自己紹介的な話
この世の中に善と悪という物があって、
そして、この世の中は、その善か悪で分かれているとしたら、
私は善なのだろうか、悪なのだろうか。
よく、ママが「ゲームばかりしてると、将来悪い大人になるわよ」とか言うけど、
じゃあ、ゲームばかりしないと、いい大人になるのだろうか。
もう一つ疑問がある。
そもそも、悪い大人になるってどういうことだろう。
『――と110番通報があり、駆けつけた警察官により、
男は、殺人の現行犯で逮捕されました。
警察の調べによると、男はインターネットで――』
「いやぁねえ、最近こんなニュースばっかり」
「このみ、学校の近くじゃないのか? 気をつけろよ」
テレビのニュースを見ながら、ママは眉をひそめ、
パパはちょっと心配そうな顔で、お姉ちゃんを見ている。
テレビのニュースとかで、人を殺したり、
物を盗んだりしてる大人が居るけど、
悪い大人になったから、ああいうことをするのだろうか。
それとも、人を殺したり、物を盗んだりしたら、
悪い大人になるのだろうか。
カレーの中に巧みに忍ばせてある、私のひとときの幸せを、
いとも簡単に奪い去る、あの赤い物体をかわしながら
スプーンですくい口に運びながら、私は考える。
私にとっては、悪い大人ってのよりも、
この赤い物体の方が100倍嫌な存在だよ。
今日も、その作業を繰り返しながら、
カレーという好物を楽しむことに努め、
私の幸せを奪い去る赤い物体からの攻撃を、
全てかわしたことに満足をおぼえつつ、
私は、そそくさと席を立った。
「ごちそうさま」
「ふふっ、愛理ってば器用だし」
お姉ちゃんがクスクス笑いながら、私のカレー皿を見た。
「ちょっと! 愛理! にんじん食べなさいって言ってるでしょ!」
「だってー」
ママの最終攻撃をかわすべく、
私は考え得る最もしょんぼりした表情を作る。
もちろん、同情を誘い、「まあ、今日の所は赦してあげる」
って言わせるぞ作戦。
この攻撃さえかわせば、今日の私の記録には
『晩ご飯に大好物のカレーが出た良い日だった』
とだけ残ることになる。
「だってじゃないでしょ!
もう、にんじんばかり残すと、悪い大人になるわよっ!」
げっ!
にんじん残しても悪い大人になっちゃうのか。
悪い大人ってば、当たり判定広すぎ!
「まぁまぁ、しょうがないじゃない。愛理は小学生なんだし。
あたしが食べるからさ、ママ、今日のところはあたしに免じて~」
「このみはそうやって、いつも愛理を甘やかすから――。
って、ちょっと! 愛理! 待ちなさいっ!」
お姉ちゃん、ありがとう。
私はお姉ちゃんに一生付いていきます。
私は、お姉ちゃんにありがとうの意味で少しほほえみかけると、
テーブルに背を向け、部屋へダッシュした。
「もうっ、あの子は」というママのため息を背中で聞きながら。
そうそう、自己紹介をしなきゃだよね。
私は「上山愛理」。城陽小学校の6年生だよ。
うん、愛理って名前の通り、私は女の子。
髪の毛は栗色かな、光によってちょっと赤っぽく見えるけど。
えっと、えー……
あれ?
意外に紹介することないや。
まあ、あれだね。
30年ぐらい異性の相手がいなくて、これじゃ老後が心配だってので、
一念発起してコンカツパーティってのに参加したのに、
異性を前にして自己PRがちゃんと出来ない大人みたいなやつだね。
それはそれとして、さっき私をかばってくれた、
優しいお姉ちゃんは「上山このみ」、
この辺では名門の西城高校の1年生なんだ。
……って、同じ家族だから「上山」ってわざわざ言わなくても良かった。
とにかく、お姉ちゃんは優しいし、美人だし、
頭良いし背中まで伸ばしている黒髪はきれいだし、
えっと、まだいっぱいいいところあるけど、
とにかく、私の自慢のお姉ちゃんだ。
口癖は、「まぁまぁ」ってやつかな。
私がママと喧嘩していても、
お姉ちゃんに「まぁまぁ」って言われると、
ほわーんってなっちゃうから不思議だよ。
カレシとかは、まだいないみたい。
でも、正直言うと、出来て欲しくないと思う。
そして、パパは会社つとめをしていて、
何かエスイーって仕事をしてるみたい。
よく解らないけど。
そして帰ってくると、ご飯の時以外ずっとゲームやってる。
あれ? でも、パパは悪い大人じゃないと思うけど。
ママはセンギョウシュフってやつで、ずっと家にいるよ。
あ、でも、ネットでオークションとかやって、
リサイクルショップで買ってきた物を売ってるみたい。
たまに「今日、すっごく高く売れたの~」とか言って、
その日はお寿司になったりするかな。
口癖は、「これめっちゃレアじゃん!」って感じかな。
あれ?
何の話をしていたんだっけ?
ああ、悪い大人になるってどういうことだろう的な話。
まあ、だけど、いいや。
考えたって解らないから。
だって、私は小学生だし。
その代わりに、鏡を見ながら私は考えた。
「もし、にんじん食べたら、お姉ちゃんみたいな美人になれるのかな」
と。
そして、このとき、私は知る由もなかった。
次の日のご飯が、にんじん尽くしになることを……




