第二話 詩奈を、そしてついでに世界も救う旅へ
穴から落ちた悠莉と詩奈は、落ちる前と同じように手を繋いだまま、頭から落ちていた。
「きゃ~! これ、どこまで落ちてくんだろう~!」
「詩奈! 楽しそうに言ってる場合じゃないだろ! 最後まで落ちたら死ぬんだぞ!」
詩奈は、この落下をアトラクションか何かだと勘違いしているのか、楽しそうに歓声を上げている。悠莉だって、きちんと安全対策が施されていて、絶対に死ぬようなことが無いのであれば、この他には感じることの出来ない、フリーフォールのような爽快感に、胸を躍らせていただろう。
しかし、命綱が無ければ、パラシュートすらも無い、本当の自由落下では、悠莉は詩奈のように楽しむことも出来なかった。
その上、穴の中に光は殆どなく、上から入ってくる光は既に遠く点のようになっていて、下はまるで底などないかのように真っ暗だ。詩奈は、どうしてこんな危険な状況で楽しむことが出来るのか、悠莉にはいまいち理解出来なかった。
それでも、詩奈の笑い声は途切れることが無い。
「だって~! 楽しいものは楽しいんだもん!」
「もんじゃないだろ! ちょっとは何か考えろよ! どうすれば助かるのかとか!」
「でも~! この状況で何しても無駄じゃん! だったら楽しまなきゃ損だって!」
良い意味でも悪い意味でも、詩奈は肝が据わっていた。詩奈の言う通り、良い案も無く、状況を打開することの出来る道具も無い状況では、何をしても無駄なのかもしれない。
しかし、悠莉は無駄だからと言って生きる事を諦める気は全くなかった。悠莉の生きていた年月は十七年。死ぬ事を受け入れるにはあまりにも人生を楽しめていない。
「詩奈は何か持ってないのか! どこかに引っ掛かったりする何かとか!」
「持ってるわけないじゃん! 遊びに来てたんだよ!」
当然だった。遊園地に遊びに行くのに、ピックのようなものや、かぎ爪のようなものを持っていく人などいない。
「それにしても~! どこまで落ちるんだろ~ね~! やっぱり地球の反対までかな~!」
「分からんわ! そんな呑気な事言ってる場合か!」
「だって~! 気になるものは気になるんだもん! 悠莉も気になるでしょ~!」
「それは……そうかもしれないけど!」
確かに、悠莉も気になっているか気になっていないかで言えば、気になっている。気になってはいるのだが、考える余裕は無かった。そもそも、それまで何も無かった筈の地面から唐突に、ひたすら落ち続けられるような穴が現れる事自体がおかしいので、考える気も起きなかったというのが正しいか。
「いや! そうじゃなくてだな! どうにかして止まる方法を考えないと!」
「なんで~! ここで止まっても何も出来ないんだから! 折角なんだから最後まで行ってみようよ!」
「だから! 最後まで行ったら墜落して死んじゃうだろうが!」
「そうかな~? あ、水」
「は? 水って何言って……!」
瞬間、悠莉の全身は水に包まれた。空気に包まれていた感触から、重たい水の感触に変わる。その上、悠莉はちょうど口を開いていた最中だったので、空気の代わりに水を大量に飲み込んでしまう。
失われた空気を求めて、水の中を足掻く。しかし、水に落ちたはずなのに、足掻く手は何故か水を掴むことは無く、何もない空気を足掻いているような感触しか伝えては来なかった。
苦しい中で、心配になって詩奈の方を見ると、詩奈は悠莉とは違って息にはまだ余裕があるそうだったが、やはり悠莉と同じように水を掻くことは出来ていないようだった。
悠莉の頭の中が、段々とふらふらとしてくる。悠莉の吸った空気が殆ど無いからだろう、頭の回転を維持するだけの酸素が、明らかに、足りていない。
そんな中でも、二人の体は水の中をゆっくりと降下し続け、悠莉の意識も同じように闇の底へと落ちていく。早く酸素を得たいのに、どんなに足掻いても上昇してくれない体がもどかしい。
