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釣書は選り取り見取り





 最初にこの手を振り払われたのは、中学校に入学した頃の事だった。

 

 以前からけして素行優良とは言えなかった誠一郎様の生活態度が、目に見えて悪化した。不真面目で浮ついた態度だけではなく、女性と遊ぶ事を覚えた。

 甘く優しい言葉を極自然に口にし、にこやかで明るい彼は年頃の女の子を容易に惹きつけた。加えて、佐久間の跡取りで、遊んでばかりの割に成績も良く、スポーツは得意で、容姿にも恵まれていた。恋に恋を始める年頃の女の子にとって、憧れるにはちょうど良い存在だったようにも思う。

 その心に、女性への軽蔑さえなければ。


『ウザい』


 簡単に女性の手を取った誠一郎様は、また簡単にその手を手離してしまう。来る者拒まず去る者追わず、という言葉を体現していた。

 そんな当時の彼にとって、正論を振りかざして諌めようとする私は、さぞ鬱陶しかった事だろう。今ならばもっと他の言い方、接し方があったのではないかと考えられるが、当時の私には頭ごなしに否定することしか出来なかった。


『麻耶のその、自分が全部正しいって顔、無茶苦茶ウザい』


 当然、誠一郎様はそんな私を拒絶した。耳を傾ける事さえ嫌がり、当時は同じ屋敷内で生活していながら滅多に顔を合わせる事も無かった。私もまた、自然と彼から距離を置いた。

 誰の言葉にも耳を貸さない誠一郎様の生活はみるみる悪化していった。あの転校生、星崎梨花さんに出会うまでは。









「宍戸家のお嬢様はいかがでしょう?年は十八で未だ高校生ではございますが、凛とした雰囲気の美しい才女と伺っております。もしくは、四辻家のお嬢様とか。こちらの方は誠一郎様より二つほど年上ではいらっしゃるものの、おっとりとした可愛らしい方で、趣味はお花とお料理だそうです」

「麻耶」

「ああ、この方も大変素晴らしいお嬢様ですね。御代家の系譜に連なる方で……」

「麻耶!」


 意気揚々と釣書を読み上げていれば、肩を怒らせた誠一郎様に大きく名前を呼ばれた。忙しいと言って目を通して下さらない彼に代わり、朝食時に読み上げていると言うのに。


「何でしょうか、騒々しい」

「何でしょうか、じゃない!おまえは何をやっているんだ!俺は、結婚なんか、しない!」


 わざわざ区切りながら強調して訴えてくれる。無駄な足掻きを。


「それはようございましたね。それで、御代家の系譜の方ですが………」

「俺の話を聞けぇええ!」


 結婚しろ、したくない、この論争で私が一度でも誠一郎様のお声に耳を傾けた事があっただろうか。いい加減諦めてくれれば良いのに、強情な方である。


「セバスチャン!この釣書の山を片付けろ」

「すみません、下村さん。坊ちゃまが我儘で………」

「おまえのせいだろうが!」


 怒鳴る誠一郎様を無視して会釈をすれば、下村さんは柔和な微笑みで釣書きを抱えて片付けてくれる。いつ見ても紳士で素敵なおじ様だ。誠一郎様も下村さんくらい心に余裕を持ってくれれば良いのに………無理か。人生経験も、性格も何もかも違い過ぎる。

 気持ちを落ち着けようとするように、一度大きくわざとらしい溜息を吐いた誠一郎様は、胡乱な眼で私を眺める。先程から朝食を摂る手が進んでいない。今日は朝から大学の講義だと言っていたのに、こんなにゆっくりしていて良いのだろうか。


「おまえだって、自分の意思に関係なく結婚しろと言われたら嫌だろう」

「そのお相手が誠一郎様であれば、確かに嫌ですね」


 その場合、迷わず私は逃亡する。例え佐久間のお爺様に止められても、何とか逃げおおせようとするだろう。国内ならば佐久間の目から逃れられそうもないし、海外にでも飛ぼう。パスポートは戸棚の中にしまっておいたはずだ。

 女性に近付かれる事を嫌う癖に、女ったらしだった昔のプライドは健在なのか、私の言葉に誠一郎様は不満そうに顔を顰める。本当に勝手な人。


「けれど、誠一郎様以外がお相手で、それが佐久間のお爺様や社長のご意向ならば、私はどんな方がお相手であれ、喜んで嫁ぎましょう。そんな事で、拾って頂いた御恩に報いられるのなら」


 一人ぼっちになってしまった私を引き取り、佐久間の跡取りである誠一郎様と同等の教育と生活を与えて下さったお爺様には、感謝してもしきれるものではない。それを快く受け入れて下さった社長にもまた。

 せめて少しでもお役に立てるように、とお屋敷に慣れてからは使用人としての仕事を頂いているが、その程度の事で報いられる恩では無い。

 そんな私に、誠一郎様はひどく難しい顔をする。まるで理解できない、とでも言うようなとても歯がゆそうな顔。


「………おまえは、俺の事が好きなんじゃなかったのか」

「好きですよ。諦める事を、諦めてしまえるくらいには」


 今更どうして、と聞かれても答えに困る。私が彼を好きな事はただ当たり前の事で、付き合いが長い分短所も沢山知っているが、それでもまだ好きだと思う。いっそ嫌いになれてしまえば楽だろう。それでも私には、この恋の終わりが見えない。永遠に、好きなままなのだろうか、と途方にくれてしまいそうになってしまう。


「だからこそ、他の誰と結婚する事が出来たとしても、貴方とだけは嫌です。誠一郎様にとって私が『対象外』である事は、昔からよく存じ上げておりますもの」


 叶わない事を嘆いていたって仕方がない。足掻いていたってどうしようもない。だから私は、まるで呪うように繰り返す。


「貴方はさっさと幸せになって下されば良いのです」


 そうすれば彼の幸福を祝って、精一杯の偽善を張り付けて、私はきっと自分自身を誤魔化せる。

 誠一郎様がお幸せになられて良かった、そう言って泣いたとしても、喜びの涙だと言い張れる気がした。










読んで頂きありがとうございます。

社長は誠一郎のパパです。佐久間グループの一番大きい親会社の社長。お爺様は祖父で佐久間グループの会長。

祖父は別邸にお住まいで、パパは多忙な上に仕事に心血注ぎ過ぎにつき滅多に自宅に帰りません。



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