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第四話 もう一人の転生者

シリアス?シリアル?な四話目。


司書さんのキャラが定まってないというのは内緒。

 数年前、少年は駅のホームに立っていた。

夜の駅のホームには、座り込んでいる学生もいた。…世間では「不良」と呼ばれる者達だ。

―――つまらない。何で僕はこんなくだらない世界に生きてるんだ。

「僕はあんな奴らとは違う。」

少年は、ポケットから携帯電話を取り出す。

―――母さんからメールか。

最近、交通事故で彼と同じクラスの生徒が亡くなったという連絡があった。

「下らない…。」

少年は、携帯電話を真っ二つに折った。

『4番線を、電車が通過します。黄色い線より離れてお待ちください。』

ホームの人間に注意を促す放送。勢いよく迫ってくる特急列車。


少年は、飛んだ。


 「自殺とは、感心しませんねぇ。」

少年の目の前に居たのは、白い服を着た男。

「…は?」

―――訳が分からない。

「そんなにつまらない世界だったんですか?」

「アンタ誰?」

銀髪を搔き上げ、男は言う。


「私は神様です。」


少年に手を差し出し、神は続ける。


「面白い世界にもう一度生きてみませんか?」


少年は、躊躇いながらも手を伸ばした。


――――――――――――――――――――――――――


 ある朝、少女は目を覚ました。傍らに置いてあった帽子を手に取り、空を仰いだ。

「勇者…早く帰って来い…」

少女はそう呟くと、ブローチを握り締める。

「ボク達と一緒にここでひっそりと暮らすって考えは無いのか?」

彼女―魔法使いのルフレ―は数か月前に失踪した『勇者』の仲間である。

「剣士はあの愚かな王に殺された…神官は君を探して行方不明…。しかも王は君が怖気づいて逃げただなんて言ってる…。」 

ルフレの目から涙が零れ、枕に透明な染みを作る。

「もう、待ってるのはボクだけなんだよ…?ボクを一人にしないでよぉ…」


―――――――――――――――――――――――――

 

 勇者君が来たり、図書館の司書さんが有名な邪竜だったりと、まだまだ魔界は問題が山積みのようで…

今度は勇者君に覇気がない。ぼーっとしていてご飯が冷めたとかそんな次元の話じゃない。壁にはぶつかるし、皿は割るし、何もしてない時にはひたすら外を眺めているし。

「おかしいと思いません?」

「確かに上の空だな。何を考えているのやら。」

話を聞こうとしてもはぐらかすし、絶対何かある。

「仕方ない、《催眠》でもかけて聞き出すか…」

「とても面白そうな算段だね。でもその前に、魔王が呼んでいたよ。」

司書さん…音もなく現れるのやめて下さい。

「僕の気配を感じ取れないレミちゃんにも問題があるんじゃない?」

「すいませんでしたね…」

「あれー?僕の事めんどくさがってない?」

ナイフ構えながら言う台詞なんですか?

「フン、わざわざ自らウザがられるとは、お笑いだな、ニーズホッグよ。」

「…切り刻まれたいのかい?」

私としては、リヴァイアさんのスプラッターは遠慮しておきたいです。

「…で、魔王が呼んでいるのではなかったのか?」

「あ、忘れてた!行ってきます!」


 質素な中にも厳格な雰囲気が漂う魔王様の部屋のドアをノックすると、魔王様がドアを開けて、部屋に入るように促した。

「魔王様、何かあったんですか?」

「んー、一応報告をしておきましょうかと思いましてね。」

「何の報告だ?」

なんだろう、報告されるようなことあったっけ?

「実は、人間が動いたようなんですよ。」

「人間?」

「ええ、何が目的かは分からないですが、何かに備えて兵力を集めているみたいなんです。…私としてはかなりまずい状況なんですよね。」

まあ、魔王様は人間との共存を目指しているから今戦争になったりしたら確かにまずいよね。

「でも勇者はこっちに居るし…」

「勇者でなくても増長した人間がここまで攻めてくることはあるがな。」

「恐らくその類でしょう。しかし、しばらく音沙汰なかったのに急に攻めようとするだなんて、珍しいこともあるものですね。」

要するに、人間なんかぼっこぼこにしてやんよってことだよね。腕が鳴るわー。

「あ、君は待機ですよ。私一人で十分です。」

「え?」

「魔王は足手まといになるから来るなって言ってるみたいだよ?」

そんな殺生な!

