足りなくないか?」


「食器ですか? お皿でしたら、料理を並べる上で十分な数があると思いますが」


「違うだろ! スプーンとかフォークが無いでしょうが! 確信犯だろ、あんた」


「申し訳ございません。今すぐ持って参ります」


 食器を取りに、ローサが再び部屋から出る。ローサは、ひどい悪戯はしないと言ったが、美味しい料理を前にしながら食べられないというのも、十分に酷い悪戯である。悠莉の心は既に割れる寸前だ。


 悠莉が、美味しい食事を前に耐えていると、ノックの音も声も聞こえていないのに部屋の扉が開いた。三度、断りも入れずに部屋に入って来たわけだ。勿論、同じことをやられている悠莉だって馬鹿ではない。今度こそ分かるようにと扉が開く音に注意していたので、入って来たのにも反応することが出来た。


「だからな、何も言わずに入って来るなと何度言えば……」


 しかし、入って来たのは人形のような顔をした悪戯好きなメイドではなく、金色の髪をたなびかせた上品な女性だった。


「そんなこと言われましても、わたくしが部屋に入ったのは初めてですわ」


「あ、ああ、そうだな。じゃあ、常識を知らないわけでも無いだろうに、なんで何も言わずに入ってきたんだ、リーナ」


 そこにいたのは、食器を持ったリーナだった。渾身の悪戯が失敗したのが不思議だったのか、首を傾げている。悠莉としては、むしろそんなリーナに首を傾げたい気分だった。


「なんでって、ユウリ様が、入る時は何も言わなくていいとおっしゃったのではありませんの? ローサがそう言っていましたわ」


「いや、俺はむしろ一言言ってから入れと言ったはずなんだけど、あのメイド、何吹き込んだんだよ」


 悠莉の想像以上に、ローサの悪戯は執拗だったようだ。まず、二度同じことをやって、三度目は無いと思わせつつやることで驚かせる。更に、それをリーナにやらせることで、自分はやっていないと言う言い訳をするつもりだったのだろう。


「あ、そうですわ。ローサからこれを渡すように言われていたのですわ。わたくしがユウリ様のお部屋に行くと知ったら、都合がいいと言って」


「ありがとう。しかし、あのメイド、自分の主まで使うのか。容赦ないな」


「お父様が、いつもメイド達に、使えるものは王族でも使えとおっしゃっていられるので、それが原因だと思われますわ。そのくらいしないと、この時代は生きていけないとお父様はいつも言っていますもの」


「それが原因か……」


 ローサがこの方法を考えたのは、メイドではなくリーナという王族を使えるからだと、悠莉は悟った。王族相手には怒ることも出来ないだろうと見越した行動だったのだろう。事実、その考えは正しく、悠莉はリーナに怒ることは出来ていない。

 そんな策略に負けている気がして、悠莉はその話題をやめる。まさに策略を考えた者の狙い通りの動きだ。


「それで、リーナは朝食は済んだのか? ここには一人分の朝食しかないぞ?」


「それなら問題ありませんわ。もう食べてあります。ここへ来たのは、お父様から、ユウリ様に城内を案内するように言われたからですわ」


「それはありがたいな。まぁ、そんなに長居をするつもりは無いんだけどさ」


「? なんでですの?」


「ま、俺にも色々あるんだよ」


 悠莉には、詩奈の命という、一年のタイムリミットがある。それも確実ではない以上、出来る限り急ぐ必要があった。悠莉は、心情としては、今すぐにでも魔王のいるところに向けて出発したいほどなのだ。それでも、準備不足で途中で足止めされないようにも、ここで準備を整えていこうとしている。


 リーナは、悠莉が言った言葉の意味が分かっていないのか、少し困惑気味だ。しかし、悠莉にはその困惑を解く気は無かった。知らなくていいこともあるのだから。


「じゃあ、俺も腹が減ってるから容赦なく目の前で食べるが、良いか?」


「大丈夫ですわよ。人の食べ物を横からいただくほど、品のない教育は受けておりませんわ」


「それもそうか。じゃあ、いただきます」


 様々なことを内に秘めたままにして、悠莉はリーナの心配を取り除くように、食事へと興味を向ける。一口一口と悠莉は食べていくのだが、対面に座ったリーナが、何をするでもなくただただ悠莉を眺めていた。


「そんなにじっと見られてると、食べづらいんだけど」


「そんなこと言われましても、わたくし、何かすることもありませんもの。見るしかありませんわ」


「そりゃあ、そうかもしれないけどな。こう、なんだろうな、見られてるともやもやする」


「それでしたら、何か話でもしましょうか」


 少し考えてから、リーナはそんなことを提案した。それなら食べづらさも薄れるかもしれないと、悠莉は頷いて先を促した。リーナが、語り始める。


「期待してくださってもよろしくってよ。わたくし、どんな人にも一度は言う、鉄板の話がありますの。わたくしがまだ幼くて、まだ魔物も今ほど活発に活動していなかった頃の話なんですけれど、その頃、お父様は、今ほど凛々しくしていなかったんですわ」