詩奈の方を見た。詩奈も、俺の方をじっと見つめている。その目に見えたのは、絶対の信頼。悠莉なら何とかしてくれるだろうと言う、全く根拠の無い、悠莉には少しだけ重すぎる信頼だ。もう殆ど思考が浮かばない頭で、こいつだけは助けなければならないと、自然と思われた。
詩奈と繋いでいた手を放して、詩奈だけでも上へと押し上げようと、力の出ない腕で詩奈の体を押し上げようとする。しかし、その直前で詩奈の手が悠莉の腕をがっしりと掴んできて、拒まれた。
悠莉は、その抵抗に思わず叫ぼうとして、更に水を吸い込んでしまう。ただでさえ肺の中が水でいっぱいなのに、その水がダメ押しになったのか、悠莉の頭は朦朧としてくる。
薄れる意識の中、最後に見えた詩奈の顔は、薄く微笑んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
周囲の様子が見えないまま、曖昧なまま悠莉の意識が覚醒する。まるで、心だけで存在しているかのような、不思議な浮遊感があった。
景色は完全な光に包まれ、全身の感覚も全く無く、音は聞こえず、ほぼ全ての外側との接触が絶たれているというのに、悠莉は不安を感じていなかった。もしかしたら、ここが天国と言うものなのかもしれない。
悠莉は天国というものを露ほどにも信じていなかったが、もし仮にここが天国だと言われたのなら、今ならすぐに信じることが出来るだろう。
(……悠莉……)
何もせずに揺蕩っていると、周囲、全方位から、優しそうな女性の声が響いてきた。悠莉の名前を、呼んでいる。しかし、悠莉には返事をする手段が無かった。
(……悠莉、悠莉……)
幾度も幾度も、その声は悠莉の事を呼び続けている。
悠莉は、その女性の声に、何故かどうしても返事をしたくて、声を出したいと思った。
すると、ぽろっと声が出た。
(あぁ、悠莉だ)
(悠莉、なのですね。安心しました。どうやら、きちんと魂を一緒に連れて来ることが出来たのですね)
悠莉が返事を返すと、女性の声は、僅かな安堵を感じさせる音を響かせた。何故か、悠莉の心はそんな声を聞いただけで、昇天してしまいそうな気分にすらなってしまった。それに一瞬戸惑いを覚えるが、それも一瞬の事で、すぐに喜びに塗り替えられてしまう。
(悠莉、大丈夫でしたか? 自分の事はきちんと覚えていますか? 直前までどうしていたか覚えていなすか?)
(ええっと、あぁ、覚えてい……)
女性の声に尋ねられて、直前まで悠莉がどうなっていたのか思い出した。遊園地で変な路地に入った事、変なピエロに出会った事。そして、詩奈の最後に浮かべたあの微笑みも。
一気に、ついさっきまでの事を思い出した。一番に聞かなければならないことを聞く。
(俺と一緒にいた女の子がいたはずだ。どこにいるか知らないか?)
何故か離れてくれない微笑みが、悠莉の心に焦燥感を募らせていく。あの微笑みがどういう意味を持った笑みだったのか、悠莉の霞む意識には分からなかったが、ひたすらに悠莉の心をざわめかせている。
しかし、その問いに返された言葉は、非情な物だった。
(女の子、ですか? いいえ、私が呼んだのは貴方だけのはずなのですが……お側にいらしたのですか?)
(いたはずだ! 俺は死ぬ寸前まで詩奈と一緒にいたんだ。それなのに、俺だけがいて詩奈がいないなんて有り得ない。どこにやったんだ!)
(そうは言われましても、私がここに呼んだのは悠莉だけですし、私には呼ぶ前の事を察知することが出来ないのです)
悠莉が大きな声で叫んでも、女性の声は、全く悠莉の望む返答をしない。あくまでも冷静に悠莉の質問に対する答えを言うだけだ。しかし、その発言の中に、質問と関係のない言葉が含まれているような気がして、悠莉は再び問う。
(呼んだ……ってどういうことなんだ? ここは死んだ後の世界、天国とかみたいな場所じゃないのか?)