「魔王命令です。…ニーズホッグ。」

司書さんにひょいと抱えあげられる。ちょっ、まだお話が…

「魔王、よいのか?」

「人間の女の子を危険に晒す趣味はありませんから。」

「あ、僕は生きてる人間なんて興味ないし、レミちゃんと待機していても良いよね。」

「まあ、構いませんが。」

魔王は呆れたようにつぶやき、ついて行こうとしたリヴァイアサンを掴む。

「魔王?」

「貴方は私と一緒に行くんですよ?」

「ちっ…」


 そのとき、勇者は窓から外を眺めていた。

「はあ…」

勇者は友人からの手紙の内容がまだ信じ切れなかった。

「本当に俺宛てだったのか…まあ間違いないだろうが。」

勇者が手に持っている封筒には、《転送》という、小さなものを送りたい相手に確実に送るための魔法陣が描かれていた。

『王が魔王領を攻めると言いだした 正義の為だなんて言ってボクらに命令していたがやはりそれは嘘だったみたいだ もう魔王なんてどうでもいい 帰ってきてくれ 勇者』

ひどく簡潔な文章であった。

「…俺は、どうすればいい?」

勇者は自嘲気味に笑い、差出人の名前をつぶやいた。

ルフレ、と。


 ということで、視線だけでか弱い不死身少女(わたし)を5~6回ほど殺れそうな感じを醸し出している司書さんと自室待機になった訳で。

「あのー、せめて図書館に」

「あんな魔導書だらけの場所に行って、転移の魔法でも使う気かい?」

魂胆はすぐにばれるようだ。

気を取り直して他の策を…

「司書さん、いつまでここに居ればいいんですか」

「僕から君に話すことは無いよ。魔王の命令だからね。」

『魔王』という単語が非常に重く感じられる。それにいつもの司書さんとは雰囲気が違う。

「どうしてそこまでって思うだろう?」

「え?」

心を見透かされて驚く私をよそに、司書さんは続ける。

「魔王の命令は絶対だからね。僕も死にたくはないし、何代も前の魔王の時代に任されたからね、魔王城(ここ)を。」

「そうなんですかー」

「と、言いつつ窓から逃げるなんておかしなことを考えるんだねぇ?」

ば、ばれたーーーーーーーーっ!

とにかくここは三十六計を決め込むに限る!

