アタル君の場合
ああ、空が蒼いなぁ。
草原で一人、膝を抱え体操座りをしながら空を見上げる。
何故こうなった?
事の始まりは、ある一本のゲームを貰ったことだった。
俺の名前は中貝中21歳の独身だ。
趣味は、まったく有名ではないレトロゲームをプレイすることだ。
その日も、行きつけの怪しい中古ゲームショップへ行きめぼしいモノを買うと店主からおまけだと言われて1本のゲームを渡された。
ゲームソフトの名前は、アジェスティムと言う聞いたことの無いモノだったが、パッケージを見る限りたぶんRPGに属するものだったと思う。
真っ黒の背景に赤い文字でアジェスティムと書かれた画面が表紙されたのを確認し、初めからを選ぶと画面の中心からモザイクの様なものが広がり数秒後に収まると、ドット絵で描かれた王様が
「よく召喚に応じてくれた、勇者よどうかこの世界を救ってほしい」
と、よくある召喚モノ勇者のRPGのようなセリフを言い放った。
はい/いいえと選択肢が有ったので迷わず「いいえ」を選ぶ。
大体この手のゲームでは、「いいえ」を選んでみることのしている。
最終的には、はいを選ぶしかないのだが昔からの性分なので許してほしい。
「なに?よく聞こえなかった。もう一度言うぞ。勇者よ、この世界を救ってほしい」
「いいえ」
「なぜじゃ、そなたはこの世界に勇者として選ばれたのじゃぞ。どうしてもだめか?」
おっと、ここでいいえと答えると勇者にされてしまうではないか。
てか、断られるパターンに力を入れすぎだろこのゲーム。
「はい」
「そうなると、世界から与えられるギフトを受け取ることが出来ないまま、この世界に放り出されるがそれでもいいのか?」
ん?話がよく分からなくなってきたぞ結局、有無を言わせず勇者として送り出されるパターンなのか?
「いいえ」
「そうか!ではやはりこの世界を救ってくれるのか?」
「いいえ」
そんな問答を十数回繰り返したところで
「!!!
もういい、お前に期待したわしがバカじゃった。
お主はこのまま何処かで野垂死ぬがいいわ」
突然キレた王様がそんなことを言いながら何故か勇者のキャラクターではなく画面越しにこちらに指をさした瞬間、テレビ画面から強烈な光が放たれ気が付くと草原に一人立っていた。
え?何コレ?
周りを見渡し、何もないことを確認し頬をつねり夢じゃないことも確認した結果、冒頭のような状態になり事の発端に思いを馳せていたのだが、さして何も進呈していない。
取りあえず何か情報が欲しいが、何処へ行けば人に会えるのか分からないうえに、出会った人が安全とは限らない。
異世界召喚モノには憧れていたが実際に起きてみると笑えない、そもそも何の力もない一般人である俺にこの世界で生きて行く自信なんてないのだ。
あの王様の言う通りに何処かで野垂死にするのが関の山と言った所だろう。
だがしかし、ただで死んでやるものかせめてあの王様とやらの顔を一発殴ってからでないと死んでも死にきれない。
そもそも、勝手に呼び出しておいて断ったら逆切れするなんて何様のつもりなんだ。…まぁ王様のつもりなんだろうが。
そんな勝手な奴が納める国なんて碌なもんじゃないはずだ、絶対そうだ。
救わなくてよかった。
そう言うことにしておこう。
さて、気を取り直して今後について考えなければ。
先ずは、どの方角へ向かうかを決めよう。
そう思い取り出したのは、周りを確認していた時に見つけた1m位の木の棒だ。
某勇者の初期装備ヒノキの棒と言った所だろうか。
実際にヒノキではないのだろうが取りあえず今は進路を決める時だ。
棒を片手で持ち地面に立てて、手を放す。
こういう時は棒が倒れた方向へ進むに限るのだ。