(いいえ、悠莉。あなたは、ある目的の為、私がこの場所へと引き寄せました。そして、あなたは死んでいません。そんな、死ぬような目に遭っていたのですか?)
(あぁ。水の中に落ちて、溺死寸前だったはずだ。死んだものと思っていたんだが、もしかして助けてくれたのか? だとすれば、それには感謝するが……一体ここは何処なんだ? それに、俺の名前を知っているようだが、あなたは誰なんだ? その辺りが分からないと、素直に感謝出来ない)
あの状況から、悠莉がどうやって生き延びたのかは分からないが、もし本当に生きているのだとしたら、途端に分からないことが増えすぎる。あの不可思議な穴からここへ連れ出した方法もそうだし、そもそも、光も肉体も無いここがどこかなのかも分からないし、女性の声の主が何者なのかもそうだ。
悠莉にとって、詩奈の事が一番の気がかりである事には変わりないが、それを教えてもらえない以上、他方面からのアプローチを仕掛けてみる。
女性の声の主も、そちらを教える気はあるようで、殆ど待つことなく次の音が悠莉に届く。
(そうですね。そのことから説明するべきでした。ここは、魂の世界、清廉な魂だけが訪れることが出来る世界です。そして、私は、ある世界を見守っている、ただのしがない女神です。一応、アルテミシアという名前もあるので、そちらでお呼びください)
(女神、それに、魂の世界……か。正直に言って、あまりそういうのを信じる人間ではないんだけど、この現状だと信じるしかないんだろうな、アルテミシアさん)
(はい。証拠も無いので、ひとまずはこれで信じていただけたらありがたいです。それと、私はしがない女神でしかないので、呼び捨てにしてもらって結構ですよ)
しがない女神、という一言が、悠莉には違和感しかなかったが、女性、アルテミシア本人が言っているからには、彼女にとってはそれが事実なのだろう。
それにしても、突拍子のない話だ。無神論者で現実主義の悠莉には、女神や、魂の世界などと言われても、納得どころか理解すらも出来ない。
しかし、声以外に何も感じることが出来ていない悠莉には、それを信じる以外に選択肢が無い。疑うにしても、それを判断する材料も無く、否定など出来ようはずもない。光景だけでも見ることが出来れば、悠莉にもより状況が分かるのだろうが、それすらも無いのだから手段は何もないと言っても過言ではない。
意思疎通が出来るだけでも感謝するべきだろう。
(じゃあ、アルテミシアと呼ばせてもらうぞ。それで、俺を呼んだと言っていたが、なぜそんなことをしたんだ? 俺が死んでいないと言うのなら、今、俺の体はどうなってるんだ? それと、地球に戻ることは出来るのか?)
(そんなに一気に質問しないでください。ここは他の世界とは法則が全く違うので、時間の流れがありませんから、時間を気にする必要もありません。もう少し余裕を持ってください)
(そうか……そうだな。確かに、少し焦り過ぎた。一つずつ教えてくれ)
アルテミシアに言われて、悠莉は自分の焦りを自覚する。詩奈がいないせいか、かなり焦ってしまっている。普段の悠莉であれば、もっと冷静になって、きちんと筋道立てて行動出来ているはずだ。
詩奈がいなくなっただけで―――だけとは言っても、命があるかどうかのいなくなったをだけと言ってしまっていいのかは定かではないが―――ここまで心に焦りが出てしまうことに、悠莉は悠莉自身に不甲斐なさを感じてしまう。あまり危機感が無く、自由気ままな詩奈を支えているのは自分だと悠莉は思っていたが、本当に支えられていたのは悠莉だったのかもしれない。
(そうですね、まず、あなたを呼んだのは、私が見守っている世界、メキストリアを魔物の脅威から救ってもらうためです。あなたには、メキストリアを救う勇者として降り立ってもらって、魔物の王、魔王を倒してもらいたいのです)