「へぇ、どんなだったんだ?」


 エルバートの姿と言われて思い浮かぶのは、昨日の食事の時のような、一国を背負う偉大な人物という姿だ。その姿が一番印象に残っている悠莉は、そうでは無かったというエルバートに興味が出て、期待して聞く。


「あの頃のお父様は、それはそれはもう、親バカだったんですの。毎日のように、わたくしやお兄様やお姉様が、勉強やお作法の稽古をしているところにやってきては、心配したり、可愛がったりと、とても大忙しだったんですわよ」


「それは……ちょっと、今の国王からは想像できないな」


 今のリーナを少し小さくして、その勉強しているところを、遠目に見たり、周りをうろうろしたりしているエルバートの姿、想像すればするほど、微笑ましい光景である。平和そのもの、といった感じだ。


「ある日、その日もわたくしはいつもと同じように、勉強したりしていたんですけれど、その日に限ってお父様が来なかったんですわ。いつもいると鬱陶しいのに、いなければいないで気になって、周囲を見回してみたのです。すると、扉の影からこっそりとこっちを覗いているんですわ」


 外から片目だけで部屋の中を少し寂し気に覗いている、壮年のダンディーなおじさん。きっと、観察対象が笑ったり泣いたりするたびに、同じように顔が蠢くのだろう。それを見つけた時のリーナの心境は、どうだったのだろうか。


「それで、どうしたのか聞いてみたんですけれど、どうやらお母様に言われたことが原因だったらしいんですの。曰く、遠くから見守るのが、本当の愛だと。わたくしが、お母様に騙されたのではありませんの、と言ったら、次の日からまた同じように付きまとい始めましたわ」


「そ、そうか」


 なんだか、どこにでもありそうな、ありふれたエピソードだ。平和な時の、温かい家族の一幕。悠莉も、小さい頃に、父に毎日毎日頭を撫でられていたことを思い出した。そして言うのだ、大切な人を守れる、強い人間になれ、と。


「あの頃のお父様は、間抜けなところもたくさんありました。でも、とても優しいお父様でしたわ」


 いつしか、二人の間にはしんみりとした雰囲気が流れてしまっていた。平和だった時、小さい時、そんな違いはあれど、もうやってこない日々に思いを馳せていた。

 ぽつり、と悠莉は呟く。


「じゃあ、早く魔物との戦いを終わらせないとな」


「あ……。その、わたくし、ユウリ様を急かしたわけではありませんの! わたくし、ただ何か話そうと思いましたから……!」


 リーナが、自分の話したことが悠莉を急かしてしまったと思ったのか、弁明するように手をあわあわと揺らす。悠莉も、リーナが魔王討伐を急かそうと思って言ったのではないことは分かっている。安心させるように、悠莉はリーナに頷きかけた。


「分かってるって。結果的にそうなったとしても、リーナがそういう気で言ったんじゃないのは分かってるよ」


「それなら、良かったですわ。急ごうとして、それでお怪我をされてしまっても困りますもの」


 リーナは、悠莉が急ぐ気が無いと思ったからか、ほっと安心したように言う。正確には、急ぐ気持ちが無いと言っているわけではないのだが、悠莉にその誤解を解く気は無かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 食事を終えても、しんみりとした雰囲気は晴れなかった。仕方が無いので、少し大き目に声を出して、そんな空気を吹き飛ばす。


「さて! リーナは俺に城を案内してくれるんだろ? 食べ終わったし、行こう。こっちに来てすぐだから、色々とやりたいこともあるし」


「そうですわね。では、給仕を呼んで片付けさせますわ」


 リーナは、言うと懐から鈴のようなものを取り出した。それを、音を鳴らすときのように、左右に振る。しかし、予想に反して、その鈴から音は出なかった。疑問に思った悠莉はすぐさま尋ねる。


「それは何? 鈴のように見えるのに、なんで振っても音が鳴らないんだ?」


「ああ、これですの? これは、見た目通り、呼び鈴です。ただ、魔道具で、給仕たちが控えている部屋に、直接知らせることが出来る、優れものなのですわ」


 リーナが、すごいでしょう、と言わんばかりに、その鈴を見せつけてくる。より便利なものに溢れていた日本に住んでいた悠莉としては、そこまで驚くべきものではなかったが、確かに、中世ぐらいと思われる世界ではとても便利なものである。