「一応6割は話聞きましたから!」

…待てよ?私の部屋って確か

「レミちゃんここ3階!」

「あああああああああぁぁぁぁぁぁ………」


ぐしゃ。


 迂闊だった。窓から飛び降りるとは、全くの予想外だった。

今回ばかりは自分が自在に飛ぶことができない事を呪った。

「レミちゃん!?」

急いで窓の外を見下ろしてみると確かに先ほど地面に直撃したはずの彼女が起き上がって走り出していた。

「魔王に報告かな…ってこのまま行かせたらまずい!」

傍にあったナイフを掴み、全速力で後を追い始めた。


 …まさかこんな形で人間と対峙することになるとは。

「魔王、どうするのだ?敵の数は…」

「一万を超えていますね。」

魔王は目の前に広がる大軍勢を見てため息をついた。

「戸惑っているようですね。」

「まあ当然だろうな。…一体何を考えているのだ?敵の目の前に降り立つだなんて。」

突如飛来した影を見て、動揺を隠せない人間の兵士たちを見て、魔王は微笑んだ。

「まずはプランAですよ。…話し合いです。ああ、私の正体は隠しておきましょう。面倒です。一応貴方の力を一部開放しますが…殺してはいけませんよ?」

「了解した。…が、せめて羽をしまってから言え。」

魔王は両手をあげ、ゆっくりと人間たちに近づく。魔王が歩を進めるたびに人間たちがざわつく。剣や弓を構え、今まさに攻撃しようとまでする者まで居る。

「皆さん、私は魔王様の使者です。少しお時間をいただけますか?」

魔王が声をかける。しかし、人間たちは構えを解こうとはしない。

兵士の誰かが口を開く。

「どういうつもりだ、我々を騙して、取って喰おうとでも言うのか?」

「滅相もございません!我らが魔王様はむしろ貴方がた人間に対して友好的な感情を抱いておられます。」


「黙れ化け物!」


魔王に向けて矢が放たれた。が、魔王の手はいとも簡単に矢を掴んでいた。

「化け物、ですか。」

その矢をきっかけに魔王に向けて無数の矢が放たれる。

「やはり、分かりあえないのですか。」

魔王は眼を伏せた。矢が迫っていても動こうとすらしない。

「せめて矢を避けてから言ってくれぬか?」

「無理です、《追尾》がかかっています。」

魔王に当たる直前で、矢は氷塊に突き刺さり、完全に勢いを削がれていた。

「焼き払えばいいではないか」

「これも作戦です。それに、貴方が何とかしてくれるでしょう?これでも信用しているのですよ。」

魔王の従えていた小さな白蛇が急に人間を軽く超える大きさになったことで、更に動揺が広がった。

「な…何なんだあれは!」

「怯むな!一万の軍を一人と一匹で処理できるはずがない!」

軍の隊長格の言葉だろうか。その言葉に押され、人間たちは魔王に向かってどっと押し寄せはじめる。

「…殺しはしませんから。どうか引いて下さい。」

「相変わらず甘い奴だ。」

魔王が軽く左腕を振るうと、5、6人の兵士の膝に小ぶりなナイフが突き刺さる。


「人間よ!繰り返しますが我らが魔王様は人間の土地を侵すつもりはありません!無益な侵攻はやめて下さい!」


そう言いながら、魔王は急所をわざと外すようにナイフを投げる。

ナイフが突き刺さった兵士は苦悶の声をあげ、それを見た仲間は目に見えて士気を落とし始める。

「…人間共、そろそろ気付いたのではないか?貴様ら程度では勝てん、諦めて魔王領(ここ)から立ち去るがいい。」


 窓から落ちた時に服にいくらか血が付着したが、私はそんなことに構ってはいられなかった。

「レミちゃん、流石に今回は怒ったよ?」

「いやあああぁぁ死神が来るうううううぅぅぅぅぅ!」

司書さんが何らかの魔法でナイフを増やしては投げつけながらこちらを追ってくるのだ。これでは流石の私も…

「逃げずにはいられないッ!」

「ちょ、ま、体力持たない…」

邪龍でも引きこもりは体力ないのかー意外だなー。

「まあ、別に構わないんだよね。」

「え?」

何で…何でさっきまで前を走っていたはずなのに私の前に司書さんが?

「まあ、訳分からないよね。《置換》なんてマイナーな魔法。」

《置換》?…まさか、

「場所替えの杖!?」

あの某風来人御用達の?

「まあ、そんなもんかな。さて、帰ろうか。」

「そ、そんなぁ…」

絶望的かと思ったそのとき、


「その子を渡す訳にはいかない!」


なんか声掛けられた。なんかゴツイ鎧着てる。

「…人間?」

「君、大丈夫か?」

ポカーンとしている私と司書さんをよそに、ゴツイ鎧のおっさんは私に歩み寄る。

「さあ、こっちに来なさい。もう怖がらなくていいんだよ。」

訳が分からない。

「あの、私は…」

「ちょ、僕にも意味が分からないんだけど?待って、ナイフ置くからちょっと話し合おう。」

「か弱い女の子を取って喰おうとしておいて話し合いだと!?」

取って喰う?という顔をする司書さん。まあ確かにあの鬼のような形相は取って喰おうとしていると思われても何の不思議もないと一瞬思ってしまったけども。

「えーと…あの、僕正直生身の人間とか興味無いんで、そういう誤解は止してほしいんだけどなぁ。」

「黙れ!どんな奴でも一度はそう言うんだ!賢者様がきたらすぐに帰れる準備はしてあるからな。もう少し待ってくれ。」

司書さん凄い困ってるし私もわけわかんないから帰ってくれ!


