勇者くんVSスライム先輩
「勇者になりたいかー!」
「おー!」
「声が小さい!お前の本気はそんなものか!?」
勇者くんは今、サウザンドミリオンの異名を持ち、多数の有名な勇者を輩出したトップブリーダー、スライム先輩に弟子入りし、勇者とはなんたるかを学んでいた。
「勇者になりたいかー!」
「OHー!」
「よし、良いだろう。それではこれから戦闘訓練を始める!掛かって来い!」
スライム先輩の真骨頂は戦闘訓練にある。無数の歴戦の記憶が懇切丁寧かつダイナミックに適度の緊張感を保ちつつも安心安全に濃密な経験を積める。
並の冒険者であれば、多少宿屋で休憩を忘れた程度では危機的状況に陥る事は無い。
毒の沼地に囲まれて体力が昇天間近な位でようやくスライム先輩と肩を並べられるであろう。
そんな圧倒的安心感をスライム先輩は自負していた。
しかし、勇者くんは動かない。いや、動けない…?大声を出し過ぎて萎縮してしまったのだろうか?
甘く囁くように声出しをするべきだっただろうか?でもそれじゃあ何の訓練か分からない…
スライム先輩の葛藤を察してか、勇者くんはおもむろに口を開いた。
「ぼくのこの手は人を殴る為にあるんじゃない…草をむしる為にあるんだっ!」
ガガーン!
何という衝撃!草むしりと勇者的行動は両立できるのであろうか?
「面白い…!」
スライム先輩が不敵に笑う。久しく忘れていた血湧き肉躍る感覚。やってみるだけの価値はある。駄目だったら魔王様に怒られるかもしれないが、その時はその時。華々しく散ってみるのも一興か。
メルヘン世界の勇者は変人が多いが、こいつは飛びっきりにCOOLだぜ!
やってみた結果、駄目でした。
どうしても農作業にしか見えない。
カッコ良い草のむしり方を工夫してみたがどうにもこうにも無駄が多くて非常に疲れる。
農作業での体力の消耗は命取りだ。炎天下での水分消費は日射病と熱射秒のリスクが段違いに跳ね上がる。涼しい場所での水分補給が欠かせない。
麦わら帽子に半袖半ズボン、首から垂れる手ぬぐいがオシャレのアクセント。
農作業には長年培われた先人の知恵が凝縮されていた。無心になって仏様のような表情で一心不乱に草をむしる…勇者くんのパフォーマンスは完璧であった。
まだ若いのにどれほどの経験を積んだのだろうか?
一日千本、いや、もっと多いだろう。この場での対戦経験はスライム先輩を遥かに凌ぐ事であろう。
「草むしりは一日にして成らず…」
青々とした緑の汁の匂いを嗅ぎながら、スライム先輩は沈み行くオレンジ色の陽射しを眩しそうに見つめた。
スライム先輩の秘密
・草の汁が混ざって毒を持ってそうな色合いになりました