 それはそれとして、悠莉が反応したのは別な部分だ。


「魔道具?」


「魔道具も分からないのでしたわね。魔道具は、器に魔力を注いで、特別な力を持たせたものですわ。この呼び鈴のように、日常で使えるものがあれば、戦いの中で、とても強い魔法を使うことが出来るような大掛かりなものまで、様々なものがあるんですの。どれも、魔力を使わずに魔法のような効果を発揮するから、とても重宝されてますわ」


「そりゃあ、確かに便利だな」


「その通りなのですが、その分、手入れが大変だったり、修理をするのも専門の技師がいないといけないのです。リーナ様は、簡単に使える便利な道具であるかのように仰られていますが、実際に使うのはとても大変なことなのですよ」


「へぇ、そうなのか。そりゃあ、便利なだけなんていう、都合のいい話があるわけ……ってまたか!」


 同じような状況にまたかと思って悠莉が振り返ると、案の定三度目のローサだった。三度も同じことをやったローサは、やはり、その鉄面皮を外さず、平然としている。一度、二度ならまだしも、三度目だ、馬鹿にしているとしか思えない。


「お呼びになられましたので、入っても問題ないだろうと判断いたしました。食器を片付けさせていただいてもよろしいでしょうか」


「それはいいけどさぁ。なんで何も言わずに入って来るんだよ。常識的に考えれば分かるだろ、無言で入るのはおかしいって。いい加減にしてくれ」


「かしこまりました。片付けさせていただきます」


「都合のいい部分だけ聞くんじゃない」


 片付け始めたローサはすまし顔で、それがなおさら悠莉には憎らしく思えた。このメイドをどうにか止めることが出来ないだろうかと考えている悠莉に、くすっという笑い声が聞こえた。そちらでは、リーナが嬉しそうに笑っていた。


「申し訳ありませんわ。おかしくて笑っているのではないんですの。ただ、楽しそうになさっているのが、嬉しくって」


「なんで、こんなに怒っている俺を見て、楽しそうに見えるんだ?」


「だって、少なくとも、嫌では無いのですわよね」


 言われて、悠莉は言い返そうとしたが、何故か言い返すことが出来なかった。どうしてか、嫌だと返すことが出来なかったのだ。それはきっと、詩奈との接し方が関係しているのだろう。ローサの悪戯と、詩奈のわがままは、やっていること、表情は違えど、似たように悠莉に迷惑を与えてくる。

 嫌だと言いながらも、悠莉は詩奈のそれが嫌いではなかった。ローサの悪戯も、似たように感じているのだろう。


「だけどな、ローサ。嫌ではなくとも、ダメなことであるのは変わらないんだぞ……ってもういなかった」


「さきほど、部屋から出て行きましたわよ」


「とうとう、出るときも何も言わなくなったか。あいつは何がしたいんだ」


 悠莉が、怒っているのを見れば見るほど、リーナがくすくすとおかしそうに笑う。悠莉は、それがなんだか気恥ずかしくなって、誤魔化すように早口で言った。


「それより、早く行こうぜ。あんなどうしようもないメイドに構ってる時間が勿体ない」


 リーナは、悠莉が恥ずかしがっているのが分かるのか、少し首を傾げながら、微笑んで


「ふふっ。そうですわね。お早くご案内いたしますわ」


 と言った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「それで、最初はどこに行くんだ?」


 部屋を出てすぐ、散々に笑われて不機嫌な悠莉は、それを隠しもせずに少しむくれたまま尋ねた。それを見たリーナは、苦笑をする。


「そんなに怒らないでほしいですわ。わたくしだって、おかしくって笑っていたんじゃありませんもの。許して下さいませ」


「怒ってないって。ただ、こう、不快なだけ」


「それを怒るって言うんじゃありませんの?」


 まったくもってリーナの言う通りなのだが、悠莉は認めずにそっぽを向いたままだ。リーナは説得を諦めたのか、無言で悠莉を先導した。悠莉も、無言で付いていく。


 暫くして、何やら騒がしい音が聞こえてきた。沢山の話し声や、何かがカチャカチャと音を立てているのが混じって、賑やかそうだ。


 思わず、悠莉が尋ねる。


「どこへ行くんだ?」


「食堂ですわ。メイドや兵士達が食事をここでしますの。今の時間は夜勤の人と交代する時間ですから、ちょうど一番に人が多い時間ですわね」


 だからこの喧騒なのかと悠莉が納得していると、廊下の先に開けた空間が見えてくる。そこは、まさに食堂だった。一方での騎士のような人が、山のような食事をトレーに載せて運んでいれば、一方ではメイド姿の女性達が世間話に花を咲かせている。似たようなものを挙げるとすれば、学校の食堂だろうか。雑多と呼べそうな雰囲気が、とても似ていた。


