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恐怖の荒療治計画





『みーつけた』


 悪戯っぽく笑う小さな男の子が、扉を開けて指を差す。そこには泣き虫の女の子がいて、突然の男の子の出現に涙で濡れた目をぱちくりと瞬いた。

 女の子はいつも、一人ぼっちで泣いていた。あるときはお屋敷の木の陰で、あるときは物置き部屋で、あるときは掃除用具入れの中で泣いているときもあった。女の子は決まって姿をくらまし、お屋敷内で一人きりになれるところを見付けては、いつも一人で泣いていた。

 その癖、少女は寂しい寂しいと涙を流す。恋しい恋しいと思い出に縋る。


『今度はおまえが鬼な!』


 かくれんぼをしているとでも思ったのか、男の子は屈託のない笑顔で女の子にそう言い付けた。困惑する女の子にだから泣くなよ、と男の子はやはり眩しいくらいの笑顔を向ける。


『おまえには俺がいて、俺がおまえと遊んでやる。だから何にも寂しくなんてない。な?泣くなよ』


 小さな男の子は、そう言って小さな女の子の手を握り、強引に女の子を引っ張り回した。どこへ行くにも女の子を連れ回し、珍しいものや面白いものを見付ける度に、嬉しそうに女の子へ教えた。

 始めは困惑していた女の子も、男の子に振り回される内に、寂しいなんて思う暇も無くしていった。男の子は、いつだって女の子のそばにいてくれた。女の子は、男の子がいてくれるから、寂しくても泣かなくなった。恋しくても前を向いた。

 女の子が恋に落ちるには、それで十分だったのだ。









 そんな時代が私にもありました。


 今や遠い過去の事過ぎて、最早誰?という勢いですが。あの頃の私は青く、純粋だった。恋の落ち方が単純過ぎる。若さって恐ろしい。今では鼻で笑ってしまいたくなるような切っ掛けだが、それを二十歳になっても引きずっているのだから、哀しい事にどこにも笑える要素がない。


「坊ちゃま」


 私の仕事は主に誠一郎様の屋敷内での身の回りの世話である。それに加え、お目付役としても佐久間のお爺様に任されている。佐久間家の使用人用のお仕着せを着て、今日もいつものように誠一郎様の朝食の配膳を整えていたのだが、背後から視線を感じて振り返らずに声を掛けた。


「ひぃいいいい!」


 すると、恐怖に引き攣った悲鳴が聞こえた。振り返れば、大きな花瓶の陰に隠れた誠一郎様がガタガタと震えている。確かその花瓶、下手をすれば家が一軒建つような値段ではなかっただろうか。とりあえず花瓶から引き離す必要がある。


「誠一郎様、落ち着きましょう。朝食の用意もすぐに整います」

「く、来るな。おまえも所詮女だったんだ!騙しやがって!」

「一体いつ私が、女以外だと謀りましたか」


 むしろ私をどういう目で見ていたのだ、この人は。へー、ふーん、あ、そう。物凄く後悔させたくなってきた。というか、何だその反応は。私は猛獣か。昔は野獣のように女の子を食い散らかしていた癖に。

 あの日、私が腹立ち紛れにキスをして以来、誠一郎様は私を見る度にあからさまに怯えている。正直、いっそ荒療治にならないかと少々期待したが、そう甘くはないらしい。誠一郎様の女性恐怖症は相変わらずのようだった。いや、キスなどという半端な事ではなく、いっそ押し倒してしまえば………


「な、何だその目は!何をするつもりだ!」

「その目とはどんな目ですか」

「どれだけ血を流せば致死量に至るのかを見極めようとして、モルモットを観察するマッドサイエンティストの目だ!」


 あら、そんな具体的な目をしていたかしら。己の表情や目付きくらい管理しきれないとは、私もまだまだである。


「助けて、セバスチャン!」

「こんな下らない事で下村さんの手を煩わせないで下さい」


 恐怖にガタガタと震えて下村さんを呼ぼうとする誠一郎様を諌める。彼の言う『セバスチャン』とは、佐久間家の家令を務める下村さんの事である。ロマンスグレーの似合う素敵な老紳士で、誠一郎様と私を小さい頃から優しく、時に厳しく躾けてくれた人だ。私の憧れの人の一人である。

 そんな下村さんが何故セバスチャンと呼ばれているのかと言うと、幼い頃の誠一郎様が『執事といえばセバスチャンだろう!』という謎の主張をした為だ。誠一郎様しか呼ばないので、全く浸透はしていないが、それでも彼は懲りずに下村さんをセバスチャンと呼ぶ。

 確かあの頃、彼はアルプスに住む少女が主人公のアニメをよく観ていた。


 優秀な家令である下村さんは、誠一郎様の声に応えてすぐに顔を出してくれたが、私が何も問題はないと伝えるとあっさり引いてくれた。その際下村さんへ縋るような眼を向けていた誠一郎様だが、下村さんは清々しい微笑みで見捨ててしまう。誠一郎様が放蕩息子として佐久間家の方々だけではなく、使用人にも心配を掛けていた為に、私が多少彼に無理を強いても周囲は『坊ちゃまの矯正の為に心を鬼にしているのだ』と解釈してくれる。誠一郎様に味方はいない。

 私は、改めて誠一郎様に向き直る。


「ご安心を。佐久間の家にお世話になっている身として、誠一郎様に害成すような真似は致しません」


 肉体さえ無事なら多少の事は問題ないと考えているが、それをわざわざ本人に伝えてあげるほど私は親切では無い。もちろん、割と具体的に夜這いの方法を検討している事も秘密である。


「誠一郎様、私は貴方をお慕いしていると申し上げました」


 それでも尚、警戒心を剥き出しにした様子でこちらを睨み据える彼に、ゆっくりと語り掛ける。まるで幼子に対するような、優しく穏やかな口調を心掛けた。


「しかし、だからと言って貴方に何かを求めるつもりはありません。恋人になって欲しいなどとは露ほども考えておりません。この間は少し、やり過ぎました。申し訳ございませんでした」


 謝罪を込めて一礼する。すると、怯えの代わりに困惑を浮かべる誠一郎様が、目を向けていた。幼い頃から共に育って来たというのに、まるで初めて相対する人間にするような戸惑いを浮かべている。


「麻耶は、何がしたいんだ」


 だから、私は何もかも飲み込んで、その上で正直に答えた。


「私の望みは、貴方が立派な佐久間の跡継ぎと成られる事。そして、誠一郎様。貴方には、誰もが羨むような幸福を手にして頂きたいのです」


 彼がずっと見失い続けてきた温もりや優しさを手に入れた姿を、他の何よりも見てみたい。愛した人に愛されて、大切にしたい人を大切にして、大切にされる佐久間誠一郎。彼がその存在を疑いながらも、何よりも求め続けてきたもの。ああこれは、叶わなくて当然だと、そう前向きに受け止められるような、完璧な幸福を手に入れて欲しい。

 そうすればきっと、この片想いとも、一生仲良く暮らしていく事が出来るから。









読んで頂き、ありがとうございます。

執事=セバスチャンは無駄にハイスペックな老紳士なイメージ。


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