なんて思っていたら、虚空にどこでもドアのようなものが現れ、そこからフードをかぶったショタっ子…少年が現れた。


「…君が『カミヤ レミ』?」


何で、私の生前の名前を…

「連れて帰れ。」

「はっ。」

「させないよ。別に僕はこの子を食べようとしている訳じゃないし、この子は自分の意思でここに居るんだ。退く訳にはいかない。」

司書さんが私をかばうようにおっさんと私の間に割り込む。

「人間嫌いの龍族にここまでさせるなんてやはりただの人間じゃないんだな。」

「…なぜ、僕が龍族だと解った?」

「答える義理はない。」

そう言って、フードの少年は杖をかざす。

「《封魔結界》…それに、もうすぐ死ぬんだ。遺言は無いのか?」

「ぐっ…!?」

何故か司書さんの周りだけ重力が大きくなったかのように地面に亀裂が走る。

「訳が分かりません!私はさらわれた訳じゃないって何度言ったら」

「…そう。じゃあ君もだ。」

少年はゆっくりと呪文を唱え始める。…まあ、生き返るし、この人たちに化け物って言われるくらいなら良いか。

「貫け。《氷槍・グングニール》。」

あー、うん。これは、しんだな。

「そうはいかない…ッ」

私に突き刺さる予定だった氷の槍は、司書さんの体に深々と穴をあけていた。私の頬に血飛沫がかかる。

「何で…?」

「…なぜ動ける。まさか結界に綻びが…?」

「増長した人間には分からないと思うよ、こんな結界、僕を封印しようとした物には遠く、及ばない、ね。」

口からボタボタと血を流し、司書さんはその場に倒れこんでしまう。

「まあ、いい。こうなりたくなかったら来い。」

司書さんが私をかばったのには何か理由があるはず…だったらこのまま何も言わずについていった方がいいの?

(…死なないことがばれたらまずいんじゃない?)

何処からか声が聞こえる。司書さんの方を向くと小さく頷かれた。ああ、テレパシーってやつですか。

(この場は僕が諦めたことにした方が都合がいいから…後で魔王にでも追いかけさせるよ。しばらく人間に捕まっててくれ。)