(勇者? それに魔王だって? まるでゲームみたいな話だな)
(ゲーム……ですか? そうですね、そのように考えてもらったら分かりやすいかもしれません。メキストリアには、魔法がありますし、ステータスという概念もあって、生き物を倒すとレベルアップもします。地球にあるような、ゲームに似ていると考えてもらっていいでしょう)
(……本当にゲームみたいだな)
よく創作で、ゲームに酷似した異世界、なんてものが描かれていることがあるが、実際にあると聞かされた悠莉としては、唖然とするしかない。
(悠莉、あなたに、メキストリアを救ってはもらえないでしょうか? これについて、私は強制することは出来ないのです。あなたにやってもらえないのであれば、メキストリアはかなり厳しい状態になってしまいます。もちろん、次善の策が無いわけではないのですが、やはり勇者がいるのといないのでは、全く変わってきてしまうのです)
(……)
悠莉には、アルテミシアの姿を見ることは出来ないが、懇願しているような、そういう、切羽詰まったものを感じさせる声だった。悠莉の心は、そんな見ず知らずの人間よりも、最も親しい詩奈という幼馴染を優先させろと叫んでいる。
しかし、これほどまでに困っているのを聞いて、協力しないと言うのも、悠莉としては寝ざめが悪い。
葛藤の中で、悠莉は一つの質問をする。
(それで、俺が勇者をやって、魔王を倒したら何かもらえたりするのか?)
(はい、魔王を倒して貰ったら、なんでも一つ、願い事を叶えられることになっています。それこそ、誰かを生き返らせる、なんてことまで出来ます)
(そうか。それなら、詩奈が生きているのかを調べて、出来るなら生きているなら安全なところに送って、もし、もし死んでいたとしたら生き返らせる、なんてことも出来るのか?)
(勿論です。何でも出来るのですから)
(なら、詩奈のために頑張るとするかな……。やるよ、勇者。それでなんでも叶えられるんだろ?)
(本当ですか! ありがとうございます!)
アルテミシアは、悠莉がやると言ったのを聞いて、とても嬉しそうに礼の言葉を言った。それを聞いて悠莉は、やると言った事が間違いではなかったと思った。
悠莉としては、本当は詩奈の事が一番に気にかかっているのだが、それを分かる方法が現状では一つもない以上、アルテミシアが言ったそれに縋り付く他ない。それに、悠莉より何倍も優秀で強い詩奈だったら、どんなことになっても大丈夫だろうという、信頼のようなものもあった。
そんなことを考えていたら、ふと、一つのアイデアが思い浮かんだので、ダメ元で悠莉は口にした。
(その、願い事って、先払いで叶える事って出来ないか?)
(えーっと、すみません、魔王を倒してからでないと、願い事は叶えられないんです。私のような存在達の間で、そういうルールになっているんです)
(そっか、いや、そりゃそうだよな。先に褒賞だけ貰おうなんて虫が良すぎた)
うまくいけば、願い事を使って、詩奈の安否確認など、諸々の事が出来るかもしれないと思って悠莉は尋ねたのだが、そんなうまい話は無かった。やはり、魔王とやらを倒して、その後願い事を使ってどうにかするしかない。
そうと考えてみれば、アルテミシアから言われた魔王討伐は、悠莉には、ある意味での渡りに船のようにも思われた。
(あの、そんなに気になるんでしたら、安否確認程度で良ければなんですけど、その、詩奈、でしたか、その方の安否を探ってみましょうか?)
そんな時に聞いたアルテミシアの一言は、悠莉には女神の声に聞こえた。
(やってくれるのか?)
(はい。その程度なら、私でも出来ますので。ただ、少し時間がかかりますので、その間に、メキストリアに渡る時に持っていくギフトを選んでおいてもらっていいですか?)
