勇者くんVS契約
「二人ばっかりハンバーグを食べてずるいんじゃぁないかな?」
人生初のハンバーグ(牛肉)を米斗さんと魔王ちゃんのお茶目で逃した勇者くん。有無を言わさず二人を正座させて説教を始めた。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
「そりゃあぼくは今日初めて会ったばかりの他人かもしれない。でもあの時、ちゃぶ台を取り囲んで頷き合ったあの瞬間、確かにぼく達は分かり合えた筈じゃないか!」
ダンッ!とちゃぶ台に両手を叩き付ける勇者くん。
「あはははは!」
「何が可笑しいのかねっ!?」
ふと笑みを漏らした米斗さんに勇者くんは詰め寄った。
「こんな事もあろうかとおかわりを用意してあるのさ!」
そう言って胸元からスタイリッシュにハンバーグを取り出した。
「ふおおおおおお!何という先見の明!これが女子力というものか!?」
勇者くんの羨望の眼差しを一心に受ける米斗さん。
「ところで坊主、何が目的だい?」
「目的?」
「勇者が魔王の所に単身乗り込んで来たんだ…ハンバーグだけが目的って事は無いだろう?」
勇者くんは押し黙った。ハンバーグだけが目的だったからだ。そもそも彼は勇者では無い。魔王城の麓にある寂れた宿屋の息子であった。
事あるごとに繰り返した勇者アピールも全てはハンバーグの為。良い匂いのするそれにご相伴に預かる為であった。
相手が魔王ならば勇者は敵対勢力であり、決しておもてなしの対象では無いだろう。
「ぼくは麓の宿屋の息子です。」
「ほう…勇者では無いと?」
「確かにここに来るまでは勇者では無かったでしょう。しかし、様々な苦難、主に崖を乗り越えて今、この場所で魔王の人と向き合っている以上、勇者でないとは言い切れないのではないだろうか!?」
しかし、あえて勇者を名乗る勇者(宿屋の息子)くん!交渉事は対等の立場でないと成り立たないのだ!
「ビジネスの話をしよう。」
そう言って胸元から、今晩の夕飯にしようと思っていた特に美味しい草を取り出す勇者(宿屋の息子)くん!
それを見て即座に却下する米斗さんと魔王ちゃん。いくら美味しいとはいえ草は草。若い二人の心を捕らえる事は出来なかった。
勇者(傷心)くんがしょんぼりしていると、勇者ではないと聞いて一足先にしょんぼりしていた魔王ちゃんがそっと勇者(傷心)くんの肩に手を置いた。
勇者がいないのであれば育てればいい…!
それが魔王ちゃんの結論であった。もう、張り合いのない、唯々、まだ見ぬ勇者に思いを馳せながら積み木を積み上げ続ける日々には戻りたくない。
勇者の剣を作った(積み木)、勇者の鎧(積み木)も作った。盾も兜も自動車も作った(積み木)。魔王城(積み木)の次は、勇者の街並み(積み木)に手を出そうかと考えていた。これ以上はさすがに積み木が足りない!
「ふんすっ!」
魔王ちゃんの鼻から決意の吐息が漏れ出でた。
かつて感じた事のない確かな充実感を感じている。
そんな魔王ちゃんを見て、米斗さんは全てを察した。女子力の高い米斗さんにとって、その程度の事は造作もない。
「OK。ビジネス成立だ」
「ではこれを。」
喜び勇んで特に美味しい草を差し出す勇者(見習い)くん。丁重に拒絶する米斗さんと魔王ちゃん。彼は人生経験が足りないので察する事は出来なかった。
「坊主(野草ソムリエ)はハンバーグを。まおっちは勇者(本物)を。そしてあたいは料理作り権を。」
米斗さんは料理を作りたくて作りたくて仕方がなかった。魔王城に就職したのも、魔王ちゃんの母親が料理下手だったからだ。
魔王ママが砂糖と塩を華麗に間違える様を見て感動すら覚えたのは良い思い出であった。砂糖はピンクのフタの容器、塩は白いフタの容器というのが覚えにくかったのであろう。
勇者(本物)って何だろうと思いつつも、報酬を受け取った勇者(野草ソムリエ)くん。
歓喜の踊りを神様に捧げる彼を見つめ、魔王ちゃんは彼を一人前の勇者(完全版)に育てるべく、決意を固めるのであった。
今日のハンバーグ
・ハンバーグ(牛肉)