カッターナイフ的な話(3)
「えー、ということで、ここは小数点以下を揃えて……」
それにしても、午後の授業ってどうしてこんなに、
って言うぐらい眠くなるよね。
食後に眠くなるのは、消化のために血液が胃に集中して、
脳にあまり血が行かないからだそうなんだって。
私は、脳内に流れる謎の音楽と戦いながら、
目をこらして黒板の文字に集中する。
ちらりと早苗を見ると、真剣な眼差しでノートを見ながら
手を動かしている。
その集中力を少しでも分けて欲しいよ。
「あー、じゃあ、次の問題を、えー、今日は29日だから――」
パチッ!
「ったたたぁああああーーーーーーーーーーーっ!」
突然何かが割れる音が教室中に響き渡り、早苗が大声を上げた。
(早苗ちゃん! どうしたの? 大丈夫?)
私は早苗に小声で話しかける。
「あー、山村。どうした?」
先生が私たちの方を見た。
……やばっ!
別に何もしてないのに、先生に見られると
「やばっ」って思っちゃうのは、生徒の性。
まあ、私たちの担任は、昔ながらって感じの
厳しい先生だからなんだけどね。
「愛理ちゃん、どうしよう。痛いよ~」
そうそう、早苗の話……って、ちょっ!
「早苗……、って、血が出てるじゃん!!」
私は、思わずガタガタと立ち上がった。
早苗の指から、赤黒い液体が流れ出している。
いやいや、どうしようじゃなくて!
「先生! さな……山村さんが指を怪我してますっ。
出血大サービス、じゃない、多量です!」
クラス全員の視線を浴びながら、私は叫んだ。
恥ずかしい。
「大丈夫か! ……えっと、保健委員!」
先生が視線をさまよわせる。
「はいはいは~い。私で~す」
1人だけ場違いな雰囲気で、ガタガタと元気よく立ち上がったのは麻衣。
ああ、そういえば、麻衣が保健委員だった。
キャラじゃないけど。
「はいはい、早苗ちゃん。保健室へレッツ・ゴー!」
いそいそと早苗の席に駆け寄り、
ポケットから取り出したハンカチを早苗の指に巻き付けると、
腕をつかんでドアへと向かう。
おお、麻衣のくせに手際が良い!
「あっ、麻衣ちゃん。ハンカチ汚れるよ~」
「いいからいいから~」
そんな言葉を残しながら、早苗と麻衣は廊下へと消えた。
「あー、では、授業を続け――」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
思わず大声を上げ、私は慌てて口を塞いだ。
「どうした? 上山も怪我か?」
「あ……、や……、いえ、何でもありません。すみません」
再びクラスの視線を一心に浴びて、しどろもどろに。
心臓がドクドクと音を立てている。
先生はため息をつくと、再び授業を再開した。
何で大声上げたかって?
だって、早苗の机の上には、カッターナイフと、
いびつな形に割れたカッターナイフの刃が落ちていたから。
……さっきから集中して授業聞いてるなーって思ったら。
何やってんのよ、早苗。




