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再会はコーヒーで





 いつもどこか、冷たく笑う人だった。


 少し離れた所から周囲を眺め、冷静に観察していた。自身の感情は見せない癖に、他人の感情には人一倍敏感だった。何もかも見透かすような目だと思った。


『泣けば良いのに』


 彼は当然とでも言うように、私の感情の機微など全てお見通しで、その上で何の否定も励ましも口にしなかった。馬鹿だな、と優しく口にする癖に憐れみ一つ見せる事はなかった。ただ、どこか興味深そうに私を眺める。


『だって君は、自分を可哀想だとは少しも思っていないだろう?』


 それなら君は可哀想な女じゃない、いつも通りの冷静沈着な顔に、少しばかりの微笑みを乗せて彼は私をそう評す。伸ばされた手が私の頬に触れて、私は初めて、少しだけ寂しいと思った。









 大学の講義が終わり、駅前のカフェへと急ぎながら、この後の予定を考えて時間を逆算する。

 まるで全ての哀しみをぶつけるように真面目になった誠一郎様は、今日も大学の講義が終われば佐久間の会社に顔を出す。そのまま夜遅くまで会社を継ぐ為に色々と学ばれているので、帰りは遅いだろう。誠一郎様の帰りに合わせて夕食や寝室の準備をするのだが、それもそう急ぐ必要はない。

 久しぶりに顔を合わせる彼とも、ゆっくり話が出来そうだ。


「本城」


 待ち合わせ場所であるカフェに辿り着き、聞き慣れた声に呼ばれてその姿を見付ける。高校時代からの友人である、綾瀬悠紀(あやせゆうき)がそこにいた。誠一郎様とは違い、優等生然とした容姿ではあるが、彼もまた見目麗しい青年である。抑揚のない声が、微笑んでいても怜悧な印象を強くする。


「ごめんなさい、お待たせしてしまって」

「僕も今来たところだから、気にしなくて良いよ」


 綾瀬が座る奥にある席の向かいに座り、机の上を確認する。机の上には文庫本こそ置いてあるものの、飲食物は水だけでコーヒーも見当たらない。聞けば注文もまだという事で、店員を呼び、揃ってコーヒーを注文した。彼はいつも、先に店に付けばコーヒーの注文だけ済ませている人だ。それもまだだったという事は、本当にそれほど待たせていなかったようで、ほっと安堵する。


「高校を卒業してからもう随分経つけど、未だに本城と外で会うのには違和感があるね」

「高校時代は毎日顔を合わせていたものね」


 私と綾瀬は高校時代、同じ風紀委員に所属していた。生徒会に所属する事こそなかったが、綾瀬の家もかつては爵位を持っていた旧家である。家格としては彼らと同等か、それ以上だ。成績もよく生活態度にも目立った問題のなかった綾瀬は、何かと奔放で派手な生徒会役員達を諌める立場として、先生方の懇願の末に風紀委員に所属した。本人は幼馴染である生徒会長、御代尚之(みしろなおゆき)を真正面から正論で斬り捨ててやるのにちょうどいい、という理由で引き受けたそうだが。


 そんな綾瀬が、一年時共にクラス委員をしていた事が縁で、私に誘いを掛けてくれたのだ。その為、放課後は毎日顔を合わせ、結構な時間を共に過ごしていた。


「懐かしい。綾瀬が何かと会長を挑発するから、気が気じゃなかったわ」

「嘘吐き。いつも涼しい顔をしていた癖に」

「冷静で在りたい、と努めていただけよ」


 事実、当時の私は色んな事に気を揉んでいたような気がする。幼馴染で在りながら御代尚之と綾瀬は顔を合わせる度に一触即発の雰囲気を醸し出し、その脇では誠一郎様が何とか片想いの彼女の気を惹けないものかと見当違いな頑張りを見せていた。目立つ人間が多かった分、騒ぎも大きくなりやすく、度々その収拾に走り回っていたものだ

 生徒会の面々も、彼女が転校してくるまでは、けして円満と言える仲ではなかった。


「会長と言えば………星崎さんとは変わらず睦まじくていらっしゃるの?」


 星崎梨花(ほしざきりか)、誠一郎様の初恋の相手である転校生の少女の名前だ。生徒達の憧れの的であった生徒会長の心を射止めた少女の存在は、当然の如く学院内で話題となった。それは当然良い噂ばかりではなく、どちらかと言うと彼女を妬んで貶める内容がほとんどで、何度か彼女が受けた嫌がらせの後始末に風紀委員として動いた事がある。