その言い分はおかしい。…でもやっぱりついて行った方がいいのか。

「…分かりました。ついて行けばいいんでしょう。」

「話は分かるみたいだな。砦まで飛ぶぞ。」

そう言って、司書さんだけを置いて、私と少年とおっさんは、その場から姿を消したのだった。


 フードの少年が消えた後、ニーズホッグはゆっくりと体を起こした。

「う…」

身体に空いた穴からは何やら赤黒い肉塊が顔を覗かせている。

「あちゃー…流石にこれは早く塞がないと死ぬかもなぁ。」

至極他人事な口調である。

「うーん、塞ぐにしても治癒魔法なんて使えないし、包帯に使えそうな布だってないし、どうしようかなぁ。」

そう言いつつ、自らの体から出ているほんのりと暖かい塊をぷにぷにとつついている。

「あーあ、まさか自分の血でできた血だまりに座り込むなんて思ってなかったなぁ。気持ち悪い…」

そう言っている間にも傷口からは止め処なく血が流れ出している。

「もー、気持ち悪くて何にもする気になれない!もう良いよ、誰も通りかからなかったら結局僕は死ぬんだ!」

そう言ってその場で大の字に寝っ転がる。はたから見たら不審な死体だ。


「あの、大丈夫?」


幸運にも、付近を通りかかる旅人が現れたのだ。

「…君、人間?」

「え?あ、うん。」

現れた旅人を凝視する。悪意はなさそうだが…

「こんな怪我でも普通に生きてる化け物でも助けてくれるのかい?」

「ボクのいた修道院ではすべてが平等だから。」

旅人は、マントのフードを取り、笑顔を向ける。

「ふうん…じゃあお願いするよ。」

そう言って、ニーズホッグは落とした内臓を詰め始めた。

「そんな適当な…」

「大丈夫、そのうち戻るって。」

詰め終わると、旅人は傷口に手をかざし、呪文を唱え始める。

「何でこんなところに倒れていたんだ?」

「うーん、人間に大切なものを持って行かれちゃってね。」

「大切なもの?」

「うん。まあ同じ城で働いてる下っ端なんだけど、人間にさらわれちゃってさ。」

…嘘は言っていない。あくまでも人間に人間がさらわれたことを明言していないだけであって。

「そう。」

だいぶ傷がふさがってきたところで、旅人は手を離した。

「これで大丈夫だと思う。あ、そうだ、ちょっと待って。」

旅人は立ち上がり、何をするかと思えば、着ているマントを破き始めたのだ。

「ちょ、ちょっと何してるのさ!」

「ちゃんと保護しておかないと危険だから。」

「だからってそんな大切そうなものを…」

装飾は少ないが、質のよさそうなマントである。庶民にはそうそう手に入らないような。

「問題ない。」

「…また修道院の教えかい?」

「困っている人にはできることをすべてしてあげなさいと言われたから。」

既に包帯の要領で巻かれてしまっているうえに、好意を無駄にする訳にはいかない。

「あーあ…人間にだけは借りを作りたくなかったんだけど。」

「返さなくても良い。」

「僕が嫌なの!…で、何か困ってることある?」

そう言うと少し考えてから、旅人は口を開いた。

「実は人を探しているんだ…。えっと、勇者って職業で…って貴方に言っても分からないか…。」

「勇者…かい?」

そう言うと、旅人は頷く。

「そうだなぁ、まあ知らなくもないし教えてあげようか?」

「本当??」

「でも、危険だよ?本当にいいのかい?」

危険というのはあくまでもハッタリだが。

「はい!」

旅人の目からは涙が溢れていた。

「で、言ってしまうとその勇者君は魔王のところに居るんだよね。」

「え?」

「もちろん初めは勇者君が単身で魔王を倒しに来たみたいなんだけど、なんやかんやで魔王と打ち解けたみたいでね。」

とても適当な説明だが、嘘は(以下略

「じゃあ、勇者はそこで元気にしてるの?」

「まあ、ね」

「…実はボクも人間に追われて困っている。魔王に言ってボクを雇ってもらえると、助かる。」

「うーん、じゃあ僕から言ってみようか?借りもあることだし。」

旅人は嬉しそうに頷いた。

「そう言えば、君、名前は?」

「…ルフレ。」

「ふうん。じゃあ行こうか、ルフレさん。ここから近いから。」

歩くときもルフレはこちらの傷をいたわるようなそぶりを見せながら歩いていた。


 不本意ながらも人間に手を出してしまったことは、魔王の心に重くのしかかっていた。

「はぁ…。」

「魔王、いつまでそうしているつもりだ。」

「人間に手を出してしまったんですよ…落ち込みますよ~。」

「我には一生分からぬだろうな。」

そんなやり取りをしていると、部屋のドアが開いた。

「魔王、勇者君に会いたいって人が来てるよ。後レミちゃんが人間にさらわれちゃった。」

「すいません、整理して下さい。」

「①勇者君の友人が来てる ②レミちゃんがさらわれたてへぺろ☆」

「魔王、舌を抜いてしまえ。」

ふざけて言っているが、実際に勇者に会いたいという人間は来ているし、レミもさらわれた。

「勇者君に逢いたがっているなら勇者君のもとに…ってどうしたんですかその格好!」

恐らく大量の血が付いたシャツ類の事を指しているのだろう。

「ああ、人間にまあまあ強い魔術師がいてさ。油断しちゃった☆」

「フン、人間相手に後れを取るとはな。」

「うん。で、この怪我じゃレミちゃん助けに行けないから行ってくれない?」

「…ニーズホッグ」

「あー…うん。説教でも何でも聞くよ、後でね。」

魔王は迷惑そうにため息をついた。

「全く、自らの管理不届きを魔もぎゅっ%&*¥#$…」

「貴方の説教は聞かないよ?」

リヴァイアサンの口を掴んだまま、ニーズホッグは部屋から出ていこうとする。

「むー!むーむー!!」

「うるさいなあ、そんなに魔王が好きかい?」

そう言うと、魔王の居る方向に向かってリヴァイアサンを放り投げる。

「生物はもっと丁重に扱え!あと我は貴様の顔が見たくないだけであってだな…」

「ハイハイ、レミさん助けに行きますよー。」


 司書さんに言われるまま人間についてきたけど、どうしろって言うんだ…。

「飲め。」

目の前にゴトッと音を立てて大きなグラスが置かれる。中身はよくあるお茶のように見えるけど…

「安心しろ、毒など入れていない。」

私が警戒しているのは毒ではなく、自白剤とか《傀儡》の魔法薬とかなんですけど…。

「で、『カミヤ レミ』、なぜあの龍族と一緒に居たのか教えてもらおう。」

フードで隠れて見えないけど、この魔術師さん、結構声が可愛いなあ。

「私が話せることは何もありません。」

「ネグロ様、少し休ませてあげた方が…。」

まーた鎧のおっさんか。見飽きました。

「黙れ、下がっていろ。」

うーん、この人が言ってもいまいち威厳に欠けるというか…。でもおっさんには効果あったみたいだね、どっかいっちゃったよ。

「お前が『カミヤ レミ』だということは分かっている。質問に答えろ。」

「何でそれを知ってるのか教えてくれたら私もできる範囲で協力しますが。」

私にネグロさんなんて言う知り合いはいない!

「…俺の『今』の名前はユキ=ネグロ。」

『今』?

「聞いたことは無いか、『クロカワ ユキ』を。」

「『クロカワ ユキ』…?」

クロカワ…くろかわ…黒川…黒川?

「黒川…幽希君?」

生前同じクラス(確かたいして仲はよくない)だった黒川君?

「そう。俺が黒川。」

「何でここに?てか何で司書…ニーズホッグさんを攻撃したりしたの?」

「王は魔王領がどうしても欲しいらしい。だから攻め込む理由を探しに来た。」

「もうすでに攻撃しちゃってるじゃん」

「別に、本当に殺すつもりなんてなかった。龍族は頑丈だし、神から聞いたが、『カミヤ レミ』は殺しても死なないし。」

…私は確かに確実に死なないって確証はある。でも、司書さんは死んでしまったらそれっきりなのに…?

