貴族の息子アトヘルツ
めでたしめでたしっぽくなってから数日後。
ナノセントは、貴族のドラ息子と差し向かいになってしまった。
アトヘルツは、権力をかさに着まくる、貴族のろくでなしドラ息子だ。
ライオネストとアトヘルツが竜騎士養成学校に入るまで、ナノセントもみんな同じ学校に通っていた。
アトヘルツは、やせ形で肌色は白く、キツネ顔。典型的ないじわる顔をしている。
ナノセントは、竜騎士演習場へ見学に向かう途中、人気のないところで、アトヘルツと鉢合わせた。
*
「借金のカタになったんだってな!」
アトヘルツは、自分より頭半分小さいナノセントを見下ろす。
ナノセントは、歩きながら、無視して通りすがろうとする。
しかし、向かってくる通行人を避けようとして、図らずも二、三回ディフェンスしてしまった時のように、何回も進路を阻まれた。
「……」
ナノセントは、アトヘルツの噂を思い出す。
恐喝とか暴行とか、事件をカネで揉み消したとか。鵜呑みにするわけではないが、何それ怖い。
借金のカタのネタを振り続けるアトヘルツに、ナノセントは反論する。
「よく知らないけど、それはもう、払い終わったって……」
ナノセントは、しまった、相手をしてしまった。と思うが、アトヘルツは水を得た魚の様に、ぴちぴち動いた。嬉しそうだ。
どうやら、ナノセントの家に、理不尽な負債を吹っ掛けてきたのは、アトヘルツの家らしい。
アトヘルツは、難癖を付けた。
「利息とか延滞料とか、色々と言い方はあるんだよ」
「えぇ~……」
面倒なのに捕まってしまった感を出すナノセント。
アトヘルツは、ナノセントの腕を拘束する。
言い合いをする程度には、交流があった。しかし、ナノセントは不思議に思う。どうしてこの人は、人の嫌がる事をするのだろうか。
にわかに腹も立つ。もしかして、人を怒らせようとしてるのだろうか……。
「嫌がる女の子の腕を引っ張っちゃいけないって、お母さんから教わらなかったの?」
「嫌がる人間を、カネと暴力で組み伏せてからが一人前だと言われてますが何か」
「……」
アトヘルツの言ってる事は冗談なのだと、ナノセントは思う。
が、ドラ息子貴族のお前が言うと冗談に聞こえない。とも思った。
しかしこれでいて、アトヘルツは、本当にシャレにならないことはしない。
貴族の権力を目当てに、アトヘルツに近寄る人は多いが、それ以外の人たちもいた。
*
バサッ
突如、羽ばたきが聞こえた。
ドカッ
滑空してきた騎乗竜ライナーノーツが、アトヘルツに鳥キックをかましたのだ。
ライナーノーツの後ろ片足を受けたアトヘルツは、きれいに横転する。
うまく入ったのか、派手な動きの割に、大した怪我はない。
都合よく現れた救世主に、ナノセントの、ライナーノーツへの好感度が加速する。
ライナーノーツの背には、竜騎士ライオネストが乗っている。
「俺は無実です」
ライオネストは、貴族の息子アトヘルツに主張した。
このままライナーノーツを御せなければ、アトヘルツに噛みつくか、ナノセントに抱きつくか。ライオネストの、竜騎士としての腕は試された。
ライナーノーツに乗ったまま、じたばたしてる。
「ライナーノーツ!!」
ナノセントはライナーノーツの顔にしがみついた。
ライナーノーツは落ち着いて、ぼふぼふ言う。落ち着いてるのか? ライオネストは警戒しながら、ライナーノーツから降りる。
その時に目撃した、騎乗竜ライナーノーツと巫女見習いナノセントを見る、貴族ドラ息子アトヘルツが不憫だった。
ライオネストは、当て馬とか報われない恋とか噛ませ犬とか、世の中の割り切れない物事に思いを馳せる。
*
騎乗竜ライナーノーツの影で、ライオネストはナノセントに言い聞かせる。
「またアトヘルツに絡まれてたの……。でもまぁ、あいつは本当に好きな人にも、ああいう風にしか構えない、可哀想な奴なんだよ……」
「……!?」
ライオネストが持っていこうとする推理に、ナノセントは驚いて否定する。
「好きな子いじめって言いたいの? あれは単に性格が悪いだけじゃ……」
「まあ、そういう場合もあるけどね……」
真相は闇の中だ。
ライナーノーツの横蹴りからすでに立ち直ってるのに、まだそこにいるアトヘルツが、
「なななそんなわけなっない!」
って喚いているが、真相は闇の中だ。
アトヘルツのまわりには、一人、小股の切れ上がった良い人系ギャルがいた。アトヘルツの愚行に、「まったくもうバカなんだから!」と、一々愛のある目くじらを立てている。
ナノセントは、早く保護者的なその人が、ここに迎えに来てほしい、と願っていた。
「でもナノちゃんは、ライナーノーツが好きなんだよね」
「え、……う」
ナノセントは俯いて、「うん……」と小さく返事をした。
「えっなにこの……なに……両思いなんて滅びれば良いのに」
ライオネストは言葉とは裏腹に、爽やかな笑顔で、ナノセントとライナーノーツを祝福した。
ライナーノーツの顔に持ち上げられて、ナノセントのつま先は浮きあがる。
恋の一方通行が錯綜しつつも、様々な思惑により、色々な物を越えて、道が通じる時があるのかもしれない。