 結局は生徒会長が彼女に手を出せば自分が許さない、と全校生徒の前で宣言し、自体は収束したが。家同士の付き合いがその後の人生を左右するあの学院の生徒にとって、御代家の御曹司を敵に回す事は、自殺行為でしかない。良くて一家離散だ。


「星崎か。佐久間と何かあったのかい?」


 何気ない世間話のつもりで振った星崎さんの話題を受け、何故か綾瀬はにんまりと笑みを深くした。何もかも見透かすような顔だった。彼は時折こうして、酷く意地悪そうな顔をする。


「どうして、そこで誠一郎様が出て来るのかしら?」

「君は基本的に星崎の話題を好まない。好きな男の好きな女だ。それも当然だろう。そんな君が星崎の名前を出すとき、決まって佐久間が絡んでいる」


 私の恋情も嫉妬心も何もかも理解している綾瀬は、こういうときとても厄介だと思う。一言だって自ら告げた事などないのに、綾瀬はいつの間にか見抜いているのだ。


「………告白しただけ」

「へえ、意外だ。本城は一生言わないつもりだと思っていたよ。で、返事は?」

「聞いてない。答えなんて元々いらなかったし、何より誠一郎様が『おまえも所詮女だったのか』と怯えてそれ所じゃないわ」


 すると、綾瀬は珍しく大きく目を見開いて、次いで小さな笑みを漏らし始めた。いつも冷静沈着を絵に描いたような彼が肩まで揺すっている姿は、非常に稀である。


「難儀な恋だね。ただ、答えがいらないのなら、告白なんてしない方が良かったんじゃないかい?彼の精神衛生上」

「それは私も後悔しているわ。売り言葉に買い言葉だったの」


 恋愛対象外扱いをされるだけならば、いつもの事だと割り切れた。ただ、それを理由に嫁に来いと言われた事だけがどうしても許せなかった。私の勝手だけれど、どれほど残酷な事を言っているのかと理解して欲しかった。

 そんな私に向けて、綾瀬は微笑む。私が知る限り、一番優しい顔だった。まるで、慈しむような。


「だから、僕にしておけば良かったのに」


 綾瀬はそう、ぬるま湯のような心地良さで、私を誘惑する。彼は私に恋をしていない。あくまで、私達の間にあるのは友情から来る親しみだった。けれど、自身の人生に恋愛を求めない綾瀬は、魅力的な女性よりも、友人として信頼を置いてくれている私に価値を見出してくれたようだった。


「僕と君ならお互いを尊重し合い、幸せになれるだろう。僕は君の人間性を非常に好ましく思っているし、それは君も同じだと自負している」


 綾瀬と過ごす日常を思い出し、共に生きる人生を想像する。相手の事を心から信頼し、穏やかで、安らかな日々を送る事が出来るだろう。それは、彼の言うように掛け替えのない幸福だ。けれど、私は―――――――


「けれど、君は穏やかな幸福よりも、切なく苦しい恋を選ぶんだね」


 彼はけして私を憐れまない。例え叶わない恋をしていても、それを納得して受け入れていると理解しているからだ。この片想いは、私の勝手なのだ。


「本城は今後も、自ら望んで幸福を手離すだろう。それでも僕は、友人としていつでも君の幸せを願っているよ」


 綾瀬はいつも、私の事を何もかも見透かすように語る。だからこそ、彼は一言だって慰めを口にしない。

諦めるなとも、諦めろとも言わない友の優しさが、私にとって何よりも得難い宝物だった。










読んで頂きありがとうございます。

お互いに恋愛感情はないが、その分この人と結婚すれば日々穏やかだろうな、と思っている。

綾瀬は、恋人はいらないが、人生のパートナーと言える人はいても良いと思っている。更に言えば、良い所のお坊ちゃんなので、結婚しろと身内からせっつかれている。


生徒会の敵として風紀委員がベタっぽいので、ベタに突き進んでみました。星崎さんはベタなヒロイン像を想像して頂ければ、それです。

佐久間はベタなチャラ男を想像して頂ければ、それが過去の彼です。



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