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エリザ(ELIZA) 第二章

博士の作るロボットの一部には、大きな特徴がある。人の形をしているのだ。




作るロボットの大半は、作業用ロボットであり、人の形は模していない。用途に応じてアームが付いていたり、プレス機になっていたりと様々な形をしている。




この街の工場で作る製品は大きく分けてガラスと鉄に分かれており、博士は鉄製品を作る工場へ納入するロボットを多く作っている。ガラス工場には、街の外からも見学者が多く訪れ、見学ツアーを組み、見学料を取ったり、おみやげのガラス製品を売ったりして貴重な収入源を得ていた。




ガラス工場の隆盛を羨んだ鉄製品工場の工場長が、博士に「見世物に出来るようなロボットを作ってくれ」と頼んだことが、人の形を模したロボットを工場のために作るきっかけになった。


博士は驚くほど器用に美しい人型のロボットを作り、工場のラインに並ばせたり、受付嬢や工場案内用に設置、スピーカーで音声を流すことで鉄製品の工場にも見学者が流れ込むようになった。




一方でガラス工場の見学者も減ることがなかったのは、博士が少しずつガラス工場からの発注も請け負い、双方に人型のロボットを置いたからであった。旅行会社は「ロボット工場見学ツアー」を組み、見学者はガラス工場、鉄工場を回り、人気を博し、工場は双方ともに活気を増していった。




「博士の作るロボットには、なんかこう、心が宿っている感じがするよな」


大声でジャンの父親が言った。博士が仕事の打ち合わせのために、鉄工場に足を運んだ時のことだった。


「ものも言わねえで働いているだけなんだけどさ、顔をじっと見ていると心が通じあってる気がするんだよ」


大柄の50代半ばの男性だった。ジャンは父親が壮年の終わりに差し掛かるころに出来た子どもだった。父親の躾は厳しいが、ジャンを見れば愛情を持って育てられていることが分かる。




「博士、こいつはね、案内嬢のロボットに名前まで付けてるんだぜ。いい年した親父がさ」ジャンの父の同僚がからかうように言った。


「いいじゃねえか!息子が付けたんだよ。情も湧くってもんさ。実際、俺の息子は気づけばよくロボットの顔を見ている。博士のロボットは人間と相違ねえほどよく出来ているが、息子はロボットの顔は人間でも人形でもねえ、不思議なもんなんだってよく言ってるぜ」


なんだそりゃ難しいな、とジャンの父親の同僚が笑い、工場労働者の2人は次のロボット制作を博士に頼んで仕事に戻って行った。




博士ははにかんで2人に「可愛がってやって下さい。愛情は伝わりますよ」とだけ告げた。博士は人の形をしたロボットを作る時、人に可能な限り近付けるように、細部に渡って造形の作り込みをしている。洋服で見えないだろうと思われる部分でも、手抜きはしない。神は細部に宿る、とガラス工芸の職人から言われた言葉が胸に刺さり、それ以来、人に見せるためだけでなく、人形のために細かい技巧を凝らしていた。人形に神が宿れば、何になるのだろうか。博士はそれが知りたいと思っていた。




鉄工場から家に帰り、博士はまた地下室に籠もった。


地下室は、リサに片付けているとは言ったものの、やはり雑然としていた。今取り組んでいる工場用ロボットが数台並んでいたが、広い地下室の奥には女性に模した人型ロボットがベッドに1台、寝かされていた。黒髪で、白い肌に赤い唇、長い睫毛をしている。昼間、リサとジャンに見せた女性の姿によく似ていたが、完成しているのは顔だけで、体はロボットらしい金属の部品が顔を覗かせていた。体の内部は複雑に入り組んでいて、部品の形が不自然にひしゃげている部分が多かった。工場に並んでいるロボットとは明らかに一線を画している。




ジャンがロボットの顔を指して、人間でも人形でもない、と形容した事が博士はただ気になっていた。


人の形をした悲しい生き物。人間にも人形にもなれない。そんな言葉が、博士の頭に浮かんでは消えてゆく。




博士が作る人形は、女性が多い。男性ばかりの職場に置き、観光客に見せるために作られるので女性型の人気が高く、発注元の工場長が女性型を指定して注文するのだ。




博士が女性型のロボットを作っていると聞いた女性からは、当初、博士のことを気持ちが悪いと囁いていた女性も少なからず存在した。人形作りは男子一生の仕事としては、あまりに女々しく、また、男が女の体を細部に渡って作っていくことを想像して、気持ちが悪いと感じたのだろう。




だがそんな女性達も、見物客に交じって、また自分の夫の職場に行くついでに博士が作った人型ロボットを見ると、あまりに精巧な出来栄えに息を飲んだ。そして徐々に博士の人形への純粋な愛情を理解し、尊敬の眼差しを向けるようになった。一重には、博士の人柄がそうさせた部分も大いにあるだろう。




博士は、エリザが倒れたその日からこのベッドの上で静かに格闘を続けていた。


誰の目にも触れることなく。


ひたすらに、時間を捧げて。


ある時は、「僕に師匠のような技術があれば」と地下室の中を頭を抱えて歩き回った。


ある時は、「いつかは君を完璧に作り直してみせる」と人形の前で誓った。




博士の悠久の時間は続いていった。

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