ロリコンとくまモン的な話(2)
「……え……と」
突然僕の思考に割り込まれ、混乱する。
遅すぎる思考が、その女の子が自己紹介をし、僕にも自己紹介を促しているのだということを、やっと理解する。
「えとさんかぁ……。ふふ、変わった名前だね」
「あ、や、僕は――って言うんだ」
「そっかそっか、短い間だけど、よろしくねっ!」
危うく「えとさん」にされる危機を脱した僕は、屈託のない笑顔を向ける女の子に、曖昧な笑みで応えた。
短い間って、降りる駅までって事だろうが、几帳面な子だな。
「おにいちゃんは、カイシャイン?」
「え、……うん。そうだよ」
ああ、なるほど。
僕は理解した。
このぐらいの子は、大人とのコミュニケーションに憧れるってのを、何処かの本で読んだことがある。
大方、車内に僕しかいなかったので、そのチャンスを得るべく凸ったのだろう。
「おにいちゃんは、どこの駅で降りるの?」
「えっと……」
タタン、タタン……
タタン、タタン……
返事に困った。
降りる駅は、とうの昔に過ぎている。
今頃は、課長が眉間にしわを寄せながら、入り口を睨んでいることだろう。
先輩は、周りの様子を伺いながら、僕に電話していることだろう。
携帯の電源は切っているが……。
「降りる駅、わかんないの?」
女の子が、僕を見上げる。
純粋無垢ってのがこれほど似合う表情はないなって感じで。
「えっと……」
タタン、タタン……
タタン、タタン……
考えろ!
何でも良い、この場を適当にやり過ごす言葉を。
必死に思考を巡らせるが、考えれば考えるほど頭が真っ白になって行く。
そう、昨日、課長にこっぴどく叱られた時のように……
タタン、タタン……
タタン、タタン……
「何処に行きたいのか、わかんないの?」
先ほどと同じ感じで、女の子。
「えっと……」
タタン、タタン……
タタン、タタン……
駄目だ。
こんな小さな子の前で、みっともない。
ここは大人らしく振舞わないと!
とにかく、何か、上手い言葉を!
タタン、タタン……
タタン、タタン……
「ふふ、おにいちゃんってば、さっきから『えっと』しか言わないし」
「えっと……」
「ほら、また『えっと』って言った~。そうだ! あと2回『えっと』って言ったら、罰ゲームね」
子供が、些細なことに食いつく現象。
特に追求するつもりもなく、単に思いついたことを言葉にしているだけ。
分かっているはずなのに、その言葉が僕を追い詰め、更に思考が遅くなる。
タタン、タタン……
タタン、タタン……
「実はさー」
僕の返事を待ちくたびれたのか、女の子が、前を向いた。
「私も、何処に行きたいのか、わかんないんだー」
「えっ?」
意外な言葉に、僕は女の子をまじまじと見た。
白いブラウスに、紺のスカート、胸元には水色のリボン。
多分、小学校の制服だろう。
いや、そもそも、そのランドセル。
どう見ても、小学生。
何処に行くも何も、学校に行くに決まっているじゃないか。
「学校に、……行くんじゃないの?」
僕の当たり前の質問に、女の子の表情がざわめく。
タタン、タタン……
タタン、タタン……




