ハンバーガー的な話(4)
(愛理ー。ご飯いらないのー?)
階下からママの声。
「今日はいらなーい」
(今日も、でしょ? もー、小学生はダイエットなんかしなくてもいいからねっ)
ママは何か勘違いしてるけど、本当のことを言うわけにはいかない。
「愛理~、入るぞ」
私の部屋をノックして、パパが入ってくる。
「愛理、ファミレスでも行くか?」
微笑みながら、パパ。
「あ……、ありがと、パパ。でも、本当にお腹減ってないの」
これは本当。
だって、今日もハンバーガーSセット食べてきたし。
ここで、パパはちょっと複雑な表情を浮かべる。
「何か、学校で……、えっと、ほら、例えば、友達と雰囲気悪いとか、……なんて言うか」
「あ、それはないよー。大丈夫。あのね、麻衣ちゃんたちと実験していて、えっと、……きゅ、給食をたくさん食べちゃって、……それで」
「そうか、愛理が大丈夫ならいいんだけど、何かあったらちゃんと相談するんだぞ? パパとの約束」
「うん、約束するよ~」
少しの間私を見ていたパパは、頷くと、私の部屋を後にした。
はぁ~っ、と深いため息。
心臓がどっくんどっくんと音を立てている。
パパは、いじめってやつを心配していたみたい。
てか、漫画だと、こう言うのって、さくっと出来てるんだけど、実際にやってみると、パパとかママとかがいるわけで、言い訳とか、色々面倒くさいなぁ。
今日で3日目だから、……あと4日かぁ。
先が思いやられるなぁ……。
まあ、夕ご飯食べればいいんだけど、たぶんお腹入らないし。
本当にお腹壊しちゃうよ。
でも、麻衣も早苗も頑張ってるんだから、私だけ一抜けは駄目だよね。
そして、不幸は2日後に訪れた。
「うそ……」
鏡の中の私が、私を凝視している。
正確に言うと、私のおでこのあたりを。
2ミリぐらいのプクッとした物体。
触ってみると何か痛い。
あれだよ、あれですよ。
クレアラシルですよ。
……じゃない、今の時代ならプロアクティブ!
ハンバーガー食べ続けたらどうなるか研究会、研究成果キター。
って、喜んでる場合じゃないっ!
「愛理ーっ! 遅刻するわよーっ!」
「はーい。もう行くー」
ママの声に、私は、前髪を入念に下ろすと、ランドセルを背負って玄関へと向かった。
○
「おはよー。てか、イメチェン?」
早苗としゃべっていた麻衣は、私を見ると、自分のおでこのあたりを指さした。
「麻衣ちゃん、前髪下ろしても可愛いね~」
これは早苗。
いや、それどころじゃないし。
「あのさ、2人ともまだ無事? ってか、これ見てよっ!」
私は、ランドセルを下ろす間も惜しんで、左手で前髪を上げる。
「あっ!」
「どうしたのそれ」
2人とも異口同音で声を上げると、私のおでこを指さす。
正確には、にきびさんをね。
「ハンバーガー、食べ続けて5日目、ニキビが出ましたよ-。はい、研究終了」
「……えと」
「……あー」
……あれ?
何この反応の薄さは。
「ちょっとっ! 何でそんなに反応薄いかな-。だいたい、あんたたちはどうなのよ」
私が衝撃を受ける30秒前。
「え? どうなのよもなにも。愛理こそどうしたの?」
「え?」
色々麻衣は意味不明だけど、この言葉の意味は本当にわからなかったよ。
「だ~か~ら~、ハンバーガーなんか毎日食べてたら、にきびも出るっちゅーの。あんな食品添加物と不飽和脂肪酸と塩分の塊、常識だよ。わかる?」
え?
何言ってるの? この子。
だって、麻衣が言い出したことじゃん!
「何言ってんのよ! あんたがハンバーガー食べ続けたらどうなるか研究会とか言い出したから、やってたんじゃん!」
「……あ、あー」
あっ! って感じで麻衣。
こりゃ、やっちまったなってやつ。
「そんな話あったあった。あっはっは」
あっはっは、じゃないし!
こりゃ、聞くまでもなくあれだよ。
自分で言い出しておいて、風呂入ってトイレ行って、寝る頃にはすっかり忘れているっていう、あれだよ!
たぶん、テレビか何かで新しい興味を見つけて、興味の対象が上書きされるという、あれだよ!
B型万歳だよ!
「麻衣。……今日という今日は、さすがの私もやばいんだけど」
「えと、……愛さん?」
たぶん、私の目はイッていたと思う。
ふらり、と麻衣に近寄り、
麻衣の胸に腕を伸ばし、
「ごごめんねっ! 愛理ちゃんっ!!」
悲鳴に近い早苗の声と共に、早苗が私に抱きついた。
え? 何?
「え? 早苗?」
「ごめんねっ! だって、みんなが頑張ってっ、……いるのにって思ったら、言えなくっ……て」
私の肩に顔を埋め、何故か泣き出す早苗。
「ちょ、早苗。どうしたのよ、いきなり」
そりゃ慌てますよ。
「あのね、ハンバーガー食べ続けっ、……たらどうなるか研究、2日目にね、パっ、……パに怒られて……、それで……っ」
しゃくり上げる早苗。
つまり、早苗家では、2日目にして親に止められたと。
まあ、普通そうなるよなぁ。
「早苗のせいじゃないからー。泣かないでよ~」
どうしよう、またまたクラス中の注目浴びてるじゃない。
「えっと、……とりあえず、ごめん」
珍しく神妙な面持ちで、麻衣。
……まあ、いいよ。
何か、気勢そがれたって言うか、もうどうでもいいや。
死んだわけじゃないし。
「まー、普通に考えて、そんなこと続ける方がおかしいのかもねー」
「なんて言うか、反省してる」
いつもの軽口じゃない麻衣。
うん、さすがにこんな修羅場になったら、普通の精神なら罪悪感を感じるって事。
はぁ~っ……
「でさ、埋め合わせって言っちゃ何だけど……」
「なによ、埋め合わせとか、麻衣らしくないし。気持ち悪いわね」
麻衣は、困ったような表情を浮かべ、ポケットから何かを取り出す。
「これでハンバーガーセットおごるからさぁ~」
「いるかっ!!」