小さいころから道に迷いやすい体質ではあったが、何故かこうして選んだ道を進むことで目的の場所へたどり着くことが出来たのだ。
棒は、ゆっくりと倒れた。
太陽の位置から考えると、大体南西?の方に倒れたと思う。
棒を拾い、倒れた方角へ向けて歩き始める。
この召喚でのせめてもの救いは靴を履いていたことだと思う。
部屋でゲーム中だったので勿論、靴などは履いていなかったのだが気を使ってくれたのかお気に入りの靴を履いた状態で召喚されたのだ。
歩き始めて30分ほど経過したが、風景に変化が有った。
なんと、道らしきものを見付けたのだ。
そこだけ、草が生えておらず車輪の後の様なものがある。
如何やら、馬車の様なものも存在するのだろうこの道を辿っていけば町に行けるはずだ。
もう一度、棒を取り出して道の真ん中でどちらへ進みかを決める。
棒は、道と直角になるように倒れた、どちらかに偏っていればそちらへ進むつもりだったのだが、まるでこの道を進むことを拒否しているようだった。
仕方なく、道を行くのをあきらめて棒の挿した方向へと進む。
歩いているとドンドンと草の丈が高くなり前が見えないほどになったが掻き分けて進むこと一時間、喉が渇いてきた。
生憎都合よく水や食糧なんて持ち合わせてはいないので、このままでは本当に死んでしまうかもしれない。
不安を抱えながらも棒を信じてひたすら進んでいると水の流れるような音が聞こえた。
音の聞こえる方向を探るように意識を集中して耳を澄ませる。
如何やら音は、右斜め前から聞こえているようだ。
思わず駆け出して、水辺へと急ぐ。
5分くらいは走っただろうか、目の前には大きな泉があり真ん中からは滾々と水が湧き出ていた。
何やら、神聖な空気が流れているような気もするが先ずは、喉を潤したいのだ。
走ったせいで余計に喉が渇いてしまった。
泉に近寄り両手を水の中へと入れる、ヒンヤリとした感覚が手から全身に伝わり疲労が抜けて行くような気がする。
水を両手ですくい、口を付ける。
こんなところで、いきなり生水を飲んで腹を下したりしたら終わりと言う恐怖心もあるが喉の渇きには勝てなかった。
ゴクッ!ゴクゴクッ!!!
ウマい!
今まで、ミネラルウォーターを飲んでもウマいと感じたことはなかったがこの水は違った。
喉が渇いていたせいも多少あるかもしれないが、喉を通った時の爽快感と少量なのに体中を満たすような満足感があった。
今日の所は、ここで寝ることに決めて明日また町を目指すとしよう、と言うわけで寝床の準備を始めることにした。
流石に地べたにそのまま寝るのは嫌なので、泉から少し離れたところに生えている身の丈以上の草を千切って来た。
何故か、泉の周りには草が生えていないのだ。
取ってきた草を泉のから2mくらい離れた場所に敷きその上に寝転がる。
どうやら、相当疲れていたようで一気に眠気に襲われて意識を手放す。
…
………
……………ドシンッ!!!
ガバッ!!
大きな物音がした気がして目が覚めた。
音のした方を見ると大きな象の様なものがこちらへと歩いてくる。
慌てて飛び起きて身を隠すが、ソレは鼻で今まで寝ていた草を匂った後に周囲を探るように空気を吸い始めた。
数秒後、明らかにこちらを見ているのが分かるが怖くて動けない。
「ほう、こんなところに人間がいるとは珍しいな」
え?しゃべれるの?
「ほう、此方の声が聞こえるのか」
あれ?今、声に出してたかな。
「ああ、今お前の心に話しかけておる。」
テレパスだっけか、そんなことはどうでもいいか。
「えーっと、私はどうなるんでしょうか?」
話が出来ることで、何故か一気に先ほどまでの緊張感が消えた。
「ふん、取って食いはせんから少し話でもしようではないか。」
「わかりました、えーっとなんてお呼びすれば?