私の頭の中で、これ以上話を聞くなと警報が鳴り響く。

「…あと、俺は転生先が王の重臣の家だった。あの場でそうしなかったらネグロ家に迷惑がかかる。…王がどうしても魔王領を攻めるのなら、刃を交えることがあるだろうな。」

「…仕方がなかったっていうのはわかる…でも、黒川…ネグロさん、ニーズホッグさんだって生きてるんだよ?」

「ユキでいい。…別に、あの龍が死んだとしても、この世界の基盤全てが崩壊する訳じゃない。」

世界に影響がなければ、殺しても良いの?

「何で、そんなこと言うの?人間は世界の中心なんかじゃない、人間がそんなこと決めて良いわけない!」

思わず立ち上がり、座っていた椅子を机に向けて叩きつけた。怒りの感情とは恐ろしいもので、木製の椅子と机は、大きな音を立ててばらばらになってしまった。

「ネグロ様!お怪我はありませんか!?」

「ああ、へ、平気だ。」

ユキ君は唯一私と分かりあえて、秘密を共有できる存在だと思ったのに。

「よーく解りましたよ!ネグロさん、私は貴方のような生命を粗末にするような人は信じられない、やっぱり人間なんか滅べばいいんだ!」

拳を握り締める。『人間なんか滅べばいい』と本心から思ったのは初めてだった。

「まさか人間に擬態した悪魔だったのか 」

もう悪魔でも何でもいい。人間なんか、人間なんか信じるもんか!

「違う、彼女は人間だ。」

もうフォローなんていらないよ、ユキ君。

「なんだっていいです…むしろ今は、人間であることが恥ずかしい。」

人間は自分たちが世界の中心だなんて勘違いしている。確かにそれは一部だけなのかもしれない。それに、自分たちの安全や生活の為、何かを殺さなくてはいけないことは分かっている。それでも、生命を尊ばない言動は私にとって許しがたいものだった。

「私は、同じ人間として恥ずかしいです。」

隠し持っていた魔導書を取り出し、呪文を唱え始めると、それを遮るように部屋に若い兵士が入ってきた。

「大変です!ヴァンパイアが砦に侵入してきました!」

「なぜ食い止めない!」

「無理です!死者は出ていませんが、近づく事すらできません!」


 ヴァンパイア?近づく事も出来ない?…まさか。

「やあ、ここに居たんですか。探しましたよ、レミさん。」

聞きなれた優しい声。

「すみませんね、手荒な真似をして。でも、レミさんを引き取りに来たと言っても、誰も反応してくれないなんてあまりにもひどいでしょう?」

「まおう…様。」

ニーズホッグさんの言ったとおりだ。

「魔王…だと?」

慌てるおっさん。

「はい、魔王です。」

「…こいつを引き取りに来たって、どういうことだ。」

「そのままの意味ですよ。レミさんは私の城で働いてもらっていますから。魔導師としてね。」

突然の魔王様襲来に慌てる人間達。…私の記憶が続いているのはここまで。

「よかったぁ…」

魔王様が来たことに安心して…あと不死能力使った後に飲まず食わずで半日経ってたし、気を失ってしまった。


 魔王がいない間に、勇者に会いに来たというルフレを勇者に会わせるため、図書館に置いてきたルフレを迎えに行く。そう言えば本が大好きだと言っていたことを思い出した。

「ルフレさん、魔王とも話はついたから(ついていない)早速…って」

ドアを開けると目の前に広がっていたのは、本の山の真ん中で薄気味悪い笑い声をあげながらいくつもの本のページを同時にめくっているルフレの姿だった。

「えーと…なにしてるの?」

「うふふふふふふふ…この量はすごい…黄金の山みたいだ…」

「ルフレさん?おーい?」

「王宮の書物庫なんて当てにならない…国宝級とか言われててもここには何冊もある…その国宝級よりももっと貴重な物がここには山ほどあるというのに…やっぱり人間は更に学術的に良い物を求めようという心という物が…ぶつぶつ…」

