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エリザ(ELIZA) 第三章

木の葉がゆるやかに赤や黄色へ色を変え、人々の目を楽しませた後、徐々に枯れて季節は冬になった。昼間でも凍えるような寒さの日が続き、博士は森の中にひとり籠もっていた。


リサやジャンがこのところ家に訪れて来ていないのも、寒いからだと納得していた。工場からの注文は相変わらず矢継ぎ早に舞い込んでいたが、一人で作っていることもあり、蓄えも十分にあるので、納期にかなり余裕を持たせてもらって取り組んでいた。次のロボットの納期は数ヶ月も先だった。




数週間家の中に籠もった後、食料が尽きそうになり、博士は森を出て街の中心地へ出掛けた。商店は開いていたが、どこか活気がなかった。




聞けば、伝染病が流行っているという。




老人や幼い子どもが最初に倒れ、最近では若者でも倒れる者が出てきている。紫色の斑点が体に現れ、体の自由が奪われ死に至る病で、遠方からも医者を呼んだが原因が分からない。街は絶望と、混乱に陥っていた。




博士は買い物もそこそこに、リサとジャンの家を訪れた。子どもである2人の体が心配だった。


2人は無事だったが、ジャンの父親が病に掛かっていた。発症は昨晩で罹ったばかりだということだったが、ジャンの憔悴振りは見る者が辛くなるほどだった。




「父さんのことが心配だけど、伝染るからって会わせてもらえないんだ」ジャンは悔しそうに歯噛みした。


隔離されているのはジャンの父親だけでなく、感染が分かった者は街の外れにある廃校舎を利用して臨時に設置された隔離施設に移動させられていた。


感染を広げないためには有効な措置だが、残された家族も患者本人も心細いことこの上ない。隔離施設に1台しか設けられていない電話は常に使用中となり、動けない患者は看護師に代理で手紙を書いてくれるよう頼んだ。




遠方から来た医者も未知の病に匙を投げ、シャーレに菌を取り、病人から採血をした後で「大病院で原因を探る」と告げたまま、どこかへ消えてしまった。今は、昔からいる老医者と、何人かの看護師で隔離施設での看病が続けられているという。




博士が森の中の家に籠もっている間に事態は悪化の一途を辿っており、街には政府から戒厳令が敷かれ、街の外への外出が禁じられた。また、観光客の足も止まり、半月ほど前から街は封鎖されている状態にあるという。




郵便で通知が来たはずだ、と商店の婦人から言われた時、博士は郵便受けに突き刺されたままになっている書類の束のことを思い浮かべた。あの中のどれかが、その通知だったのだろう。




ジャンは博士に会ったあと、父親の病気の快復を祈るからと、大聖堂に向かっていった。博士にとってもジャンの父親とは仕事仲間であり、親しくしている少ない知人の一人である。博士はジャンと連れ立って、街の大聖堂へ向かった。








大聖堂は、無残に破壊されていた。




博士は信仰深い性質ではないが、神に祈りを捧げる習慣はある。ステンドグラスが割られ、マリア像の首が落とされ、パイプオルガンが壊された痛ましい教会の姿に博士は言葉を詰まらせた。




リサとジャンから聞いたところによると、病気が発生して2週間ほど経った頃、伝染病は隆盛を極め、感染した乳幼児と老人のほぼ全てが死に至ったのだという。


自分の子どもや、親の病気快復を願って祈りを捧げていた民衆は絶望した。次に湧いてきたのは、教会への、神への怒りだった。




「神は何も救ってくれないじゃないか!」


「自分達が何をしたっていうんだ!」




暴徒と化した一部の住人が大聖堂を破壊し、神父を責めた。ありがたい説教など何の意味もなかった、神は無益だと。




神父は無言のまま川に身を投げ、戻らぬ人となった。




暴徒は良識ある人々によって沈静化され、数週間経った今は大聖堂の破壊が嘆かれるばかりである。






「父さんの病気がよくなりますように」ジャンは鎮痛な面持ちで、首のないマリア像に向けて祈った。


リサも同じ祈りの姿勢を取り、無言で祈っている。博士もそれに倣った。呑気に森の中で過ごしている間に、街がこのような事態に陥っていたとは。博士は何も知らない自分を恥ずかしく思った。

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