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手渡しのブーケ  作者: 清水大地
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第3話 あさがお:はかない恋1


時間の長さなんて関係なかった。


たった1日だけしか会わなくとも、気持ちを盗まれてしまえば、それから何日経っても消えないものだ。


今日もまた、翔は昼間ぐらいの時間に目覚め、リビングへ向かった。


だらだらした毎日を過ごしていたら、ゆうたと会ってからもう1週間が経っていた。


そこまで気持ちが沈んでいないのは、何故か今でも連絡を取り続けているからである。


普通、一緒にご飯へ行った後、大人コースへコマが進まなければ相手に興味がないということを示している。


連絡が来るということは、自分に少なからず興味があるのかと思い上がってしまう。


しかし、特に好意を寄せている素振りも見せず、不思議な関係のまま内容のないメールを繰り返していた。


ゆうたが一体何を考えていおるのか分からず、浮いた気持ちと沈んだ気持ちがぐしゃぐしゃに混ざり、なんとも複雑な気持ちのまま1週間を過ごしていた。


眉間にしわの跡ができたのも、ここ何日か悩んでいる証拠である。


朝にどちらともなく「おはよう」とメールを打ち、寝る前には「おやすみ」のメールでしめる。


好きだとか、また会おうという単語は一切出ず、もしかしたら、翔のことを気に入っているのかと、一瞬でも気を許して思った日には、自分を呪うと決めている。


そうでなかった場合のショックの大きさをよく分かっているからである。


臆病である性格の表れだ。


ふと、日曜日のことを思い返しては、深いため息をつき、首を横に振って現実に無理やり引き戻す。


あんなに「普通」の男のようなゲイは見たことがなかった。


おおらかで豪快に笑う姿を思い返してはくすっと笑い、あの日何も起こらなかった理由を考えては落ち込むことを繰り返す。


とても楽しかった思い出なだけに、考えることも多くなる。


なんともじめっとした日々を繰り返していた。


しかし、今日は重たい気持ちを持ち上げ学校へ向かわなければならない。


夏休みが空けたらすぐに文化祭が始まるからだ。


翔のクラスでは劇をやるらしいが、みんなが話し合っている間、蚊帳の外でぼーっとしていたので、どんな劇をやるのか全く知らない。


青春を謳歌しようとしている人たちが、熱心に台本作りやら、セットの準備やらを計画しているらしい。


今日、教室で誰がどんな役割を任されているのか文化祭実行委員会から発表される。


まあ、どうせ自分は照明係りや脇役などの地味な役割が回ってくるのだろう。


夏休みともあろうのに、何日か通ってその準備をしなければならない。


クラスの人とあまりつるまない翔にとっては向かう足取りは重くなるが、生真面目な性格なゆえ、サボる道は選べない。


しばらくクローゼットにしまっていた制服は、押し入れの匂いをまとっていた。


お気に入りの甘い香りがする女性用ボディミストを体にまぶし、華奢な体にカバンを背負い相変わらずの汗っかきを晒しながら家を出た。


夏のにぎやかな風が吹いており、目を閉じすっと香りをかぐと小学校のころまだ友達が多く、夏休みに毎日のように公園で遊んでいた思い出が蘇る。


爽やかな風が汗にひっつくTシャツを大胆に剥がそうとしている。


馴染みの道をいつもの歩幅で歩いていると、近所の腰の曲がったおじいさんがアサガオに水をあげていた。


花は自分へのメッセージ。


今の自分の気持ちや、欲しい言葉を教えてくれる。


アサガオの花言葉は「はかない恋」。


夏の暑さに負けてしおれている花と目が合い、とっさにそらして駅へと急いだ。


都会の電車は常に人が集まっている。


ドア付近の端に寄りかかり、周りの目は気にせずスマートフォンの画面に熱中した。


いつもの通学時のスタイルである。


友達が少ない分、普段は家族以外とメールをすることはない。


ゆうたとのメールを始めてから、ブックマークしてるサイトはほとんど行かなくなった。


その代わり、一字一句悩みに悩むことが増えた。



返信はまだかまだかと、待っている自分は完全に恋する乙女。


期待している自分と電源を消す自分が毎日、一分単位で論争している。


ひとつ、ひとつの文字に注意し、絵文字にも気をつけてしまう。


