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やはり彼がおかしい



 彼は、幼い頃から隠し事が大の苦手だった。


 外では素直なりに色々と取り繕ってもいたようだが、自宅である屋敷の中ではその単純な性格が透けて滲んでいた。

 私は、そんな彼が隠し事や秘密を持ってもすぐに気付いた。明らかに挙動不審になるからだ。それが、私に対する秘密ならば、尚の事。


 だからこそ、私は彼の事を何でも分かっているつもりだった。ある種の傲慢さであるとは理解しているが、それでも確かに、彼に対して分からない事は少なかった。恋というものは何とも恐ろしく、私は四六時中彼を目で追い、彼の事ばかりを考えていたのだから。

 その性格がどんなに捻じれて、嘘の笑顔ばかり浮かべるようになっても、その裏に隠れる彼の苛立ちや悲しみまできちんと感じていたつもりだ。それなのに、









「私には誠一郎様が分からない」


 今の彼が何を考えているのか、さっぱり理解出来なかった。こんな事は初めてで、私は自分でも呆れてしまいたくなるほど動揺している。

 私に質問を重ねて来たと思えば、今度は何もかも嫌だと拒絶し、しかし自分の中で何かに納得するとあっさり仕事へ向かった。それ以来、変な我儘を口にすることもない。


 そして今、誠一郎様は気持ち悪いくらい私に優しかった。


 私のする事成す事全てを気に掛け、気遣ってくれる。重い物を持っていれば、使用人は私の方であるのにそれをあっさりと私から奪って代わりに運んでくれた。視線を感じて振り返れば、今度は優しく微笑まれるようになった。向けられた類のないその笑顔に、正直少々鳥肌が立ったのは流石に失礼過ぎるので秘密である。


 更に、暇な時間に私を呼び付けるようになった。しかし、何か仕事がある訳ではなく、例えばホームシアターで映画を観る彼の隣に座らされ、一緒に観賞する事を強制された。

 おかしい。明らかにおかしい。こんなのは私の知っている誠一郎様では無い。


『君も中々難儀な性格をしているよね』


 動揺の余り、綾瀬に相談の電話をすれば、彼は笑い声を漏らしながらそんな事を口にする。冷たい微笑の似合う彼が笑い声を漏らすという事は、余程何かが彼のツボに入ったらしい。


「綾瀬、今問題なのは私の性格では無くて、誠一郎様の変貌ぶりなのだけど」

『それを変貌と言って、そうも怯えるところは君の性格の問題だと思うけど?』


 笑い声こそ収めたものの、綾瀬はやはりどこか笑みを含んだ調子でそう答える。


『素直に受け取れば良いじゃないか。優しくしてくれて嬉しい、ってね。彼を好きなら尚更そうすれば良い』


 綾瀬は軽く口にするが、そう簡単に受け止められるはずがない。私と誠一郎様の関係で、そんな優しさはこれまで一切存在していなかったのだ。幼少期こそ、共に遊んですぐそばで笑い合った事もあったが、彼の性格が破綻して以来、誠一郎様は私をあからさまに避けていた。星崎さんに恋をしてからは、私の存在が視界に入っていたかも怪しい。そして、失恋してからは周囲の全てから目と耳を塞いで、自分の殻に閉じこもっていた。

 そんな誠一郎様が過剰に私に関心を示す事自体が、異例なのだ。


「素直に受け止めるには違和感があり過ぎるわ」

『………まあ、彼の自業自得でもあるか。ああ、そうそう。そう言えば、佐久間からも僕へ連絡があったよ』

「誠一郎様が、綾瀬へ?」


 訝しみながら問い返す。高校時代、誠一郎様は何を考えているか分からない、と言って綾瀬に苦手意識を持ち、自ら近付くような事は無かった。そんな誠一郎様が、綾瀬に連絡をする。一体何事が起きたのかと、警戒した。


『なんて事はない。君との事を聞かれただけだ』

「私との?」

『君とどういう関係か、ってね。本城、君は悪い事ばかり目を向けて、それが不変だと信じているけれど、案外と自分に都合の良い変化を求めてみても良いんじゃないかい?』


 綾瀬はそう、意味深長に言葉を纏めた。彼はいつも、私に答えをくれない。けれど、綾瀬の言葉は決まって真実に近い。だから私は、彼の言葉に答えを探して頭を悩ませるのだ。


『君も素直になるべきだよ』


 綾瀬は最後にそう添えて、通話を切った。通話を終えたスマートフォンを思わず睨みつけて頭を悩ませたが、そんな事で思わせぶりな綾瀬の言葉に対する答えが見付かるはずもなかった。

 そのとき、自室にノックの音が響き、一日の仕事を終えて寝転んでいたベッドから慌てて起き上がる。私は、自ら望んで使用人としての仕事を貰っているが、戸籍こそ動かしていないものの扱いとしては養子として佐久間の家に迎え入れられた。その為、使用人部屋ではない、分不相応なほど立派な一室を与えられている。私は、返事をして慌てて立ち上がり、部屋の扉を開けた。


「麻耶」


 そこに立っていたのは、今も私の頭を悩ませ続ける誠一郎様だった。彼は不機嫌そうな顔をしていたが、それは自身の中にある迷いのようなものを誤魔化す為に浮かべているのだと分かる。こんな些細な事は分かるのに、どうして今、彼の行動や思考はあんなにも意味不明になってしまっているのだろう。


「こんな夜更けにいかが致しましたか?何か困り事でも?」


 すると、誠一郎様は居心地悪そうに目を逸らした。言いにくそうに何度か口をもごつかせてから、絞り出すように口にする。


「おまえ、クリスマスイヴは暇か?」

「は?」


 思わず間抜けな声が出た。彼にクリスマスの予定を聞かれたのは初めてだった。幼少期は当然のように共に過ごし、中学に上がる頃には、彼は毎年違う女の子と過ごすようになった。星崎さんに出会った頃は、何とか彼女と過ごせないものかと奮闘していた。そして、星崎さんが会長を選んでからは、クリスマス―――――というか、恋人同士の定番イベントをこれでもかと言うほど呪うようになっていた。


「用事があるなら、いい」

「いえ、特に用事はありませんが……」


 そう素直に答えれば、誠一郎様は途端に顔を輝かせて私の両肩を掴んだ。


「そうか!よし、じゃあ、その日はちょっと開けておいてくれ。付き合って欲しい所がある」

「それは構いませんが……」


 どちらへ?と続けようとした私の言葉には気付かず、上機嫌になった誠一郎様はおやすみ、とだけ告げて足早に立ち去って行ってしまった。

 扉を開けたままの状態で、呆然としたまま間抜けにも思わず呟いてしまう。


「一体何だって言うの」


いっそもう、その場で扉に縋りつき、脱力してしまいたかった。






読んで頂き、ありがとうございます。

こうして書いてみると、改めて麻耶が誠一郎に対し酷い。

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