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手渡しのブーケ  作者: 清水大地
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第2話 ひまわり:憧れ1


セミの鳴き声で目が覚める日々が訪れた。


外はすっかり真夏モード。


もわっとした生暖かい空気が部屋中に漂う。


高校2年の夏休みは、受験勉強をすることもなく、部活動に入っていない翔にとっては、無限に続く怠惰な毎日の始まりでもあった。


友人なんていらない。


誰も本当の自分を分かってくれないのだから。


眠い目をこすりながら起き上がり、窓の方に目をやるとひまわりがさんさんとふる太陽の光を全身に浴びていた。


「ピンポーン」


睡眠を欲していた体中の細胞が一気に目覚めた。


そうだ。


今日だ。


「ふー。あっついなー、ただいまー」


懐かしい甲高い声が玄関に活気をもたらした。


ベッドを飛び出し玄関まで走ると、白いワンピースにぽっこりした大きなお腹の美奈がいた。


「おかえり。妊婦さんなんだから、わざわざ来なくてもいのに」


久しぶりの弟の姿に、ひまわりのような笑顔を見せる美奈。


何事にも冷めている翔にとって、人を惹きつける美奈の存在は憧れであった。


それは今でも同じである。


そして、毎日面倒を見てくれ可愛がってくれた姉は、とても信頼している。


美奈なら本当の『僕』を分かってくれるかもしれない。


いや、分かってくれるはずだ。


そんな期待を持たせてくれる美奈の存在は、翔にとっては唯一の救いだ。


リビングに着くなり美奈は、豪快に麦茶を一気飲みした。


その姿は来月赤ちゃんを産む妊婦には到底見えない。


「ねえねえ、赤ちゃん何日に産まれそうなの?」


体を前のめりにし、新しい生命の誕生に興味津々である。


「そうねー、来月の10日が予定日だけど、最後は赤ちゃんのきまぐれなのよね」


喋った後にカラッと笑う癖も変わらない。


母さんが何か世間話をしているが、そんなことは耳に入らず、お腹ばかり見てしまった。


新しい生命の誕生、楽しみで仕方ない。


それから夕方まで、翔は美奈と喋り倒した。


学校で喋る一生分は喋った。


旦那さんとの生活は、とても楽しいということ。


とくに、寝起きが悪くて困っているということ。


赤ちゃんがお腹に出来てから、家事を手伝うようになってくれたこと。


赤ちゃんは女の子なので、今からいろんな人形を買い集めていること。


いろんなことを話してくれた。


美奈が帰ってから、部屋は活気のある余韻が残っていた。


ベッドで今日の話のことを思い出してはニヤニヤした。


それでも耐えられず、ついに一筋の涙がこぼれた。


気づかないように、奥の方に押し込んでいた感情が、ぽつり、またぽつりと溢れてきた。


翔には叶うことのできない幸せを目の当たりにし、ゲイである劣等感がどんどん押し寄せてきた。


自分の心に嘘をつくことはできない。


楽しく聞いていた自分と、本音を気づかないようにしていた自分が共存していたが、もう耳をふさぐことはできなくなった。


両手を顔にあて、溢れた感情を本能のまま流した。


網膜の暗闇に映るのは、太陽のような笑顔の美奈と、端で眺めている心から祝福できていない弱い自分。


嫉妬をしているわけではない。


ただ、誰かにこの想いを聞いて欲しい。


誰かに『僕自身』を認めて欲しい。


好きな人ができたら、みんなに祝福されたい。


子供はできなくとも、素敵な家庭を築き上げていきたい。


誰かにおめでとうと言われたい。


こじんまりした部屋に、嗚咽混じりの泣き声が響き渡った。


不安と孤独、偽りの世界、華やかな幸せと期待、いろんな感情が混ざり合って汚い色が心のパレットに溜まっていった。


キャンパスに塗るならどんな絵だろうか。


自分より大きく、優しい顔をした男性と、その隣にいる満面な笑みの自分、仲良く手をつなぎ幸せな風景。


それでも色はやっぱりくすんだ汚い色。


未来は本当に明るいのだろうか。


不安どんどんが押し込んでくる。


夏はこれからというのに、重たい心持ちである。


ピロリン、と着信音が空気を裂いた。


涙で溢れた目をこすり、部屋に置いてけぼりにしていたスマートフォンを手に取った。