(ギフト? なんだそれは)
(そうですね、勇者として戦ってもらうための力、と考えてもらえればいいと思います。今、悠莉のステータスを表示させますので、それぞれの能力を強化してください。強化出来る限界は、強化ポイント、という表示で表されているので、よく考えて選んでくださいね)
アルテミシアが言うと、何も見えずに真っ白だった悠莉の視界の目前に、半透明な板が現れた。そこには、こう書かれている。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
名前:ナミカゼ ユウリ
性別:男
レベル:1
ステータス 体力 :500/500
魔力 :500/500
攻撃力 :100
守備力 :100
魔法攻撃力:100
魔法守備力:100
速力 :100
運 :150
スキル 言語理解
称号 勇者 異世界人
強化ポイント:15000
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
さきほど、アルテミシアがゲームと考えればいいと言っていたが、それはあまりにもゲームと酷似していた。悠莉としては分かりやすくていいのかもしれないが、言い表せない気持ちに悠莉は襲われる。
悠莉は、そんな感情に蓋をしてステータスを見てみると、体力、魔力が500、運が150、その他は100と表示されている。他に、スキルや、称号など、気になる表示もある。
しかし、強化してくださいと言われても、悠莉には強化の仕方が分からなかった。その上、今の悠莉は手足を使うことも出来ないので、ステータス画面を触ることも出来ないのだ。
(アルテミシア)
(なんでしょうか。今、詩奈の行方を探っている所なので、あまり話しかけないでほしいのですが)
(強化のやり方が分からないんだが)
アルテミシアは、集中していたのか、苛立った声で悠莉の呼びかけに応じる。しかし、悠莉が言うと、黙ってしまった。
(そうですね。説明不足でした。操作は、目の前にある画面の強化したい部分を触ってもらえれば、分かると思います。スキルの部分に触れれば、取得出来るスキルを表示させることも出来るので、悠莉の好きなように行ってください)
(触ろうにも、手足が無いんだが)
(え、あぁ、そうでした。今、触れるようにしますね)
アルテミシアがそう言うと、悠莉の視界に腕が現れた。きちんと悠莉にも腕の感覚があって、自由に動かす事が可能になっている。
早速、悠莉はステータス画面のに触れて、自分のステータスを弄った。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
名前:ナミカゼ ユウリ
性別:男
レベル:1
ステータス 体力 :501/501
魔力 :501/501
攻撃力 :101
守備力 :101
魔法攻撃力:101
魔法守備力:101
速力 :101
運 :151
スキル 言語理解
称号 勇者 異世界人
強化ポイント:14992
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
どのステータスに振り分けても、強化ポイント1につき、ステータスが1上がった。これをうまく振り分けて行けば、今は平坦なステータスを、力だけの戦士だったり、魔法攻撃力がずば抜けて高い魔法使いのような、突出した力を持ったステータスにだって出来るだろう。
そんなロマン溢れる特化型のステータスも嫌いではないが、ステータスを見ただけでそうと決めてしまうのは早計だ。何といっても、他にも悠莉の目を引く表示、スキルがある。早速そこを触ってみると、悠莉の視界に多種多様なスキルが一覧になって表示された。
『剣術』のような技術系のスキルから、『火属性魔法』といった魔法系スキル、『鑑定』のような便利系のスキルまで、色々なものが揃っている。
悠莉は、恐る恐る『鑑定』というスキルに手を触れてみる。本当に取得するか否かを尋ねるウィンドウが現れたので、取得するを選択する。必要な強化ポイントは100だったようで、残りの強化ポイントが100減って、表示が変わる。
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名前:ナミカゼ ユウリ
性別:男
レベル:1
ステータス 体力 :501/501
魔力 :501/501
攻撃力 :101
守備力 :101
魔法攻撃力:101
魔法守備力:101
速力 :101
運 :151
スキル 言語理解 鑑定
称号 勇者 異世界人
強化ポイント:14892
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スキルを取得したことで、スキルの欄に『鑑定』が加わった。無事に取得出来たようだが、悠莉にその感触は感じられなかった。こんな表示のせいで、悠莉にはどこか他人事のように感じられる。
それはさておきと、悠莉はスキルの次の部分に意識を向ける。そこには、用途不明の称号の二文字。悠莉の称号には、『勇者』と『異世界人』があった。ただ見ているだけでは変りも無いので、触ってみると別のウィンドウが現れたので、そこに意識を合わせる。