俺は、アタルって言います。」
「ワシのことは、エルムとでも呼んでくれ、アタル」
「よろしくお願いします、エルムさん」
「それで、なぜこんなところにアタルはおるんじゃ?」
エルムさんが、そんなもっともなことを聞いてきたのでここに至るまでの話。
ゲームショップで貰ったゲームで何故かこの世界にきてしまった事。
棒を倒して進んだ結果この泉に到着した事。
そして、疲れたから寝ていた事をかいつまんで話した。
「なるほどのぅ、転移者であったか」
「転移者ですか?」
「ああ、数十年から数百年に一度この世界に紛れ込んでくる異物とでもいうのかの。
あるものは、世界に平和をもたらしまたある者は混沌をもたらす。
技術の進歩や革新のために尽力したものも多いとも聞くがワシも全てを知っているわけではない」
「そうですか、そう言えば召喚される前にその王様らしき人が世界からのギフトとか言ってたんですけどギフトって何ですか?」
「そうさの、少し説明が難しいのでお主の記憶を見せてもらってもよいかの?」
「記憶ですか?どうするんですか?」
「ん?なにこうしてお主の頭に鼻を当てて記憶を読むんじゃ」
そう言って鼻を頭に押し当てて息を吸うように鼻が動いた。
実際に吸い付くようなことはなかったが、昔の懐かしい思い出なんかが一瞬脳内を駆け巡ったような気がした。
「なるほど、お主の住んでいた世界はこことはかなり違う道を歩んだようじゃな」
「今俺の記憶を読んだんですか?なんかいろいろ恥ずかしい思い出が駆け巡った気がするんですけど」
「ん?もしかして中二の夏に…」
「わぁぁぁぁぁぁ!本人も忘れたい黒歴史を口にしないでください」
「すまんすまん、それでギフトであったか。
そうさの、類似する言葉だと特殊能力・スキル・異能・魔法・ス〇ック…etc」
「あ、もういいです。なんとなくわかりました。」
これ以上聞いてたら色々やばそうなんで中断させてもらった。
「それで、エルムさんそのギフトって確認する方法はあるんですか?」
「もちろんじゃ、ワシらは生まれた時より必ず一つ持っておるギフトが有る。
これを、ステータスギフトといってな自身の持つギフトなどを確認できる能力じゃ」
「どうすればいいんですか?」
「まずは、イメージすることじゃな。
そうじゃ、お主の世界のRPGとかいったかのあれのステータス画面を思い浮かべながら【コール ステータス】と唱えればよい」
「えーっと【コール ステータス】」
唱えた瞬間、目の前に半透明のウインドウの様なものが展開された。
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ナカガイ・アタル
ギフト
導きの棒
異世界言語
ステータス
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えーっと、導きの棒ってなんですか?
「ほう、面白いモノを持っているな」
「他の人にも見えるんですか?」
「見えはせんよ、お主の声が聞こえたもんでな」
「また、心を読んだんですか?」
「すまんの、余りにも大きな声じゃったから思わず聞こえてしもうた。」
「まあいいですけど、この導きの棒ってどんなギフトか分かりますか?」
「聞いたことが無いが、ギフトの名前を指で長押しすることでさらに詳しい内容が読めるので試してみてはどうじゃ?」
そんな便利機能があるんですか、ポチッと。
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導きの棒
自身の目的とする場所や事柄へと導く
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なんだこれ、漠然としすぎだろ!ってか、今までの人生から考えてこの能力ってこっち来る前から持ってたっぽいな。
と言うことは、この世界に来て取得したのは【異世界言語】【ステータス】の二つだけってことなんだろう。
まぁ、貰えないって言ってた割に生活必需品的ギフトだけは貰えたからよしとしておこうか。
甘いだろうか?