揺られる電車内は見慣れた夏休み前の光景で、ちらほら学校で見かけたことのある学生がいた。


彼らに自分の存在を少しでも見られたくなかったため、最寄り駅に着くまではずっと下をうつむき気配を消した。


誰かの視線を感じては、何か言われているのではないかと、恐怖の冷たい熱がじわっと体中に流れ出す。


周りで学生同士の笑い声が聞こえる度に、翔の話をされているのではないかと怯えてしまう。


本当は自分のことを分かってもらいたいのに、周りの奴らは自分のことなんて分かってくれないと、居心地の良い殻の中で様子を伺っている。


駅に着くと学生が一斉に降り、タイミングを見計らって最後になるようギリギリに降りた。


うねうねとした熱気をコンクリートから感じながら、学校までの道をスタスタと歩いていると、いきなり後ろからドンっと何かがぶつかった。


華奢な体が一瞬よろめき、びくびくしながら振り返ると顔なじみの顔があった。


「よ!」


ほっと安心した。


高校で数少ない友人の一人、未來だ。


中学が一緒で、クラスは一度も一緒になったことはないが、同じ高校ということで会えば挨拶をしてくれる。


遊んだりする仲ではないが、唯一高校で心を許せる存在だ。


「なんだお前か。びっくりさせないで」


冷たく対応してしまうが、内心話しかけられてとても嬉しい。


しかし、そんな気持ちは恥ずかし過ぎて相手に悟られないよう必死に普通を装う。


未來は底抜けに明るく、おしゃべりが大好きで、たくさんの友達を引き連れて歩いているのをよく見かける。


廊下ですれ違う時、翔はいつもひとりで歩いているがゆえ、声をかけずらく気づかないフリをして通り過ぎようとする。


しかし、そんな翔の羞恥心をハエのように蹴散らし、土足で挨拶をしてきてくれる。


その度に、迷惑そうな対応をとってしまうが、話した後はこっそりニヤついては強引に平常心に戻す。


何故こんな自分を気にかけてくれているのかは、未だに謎である。


「あんた今日も相変わらず暗い顔してるわね!」


きゃっきゃとテンションの高いトーンで話されると、何故同じ人間なのにこんなにも違う生き物に見えるのかとつくづく感じる。


「夏休みにわざわざ学校なんてめんどくさいじゃん」


「夏休みなのにみんなに会えるし最高じゃん!文化祭とか超楽しみだし!」


「僕が友達少ないの知ってるだろ?」


「それはあんたが作ろうとしないからでしょ!まったく!」


顔の筋肉を最大限に活用し、コロコロと表情を変えている。


長い髪をなびかせながら歩く姿は、翔から見ても綺麗で素敵だなと思える。


それなのに、翔が知る限り、彼氏はできていないらしい。


まあ、高校からの知識だから今まではいたのかもしれない。


本当はこっそり女子高生彼氏ありの勝ち組生活を送っているのかのかもしれない。


特に深い会話をすることがないので、お互いに知らないことの方が多い。


もちろん、翔がゲイであることも未來は知らない。


「じゃああたし、早めに行って準備しなきゃだから先行くね!」


「あ、うん。分かった」


未來は屈託のない笑みを見せ、ぱんぱんに入ったカバンをタフに抱え、急ぎ足で学校へ向かって行った。


途中振り返り、翔の姿を一瞬みとっていたが、うつむいて歩いている翔は気づかないでいた。



校門に着くと、文化祭準備の活気に圧倒された。


「柊祭」と大きく書かれた看板と、各教室の窓に貼られた楽しそうなメッセージ。


全く楽しみではなかったのに、お祭り前のわくわく感が孤独とにじみ出てきた。


翔の高校では、校門を抜けた広場に大きな柊の木がどっしりと構えており、この木がモチーフとなっている。


廊下はカラフルな飾りが垂れ下がっており、壁にはお化け屋敷や劇に合わせた装飾が、更に文化祭感を引き立たせていた。


いつも以上に賑やかな廊下を、隙間を縫って自分の教室へと向かった。


手短に深呼吸をしたら、ホコリの被った勇気を奥から引っ張り出し、教室の扉を開けた。


開いた瞬間、ペンキの匂いが鼻に突撃し、くらっとした。


机と椅子を後ろの方に寄せ、制服を崩した男子とハメを外した女子が、楽しそうに何かを塗っていた。


みんな翔の存在になんとなく気づいているようであったが、いつものように誰からも挨拶はされなかった。


翔の方がふさぎ込んでいるので、自分が招いた結果であるがやはり孤独感は拭えない。

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