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称号:その人物の特別な行動、または状態に対する、世界からの称賛の証。成長に補正がかかるようになる。
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スキルの時のように、多種多様なものが現れるのではなく、説明だけが表示された。スキルのように、称号を手に入れることは出来ないという事なのだろう。この説明を見てみれば、手に入れられない理由にも納得がいく。称賛を、そんなに簡単に手に入れることは出来ないということだ。
悠莉は、確認程度でしっかりと全部を見はしなかった、スキルの一覧を再び表示させる。勿論、スキルを取得するためだ。ステータスだけを上げても強くなれないというのが、悠莉の持論である。
しかし、スキルは本当にたくさんあって、あれこれと悠莉を目移りさせる。これ、とよさそうなスキルがあっても、他にも次々と面白そうなスキルが発見されて、おいそれと取得することが出来ない。
そんな中、一際悠莉の目を引くスキルを見つけてしまった。
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武器創造:自分のイメージに基づいて、魔力を材料として武器を創造する。込めた魔力の量によって、威力、効果、耐久値、維持可能時間が変動する。
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この効果を見るだけだと、そこまで有用なスキルには思えない。魔力が尽き次第無くなってしまう武器など、自分の命を預ける武器としてはお粗末に過ぎる。戦闘の途中で魔力が尽きてしまったら、自分の手の内から武器が無くなってしまうんだったら、普通に作られた武器を使った方が、安全だし安心感もある。間に合わせの武器や、使い捨ての武器になら使えるだろうが、逆に言えばその程度にしか使えないとも言える。
しかし、悠莉はこのスキルを見て、全く別の事が思い浮かんでいた。悠莉の世界に存在した、銃などの現代兵器の数々である。イメージに基づいて作成出来るなら、現代兵器を作成することも出来る可能性がある。それでなくとも、イメージするだけで出来るのなら、自分の欲しいものを作ることも出来る。
必要な強化ポイントは100なので、無駄に余っている強化ポイントのうちから、そのくらいのポイントをロマンに費やしても問題は無い。
迷わず、取得した。その近くにあった、“防具創造”も、似たようなスキルだったので、ついでに取得して、武器と防具を揃えた。
その後も、悠莉は自分の使いそうなスキルを選択していった。しばらくすると、膨大にあったポイントも0になってしまったので、自分のスキルの出来栄えを確認してみる。
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名前:ナミカゼ ユウリ
性別:男
レベル:1
ステータス 体力 :1000/1000
魔力 :1000/1000
攻撃力 :200
守備力 :200
魔法攻撃力:200
魔法守備力:200
速力 :200
運 :151
スキル 言語理解 鑑定 剣術 弓術 体術 天翔 火属性魔法 水属性魔法 風属性魔法 土属性魔法 光属性魔法 闇属性魔法 回復魔法 詠唱破棄 武器創造 防具創造 思考加速 気配察知 直感
称号 勇者 異世界人
強化ポイント:0
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
取り敢えず、ステータスについて、効果がよく分からない運以外のステータスは、スキルを選んで余ったポイントでそれなりに揃えた。ステータスは、レベルを上げれば自然と上がってくれそうだったので、それ以上はノータッチだ。
その代わりに、よさそうなスキルは取れるだけ取っておいた。
まず、『剣術』『弓術』『体術』の三つを取得。『武器創造』があったので、もっとたくさんの種類のスキルを取っても良かったのだが、そんなに取っても器用貧乏にしかならないという判断だ。
次の『天翔』というのは、空を自由に駆けられると書いてあったので、空を飛んだ敵への対処や、高いところから落下しそうになった時のために取得した。
魔法系のスキルは、取り敢えず全部取得してしまった。きっと使わない属性なんかも出てくるだろうと思われるが、悠莉は後悔はしていない。
『詠唱破棄』というのは、文字通り詠唱をしなくてもいいというものだったので、魔法を使うときに必要だと思ったので取得した。
『武器創造』と『防具創造』は、さっき言った通りのスキルだ。
『思考加速』『気配察知』『直感』は、知覚系のスキルで、『思考加速』は思考が早くなる、『気配察知』は近くの生物の気配を察知出来る、『直感』は危険が近付いた時に察知出来る、というスキルだ。こういう類のスキルは、取っておいても損は無いので、取得した。
少し、スキルを多く取得し過ぎた感はあったが、悠莉としては満足できる構成に仕上がった。終えたことを報告しようと、悠莉がアルテミシアに声を掛けようとする前に、そのアルテミシアから声が掛けられた。
(悠莉? ギフトは選び終わりましたか?)