多分、甘い。甘々だと思うが過ぎてしまったことに一々どうこう言っても仕方ない。
アイツは別だが。
「なるほどのう、そのギフトが有ったからこうしてお主と巡り合ったというわけか」
「そうなんですか?」
「そうであろう、お主の話に出てきた道を進んでいたら今日中に町に着くこともなかったし、もしかしたら魔物に襲われていたかもしれん」
「え?魔物?魔物ってあの魔物ですか?」
「ああ、この世界にはお主がやっていてゲームに出てくるような魔物がおるよ。
かく言うワシもその魔物に属するものじゃ」
「え、えぇぇぇぇぇぇ!」
「なんじゃ、五月蠅いのぉ、何をいまさら驚いとるんじゃ?」
「だって、話が出来るからってっきりまた違ったくくりの生物かと思ってました」
「お主の中で魔物の位置づけがどうなっとるかはイマイチ分からんが、この世界では魔力持った人種以外を魔物と呼んでおるのじゃ」
「そうなんですか、てっきり邪悪な魔王とかが居てそれが統括する魔の生き物みたいなものかと思いました。」
「なるほどの、邪悪な魔王と来たか笑えるのぉ」
「へ?」
「人種はワシら魔物を体内魔力の総量によってランク分けしとるんじゃが。
下から、下位、中位、上位、魔王と大まかに分けておってのソレに当てはめるとワシは魔王といったところかの」
「は?」
「そんなに驚くな、ただ長く生きていただけじゃ。
長く生きていればそれだけ体内の魔力量が増える。
ましてこの泉は、水に含まれる魔力濃度が凄く高いからの」
色々と驚きっぱなしだが何とか心を静めて話を続ける。
空が白み始めたころには、エルムさんとはすっかり打ち解けて今は、彼の腹の上をベット代わりに借りることに成功した。
もっとゴツゴツしているのかと思ったが、驚くほど柔らかいのだ。
彼も昼まで眠るそうなので一緒に寝ることにしたのだ。
目を閉じると一気に意識が遠のいていくのを感じる。
夢を見た。
自分を別の視点から観察している夢だ。
得意先とトラブルが有ったようで謝罪に出るようだ。
確かこれは、先月の出来事だったな。
慌てて部屋を出る自分。
場面は変わり今度は自分の部屋でゲームをしている。
ゲーム画面には、例の王様が写っていた。
夢の中の自分は素直に「はい」を選びそのままゲームを進めているようだ。
ゲームはたいした見せ場もなく淡々と進んでいきエンディングを迎える。
後悔しているのだろうか?
あの時「いいえ」を選んでしまった自分の選択を
いや、あれが有ったからこそこの世界に来ることが出来たんだ。
まだ初日じゃないか、何を弱気になってるんだ。
窓から差し込む光で目を覚ます。
如何やら、ゲーム中に寝落ちしてしまっていたようで体の節々が痛い。
やはりあれは夢だったのだろうか?
もうどこからが夢なのかも定かではないが、ゲーム中に寝てしまったからあんなモノを見てしまったのだろう。
時計を見ると、7時10分を指していた。家を出る時間まであと1時間と言うところだ。
慌てて顔を洗い歯を磨き、朝食の用意に取り掛かる。
簡単な料理を作り、机の上に並べニュースでも見ようかとテレビを見た。
「…ウソだろ」
そこには、まだゲームの画面が写っていてドット絵で書かれた大きな象がこっちを見て
「お前には、此方の世界はまだ早いようだ。
すまんが勝手にワシの魔力でお主を送り返させてもらった。
いつかお主が、力を付けてこちらの世界を救ってくれることをワシも望んでおる。
それでは、また会おう生涯の友アタルよ」
とメッセージウインドウに表示された後、此方が気付くのを待っていたかのようにゆっくりと画面がフェードアウトしていき真っ暗になる。
本体に挿さったソフトのロゴ部分は真っ白になっていて、もう一度電源を入れても何の反応もしなかった。
まさかとは思いながらも【コール ステータス】と唱えると
「…マジか、…夢じゃなかったのか」
あの世界で見たモノと同じ、半透明の板に名前とギフトが表示される。
だがしかし、今は仕事へ向かう準備をしなければ。
さっと食事を済ませて、シャワーを浴び汗を流してスーツに着替える。
出発時間の5分前に準備を終えると再度持ち物点検を済ませて家を出る。
バス停までダッシュで行って丁度来ていたバスに乗り込む。
今日仕事を終えたらあのゲームショップの店主にアジェスティムのことを聞かなければ。
そうして、俺こと中貝中の人生の方向性は大きく軌道がそれていつしか異世界で勇者と呼ばれることになるのであったが、それはまた別のお話。
如何だったでしょうか?
楽しんでいただけたなら幸いです。
もしよろしかったら、他の作品も読んでみてください。