「今日は、部屋に料理を運ばせましたけど、こちらで食べて頂く事も出来ますわ。わたくしやお父様も時々利用するんですの」


「そ、そうか……」


 リーナやエルバートと鉢合わせてしまった人達は、さぞ食べづらかった事だろう。なんせ、国王にお姫様である。恐縮してしまって、料理の味など分からなかったに違いない。そんな光景を想像して、悠莉は顔を引きつらせた。


「それは、災難だな……」


「何か言われましたの?」


「いやいや、どこで料理を貰えばいいのかなぁ、って」


 思わず呟いた独り言に反応されてしまって、慌てて悠莉は話題を転換させた。不思議そうな顔をしながらも、リーナは食堂の一箇所を指で示す。そこには、何人かがトレーを持って並んでいた。列が進むごとに、料理の載せられた皿を作っている人から受け取って、トレーに乗っけている。


「あそこで並んで料理を受け取るのですわ。料理人に言って貰えれば、量の調整も出来ますわ。ほら」


 リーナが言う所を見てみると、細身のメイド姿の女性が、周りの兵士の男達顔負けの超大盛りにしてもらっていた。どこにそんなに入るのか気になった悠莉がマジマジと見ると、その女性はローサだった。悠莉は、サッと視線を逸らした。


「まぁ、朝食はもう食べたし、早く次の場所に行こう。もうだいたいの所は分かったから」


「では、次は書架を案内致しますわ。様々な書物があるので、きっと役に立つと思いますわ」


 悠莉は、リーナを促して、食堂を出ようとする。ローサに気が付かれて、これ以上のからかいを受けないようにだ。朝食を食べるまででさえ、あれだけの行動をした彼女であるから、見付けた瞬間に獲物を見つけた獣の如く襲い掛かってくる可能性は否定できない。そんな面倒を起こす前に出て行ってしまえと言う訳だ。


 しかし、そうは問屋が卸さないようで、悠莉達の後ろから、一人が近付いて行って、彼等に声を掛けた。


「なぁ、お前、勇者様、だろ?」


 そう声を掛けられてしまえば、返事をしない訳にもいかず、悠莉とリーナが振り返ると、そこにいるのは茶髪の活発そうな青年だった。誰だろうかと悠莉の記憶と磨り合わせてみると、昨日の食事の時にエルバートの背後に控えていた兵士だと分かる。


「その通りですわ。ここにいらっしゃるのは、わたくし達、人間を救うために召喚なされた勇者、ユウリ様ですわよ。そんな方に、貴方はどういうご用件で?」


 悠莉が返事をする前に、リーナがそう返答する。まさか、勇者様の隣にいるのが王女様だとは思わなかったのか、青年がとっさに片膝を付いて臣下の礼をする。


「まさか、王女様がいらっしゃっていたとは、気が付くことが出来ず、申し訳ございません」


「わたくしは、礼儀を正せと言っているのでは無いのですわ。ただ、ユウリ様に何のご用事なのか、聞いただけでしてよ」


 リーナは青年の態度を全く意に介さず、自分の主張だけを押し通す。これまで、悠莉を敬うように接してきた態度ではなく、主としての態度に、悠莉は呆然として、何も出来なくなっていた。リーナが王女であるというのを、表面でしか分かっていなかったのが、今、実感として悠莉の中に入ってきていた。


 だからか、悠莉はその一言に生返事を返してしまった。


「勇者様にお願いが御座います。どうか、自分と勝負してください」


「あぁ、うん」


「! ありがとうございます!」


 言ってしまってから、悠莉は自分の会話に意識が戻ってきた。返事だけしていたので、会話の内容が分かっておらず、聞き返す。


「どういたしましてなんだけど、いったい何が?」


「勝負して下さいって言いましたよね? 自分としては、これまで命懸けで守ってきた世界を、何処からか突然やって来た勇者様に救われると聞かされて、困惑しているのです。せめて、それだけの事が出来るのか、その実力を確かめたいのです」


「無礼者! ユウリ様になんて事を言うんですの!」


「やめろ、リーナ。そう言われてしまうのも仕方がないさ」


 リーナが、怒りながら青年の傍に寄ろうとするので、それを手で制して止める。跪いたまま、そう言う青年の言う事には、勇者に対して言うには、不遜過ぎるところがあるが、確かに正当性があった。彼らにだって、これまで守ってきたという自負があるのだろう。それが、どこの馬の骨とも知れないやつが、世界を救うというのだから、不快に思っても仕方がない。


「しかし、どうしたものか……」


 悠莉は、自らの不注意が招いたとは言え、厄介事をどう対処するか、考え始めた。

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