本が大好きというか、それどころではない執着のしかたを見せつけてくる。が、まだ正式にこの城でルフレが働くと決まった訳ではない。

「ハイハイ、そこまでね。」

パチパチと手を鳴らすと、ルフレの周りに浮かんでいた本がバサバサと音を立て床に散らばる。

「後でいくらでも読めるんだから、勇者君のところに行こうね?」

「はい…す、すいません…」

トランス状態を見られたからかは分からないが、顔を赤らめていた。

「さて、ここだよ。」

勇者の部屋のドアを叩くと、返事は無かったが、すぐにドアが開いた。

「やあ。」

「アンタは確か…ニーズホッグさん…だっけ?」

勇者の声に感激したのか、後ろに居たルフレに突き飛ばされた。

「フォルツ!」

「おまっ…ルフレ 何でここに?」

「イタタタタ…ちょっと、感激するのは分かるけどもさ、僕を突き飛ばすことは無いんじゃないかい!」

「ずっと探してたんだよ いきなり居なくなるからっ…ボクっ…」

もちろん、聞いていないことは分かっていたが。

「ニーズホッグさんが連れてきたのか?」

「ま、ね。僕も彼女に借りがあるし、君に会いたいっていうから。あと人間に追われてるようだから(うち)で雇うように口を利いてあげる約束もしたよ。」

「えっ…ぐすっ……よかった、よかったぁ…」

ふう、と溜め息をつくニーズホッグ。

「ま、しばらく感動の再会を祝うんだね。僕は邪魔しないよう部屋で休んでるから。」

「別にそういう関係じゃ…」

「女の子泣かせといて放置だなんて冷たいんだねぇ、勇者君は。」

ニヤニヤと笑うと、勇者は何も返す言葉がないのか、代わりに思いっきりこちらをウザがっている表情をぶつけてきた。もちろん無視。


 次に目を覚ました場所は、自分の部屋(地上3階)だった。

「うーん…?」

「あ、おはようレミちゃん、遅かったね?」

「し、司書さん 何で私の部屋に居るんですか 」

いきなり声を掛けられ、驚いて飛び起きると、お盆を持った司書さんが不満げな顔をして立っていた。

「それひどくないかい?せっかく僕がご飯持ってきてあげたのに。いらないならもらっちゃうけど?」

「いります!」

正直、食欲に勝るものは無いと思うんだ。

「ゆっくり食べなよ?」

「はい!いただきまーす!」

渡されたお盆の上に乗っていたのは、おいしそうなシチューだった。

「おいしい…」

「よかったねぇ。ま。昨日はずっと寝てたからね。」

そう言えば妙に頭がすっきりするような…。

「そんなに寝てたんですか?」

「うん。でも別に大丈夫だと思うよ。君がする普段の仕事なんて図書館の整理ぐらいだろう?」

「うっ…まあ、そうですけど、そもそもそれは司書さんのせいでしょうが!」

司書さんの『蒐集はするけど整理とか捨てたりができない』性格のおかげで、図書館は大変なことになっているのは周知の事実だ。本が名前順に並んでいないどころか、ものすごく貴重な本がそこらへんにほっぽってあったり、虫に食われて読めなかったり、あろうことかカビているものまであったりする。

「まあね。自覚はあるよ。」

じゃあ直せ!…とは流石に言えないので何も言わないでおこう。

「そう言えばさ、君って結構面白い体質なんだね。」

「へ?」

「窓から落ちても死なないんだかどうか知らないけど、ただの人間じゃないなんて知らなかったなぁ。」

ものっそい黒い笑顔でこっち見てるんですけど…。

「な、何かの間違いでは?」

「そうやってひた隠しにしてることを魔王に教えてあげるの楽しそうだなぁ…君が何も言わないんだったら僕、口を滑らせてしまうかもしれないなぁ…。」

「すいませんでした言います。」

司書さんに対しては隠し事できないなぁ…。と思いつつ説明。まあ面倒なところはほぼ省いたけれども。

「ふーん…寿命以外では死なないのかぁ。」

「まあ、そうみたいです。」

「てかさ、その死と転生の神?だっけ?あれ多分嘘。」

「あの、神様って嘘つくんですか?」

多分聞くとこそこじゃないと自分でも思う。

「うん。全体的に白っぽくて胡散臭いやつでしょ?僕を作った全知全能とか言ってた神に酷似してるんだよね。」

「はぁ…。そうですか…。」

全くわけわからん。そもそも何で司書さんが神様を知ってるのさ?

