第三章 正しきもの
青年は歩いていた。
白い砂浜を踏みしめ、岩場を乗り越え、力強く歩いていた。
目的地は知らぬが、知る必要すらない。
信じて進めばいい。ひたすらに力強く、盲目に真っ直ぐと。
それして、目前に立ちはだかるものを、すべて討ち滅ぼせばいいのだ。
「あれは、なんだ。」
青年は、足をとめた。海と陸の境目に、黒々とした岩場。
その岩場に、不釣り合いな赤が一つ。
近づいてみると、それは奇妙な形をした、矮小な生き物だった。
「己は何だ。」
青年の言葉に、小さな生き物はぽこりと泡を吐きながら答えた。
「私は蟹だよ。いや、お前は名乗る必要はない。
なんと、陳腐な答えなのだろう。
美しい外張りの中は、空っぽで浅はかで虚しい。
分かりやすくはあるが、哀しいばかりではないか。
けれど、それが望まれるのであれば、とどめる力は私には無い。」
青年はむっとすると、小さな生き物の上すれすれに、足をかざした。
「矮小な醜き生き物よ。我は正義の使い。
そのような口のきき方、無礼千万。
お前など、剣を振るうまでもなく、踏みつぶしてくれようぞ。」
「正義の使いか。恥ずかしくも愚かしい。
そのような言葉を大事に掲げ、どこへいく。
哀れな若者よ。哀れな生き物たちよ。
正義の名のもとに、尽きること無い欲望は、いつの日か我が身までも滅ぼそうぞ。
我が友はそれが悲しくて泣く。
私は、友の涙が哀しい。
そして、それでも友が愛した愚かで幼いお前たちの果てが、心配で、哀しくてならないのだ。
聞こう。若者よ。愚かなる幼い子よ。
正義を掲げ、ここに何を成しに来た。これから、何をなしに行く。」
青年は眉間に皺をよせると、蟹の小さな体の上に足をかけると、小石を蹴るように蹴り上げた。
ぽんと飛んだ蟹はひっくり返り、岩場に落ちる。
わさわさと、足を動かす蟹の様子に、青年は口の端をあげると、表面に比べて白い蟹の腹に足を乗せた。
ぐっと、わずかばかり、足に力をこめる。
するとただそれだけで、ぱしゃり、と微かな水音を立てて、赤い蟹は潰れて死んだ。
ざぶり、と波が寄せる。
砕けだ小さな欠片は波にさらわれ海へと還っていった。
青年は鼻を鳴らした。
「己のような矮小な生物に、かける言葉も惜しいわ。
我は正義の使い。
古の魔を討ち、正義の統制の下に置かんがために、祈りの言葉を刃に戦うものなり。」
聴衆のいない岩場に、青年の声だけが朗々と響き渡った。