(あぁ。今終わったところだ。それで、詩奈の行方は分かったのか?)
(はい。詩奈という方がどうなったかは分かりました。しかし……)
アルテミシアは、言うことを躊躇うかのように、言葉を尻すぼみにさせる。その躊躇いに、悠莉も最悪の想定をしてしまう。
(もしかして……詩奈は……)
(いえいえ! 死んでませんよ! きちんと生きていました。ですが……)
(ですがって、なんだよ。ちゃんと生きてるんだろ? だったら何も悪いことはないはずだろ)
アルテミシアの、なんだか煮え切らない態度に、悠莉は僅かにイライラしてくる。生きているのならば、躊躇わずにただ生きていると言えばいい。それなのに、それを言うのを躊躇する理由とは何なのか。
おずおずとだが、再びアルテミシアが言い始める。
(あの、ですね。落ち着いて聞いてください。詩奈は、確かに生きていますが、重症です。今すぐに死んでしまうようなことは無いでしょうが、余命は一年無いような状態です)
悠莉には、一瞬アルテミシアが言ったことが理解出来なかった。ジュウショウ、ヨメイ、といった言葉が意味を持たない言葉の様に感じられた。悠莉の脳裏には、元気だった詩奈の姿が思い浮かばれている。悠莉が振り回されるだけの体力がある、あの幼馴染の少女が、そんな状態になるわけが無いと。
しかし、現実は悠莉の事を逃がしてはくれなかった。
(悠莉、信じられないかもしれませんが、本当の事です。詩奈は、あと一年と生きていられないのです)
(あぁ、あぁ、分かったよ。分かってるって。聞こえてた。そりゃそうだよな。俺なんか自分が死んだと思ったくらい悪い状況だったんだ。生きてるだけマシだと思わなきゃだめだっていうのは分かってる)
どんなに悪あがきをしても、現実が悠莉を逃がしてくれることなどない。詩奈が重症で、一年も生きられないということも、信じないでいれば変わる、なんてことは無いのだ。
詩奈の元まで行かなければならない。という思いだけが悠莉の心を占める。助けられるかもしれないとか、自分が詩奈の側にいないといけないということではなく、ただ、詩奈のいるところに向かわないと悠莉の心がダメになってしまう。
だからこそ、さっきの決意を反故にしてしまうのも、仕方がないことなのだ。
(アルテミシア。メキストリアに行くと言っておきながら、悪いんだが、詩奈のところに行く方法は無いか? そのあと、メキストリアにはきちんと行ってやるからさ)
(申し訳ありません。私にそんな力は無いんです。ですが、一つだけ、どうにかする方法があります)
(どうにかする方法だって?)
(魔王を倒した後の願い事なら、なんでも叶えることが出来ますから)
アルテミシアが言ったことは、今の悠莉にとっては、天使の声と、悪魔の囁きとが、両方一緒に聞こえたかのように思えた。内心の葛藤など、一欠けらも現れない。己の良心が訴える正義と、己の利己心が囁く欲望が完全に一致した。
悠莉は、そのおかしさに思わず声を上げて笑ってしまった。
(ははははは! そうだな。そうと決まったら早くしないとな。早く行かせてくれよ、メキストリアに!)
(はい。悠莉に、世界の加護があらんことを。ここから願っています)
声と共に、悠莉の意識は何処か別の世界へと旅立っていった。