「信用してないよねその目。…仕方ないなあ、説明してあげるよ。」


―――――――はい、カット☆―――――――――――――


要点まとめ

①司書さんが生まれる前の記憶が残ってて、そのときに見た胡散臭い神様を今でも夢に見るらしい。

②夢によると、司書さんに本気を出したらすべてを破壊しかねない程度の力を植え付けたのが神様らしい。

③てかそもそも不死なんて(いろんな意味で)バカみたいな能力独断で与えられる神なんて全知全能の奴しかいない気がする。


「まあ、そんなところかな。」

「へぇ…」

「あいつのせいで治癒魔法使えないし邪悪扱いされるし族長に追い出されるしで大変だったんだよ?」

それでここに居たのか…なんか納得。

「でも何で私に嘘をついたんでしょうか。」

「さあね。まあ面白がってるだけだと思うけどねー。」

面白がってるって…。

「そんなもんだよ。所詮奴らにとってはライフゲームなのさ。」

「それ、納得いかないです。」

「優しいんだね。一度死んでるからって命の重さでも分かってるつもりかい?」

生命は尊ぶべきものでしょう?

「自分のはいいの?死んでも生き還るからって無駄遣いしても?」

「えっ…」

「君はもう少し考えるべきだよ。仮に生き還るとしても、そうだな…君が姫ちゃんをかばって死ぬところを見ても姫ちゃんが平気だと思うのかい?」

そ、それは…。でも…必要があればリヴィアを守らないと…

「それは君のエゴだ。…君が死ぬところを見て悲しむ人がいることを忘れちゃいけないよ?どうせ、君は後六十年もしたら死んでしまうんだろう?」

「あ…。」

そうか…このままじゃ、私はリヴィアが成人(?)するところも見れずにどんどんおばあちゃんになって…いつかは…

「それに、痛みは感じるだろ?そういう能力って大体そんな感じだし。」

「まあ痛いし苦しいですが。」

「そういうの、一人で抱え込もうとしないでよ。」

司書さんがなんか言ったっぽいけど、小声で聞き取れなかった。

「なんか言いました?」

「いや、何でもないよ?」

気のせいかな。なんか司書さんが気恥ずかしそうにしてるけど…。


 「れーみーいーーーーーっ!!!」

そんなやり取りをしていたら、突然ドアが開き、ドア付近に居た司書さんが壁とドアの間に挟まれる。

「もー!どこいってたの?おとうさまが『お使いに行った先で体調悪くして倒れた』っていってたからしんぱいしたんだよ?」

「リヴィア…。」

さっきまで重い話をしてたからこの笑顔がまぶしい。マジ天使

「レミィ、びょうきなんかはやくやっつけていっしょにあそぼうね?」

「もちろんだよ。あ、風邪かもしれないし、うつすと悪いからフォルツ君のところで今日は遊んでもらってくれないかな?」

なんか涙が出てきたので、咳するふりして見せないように努める。無駄に心配させたくないしね。

「レミィ、おだいじにね?」

「ぅん…」

「ぼ、僕は無視なのかい…?ねえ、姫ちゃん…?」

不平を洩らす司書さんの声もリヴィアには届いていないようだった。

「…はぁ。」

「どうしたんだい?」

「あの、倒れただけでこんなに心配されたら…。」

「そうだよー姫ちゃん泣いちゃうよー?泣くだけじゃ済まないかもねぇ。」

涙が込み上げてきた。リヴィアは人間とヴァンパイアの違いをまだ何も知らないんだ。私は百年もしたら絶対に死んでしまう。でもリヴィアにとっての百年なんてあっという間で…

「死にたくないっ…リヴィアと…皆と離れ離れになるなんて…っ」

「…ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。」

何で司書さんが謝るんですか!

「…落ち着くまで、外に居ようか?」

「すいません、お願いします…」


 部屋から出るとドアの向こうからは押し殺した声が聞こえる。

「ごめんね、レミちゃん…役立たずで。」

何万冊の本を読み漁っても、どんなに習おうとも、自らの手は破壊しか生まないのだ。

「どうして、僕はこんな風に生まれたんだろう。」

今まではただ少し不便だとしか感じなかった。

誰かを守りたい、助けてあげたいと思ったことなんてなかった。

「…生物に興味を惹かれたことなんてなかったのにな。どうしちゃったんだろ。」

自分の手をじっと見つめる。この手を壁に思いっきり叩きつけたらそこを爆心地としてこの城を吹き飛ばすぐらい造作もないだろう。でも、自分にはそれしかできないのだ。傷を癒すことも、何かを守ることもできない。友人からもらったマジックアイテムで、擬似的に別の魔法を使うことはできた。しかし、自分だけでは何も、出来ないのだ。

「…どうやって慰めようかな。」

結局タイミングがつかめぬまま、夜が明けてしまった。

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