さっき連絡を取った、ゆうたからだった。


顔画像しか見ていなかったためプロフィールをよくじっくり読んだ。


身長は翔よりも12cmも低い。


年齢は12歳年上の29歳。


顔画像だけを見てメッセージを取る気になったが、理想とかけ離れたプロフィールであった。


だが、翔はもう誰でも良かった。


心の隙間を埋めてくれる人であれば。


半分やけくそである。


今までのメッセージのやり取りを確認した。


「メッセージありがとう。俺は板橋区の大山駅に一人暮らしです」


「近いですね。僕は池袋駅です」


「お、ではご飯でも行きましょう」


「そうですね、僕でよかったら是非行きましょう」


「今週だといつ空いてますか?」


「今は夏休みなので。いつでも大丈夫です。ゆうたさんに合わせます」


「では、今週の日曜日、池袋に19時で大丈夫ですか?」


 、、、、、、大丈夫です、、、、と、、、、、、、


「!?」


壁に貼ってあるカレンダーに飛びついた。


今日は土曜日、、、、、、、明日だ。


夏休みボケで曜日感覚を失っていて気づかなかったが、明日会うことになっていたらしい。


ここにきて、翔は悩んだ。


基本的に人と話すことが苦手な上、人と会うことに億劫になっていた。


タイプな人が相手なら、なおさら嫌われるのが怖い。


直前になって急に行く気力が失せてしまった。


「すみません。明日急に用事が入ってしまいま、、、、」


ふと、手が止まった。


家庭を持ち、「愛」の幸せを掴んだ美奈の顔が浮かんだ。


あの、幸せそうな世界に、足を踏み込んでみたい。


愛の幸せというものを知りたい。


誰もが経験している恋愛をしてみたい。


ひまわりの花言葉は「あこがれ」。


明るく、生きる力をみなぎらせた美奈がひまわりなら、翔は黄色いバラ。


同じ黄色でも、花言葉は「嫉妬」。


美奈含め、街で手をつないで歩いているカップル全員に嫉妬をしてしまう。


そんな自分には、もう、うんざりしていた。


最初にメッセージを送った時の、誰でもいいやという気持ち。


この孤独を埋めてくれる人であれば。


それが儚い恋愛だとしても。


その気持ちが徐々に蘇ってきた。


やはり、明日は会ってみよう。


ネットを経由しての出会いは正直、まだ躊躇している。


よくネットニュースで見るのは、悪いニュースばかりだからだ。


しかし、ゲイにとって出会いはネットが全てだ。


運良く学校や、会社で出会った相手と付き合う同性愛者もなかにはいる。


しかし、それは小説やアニメの製作者が考えた妄想で、実際にあったとしてもそれはごくごく稀なケースである。


それゆえ、ネットでの出会いを拒否することはこれから一生孤独で生きるという烙印を押したことになる。


窓辺では、ひまわりが徐々にうつむき始め、まるで翔の気持ちを具現化しているようだった。


セミの鳴き声と、オレンジに照らす夏の夕暮れは、何故こんなにも人をセンチメンタルにさせるのだろう。


明りを消しているせいか、部屋全体がセピア写真のフレームに収まっているようだった。


次の日の朝、翔はいつもよりも早く目が覚めてしまった。


誰かと出会う日の朝は、恥ずかしながらいつも緊張して目が覚める。


そわそわして起き上がると、まず鏡に向かって顔をすみずみまでチェックした。


期待していないと言いつつ、やはり人に会うときはそれなりの格好を心がける。


スマートフォンを取りメッセージを確認すると、12時、池袋駅の東口に集合とのこと。


相手はどんな格好で来るのだろうか。


どんな性格なのだろう。


シンデレラを迎えに来る王子様ではなくとも、この冷めきった気持ちを変えてくれる人であったらいい。


楽しみ半分、不安半分のモヤモヤした気持ちのまま、早めの朝食をとった。


まだ家族は誰も起きていなかった。


食パンを焼いて小麦の香ばしい匂いを感じながら、無心で口に運んだ。


窓の方をぼーっと眺めていると、昨晩は雲が一面に敷き詰められていたが、狭い隙間をぬって一筋に光る太陽の滝を見つけた。


家を出るまでの時間、宿題をのんびり進めることにしたが、そわそわした気持ちでは集中力が続かないことはなんとなく気づいていた。


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