嫁ナノセント
この国には、騎乗竜という竜がいる。
竜騎兵、騎竜兵、竜騎士、などなどと言われる兵士。
騎乗竜とは、その兵士が乗る竜の事だ。
この国は、騎乗竜と竜騎士の特産地だった。
陸海空と厳しい自然に囲まれ、その地理は強い竜と戦士を作った。
軍国主義国家の属国で、兵器を作る国、食料を作る国と、色々あるが、この国は竜騎士を作る国だ。
しかし、大陸を揺るがした三つ巴の大戦争は終結して、すでに百年が経った。
平和になった世界で、竜騎士は、伝統文化、お飾りという、観光的な存在へと変遷したのだった。
竜という動物は、牛のようなクジラのような、大型の動物である。国や文化によっては信仰の対象にもなる。
強い動物である。食肉になる事もある。なんにしろ、人類との付き合いは長かった。
騎乗用の竜とひとくくりに言っても、姿は様々だ。
ヘビの形をして、空を飛ぶ竜。
カラスの様に、大きな翼で空を飛ぶ竜。
ニワトリの様な二足歩行で、地を走る竜。
鱗の竜。羽毛の竜。毛長の竜。
陸上の竜。海上の竜。海中の竜。天空の竜。
人間の少女、ナノセントは、竜の図鑑をパタン……と感無量で閉じた。
巫女見習いのために、長く伸ばした髪の毛は、薄茶より更に薄い色をしている。
ため息をついた口は、健やかさと清らかさをうつす。
目は、夢見るように光を反射した。
*
ナノセントは、図鑑にスリスリと頬ずりをする。
「はあ、竜は素晴らしい生き物だな……。きれい……」
などとナノセントが休日に書庫でまったりしていると、騒々しい足音が近付いてきた。
「ナノセント!」
ナノセントの父親だ。父親は、国の片隅にある地方の祭事長をしている。
父親は、元気よく娘の名を呼んだ。
「ナノセントは、竜のお嫁さんになるんだよー!」
父親は、なんのご神託か知らないが、突拍子もない事を言い出した。
ナノセントの父親は、昔から突拍子がなかった。
しかし、ナノセントはいまだに慣れない。気が遠くなる。
この国は、保護者の承諾があれば十五才から結婚できる。
できるとは申しますけども。
ナノセントは十五才だ。
「な! 何が望みなの!? 要求は何!?」
ナノセントは、誘拐犯への対応のように、父に促した。預かられたのは、自分の身柄だ。
「えっ……!?」
父の目が泳いだ。
「ナノセントは竜が好きじゃないか。……ならそれで良いじゃないか!」
「お父さん、私の目を見て話しなさい!」
ナノセントは、父の両肩をつかんだ。体の向きを固定する。
反抗期でもおかしくない娘から、こうもキチンと向き合われたのに、むしろ父親が反抗期じみて娘の拘束から逃れた。
ナノセントは仕方なく、ラスボスの召喚をした。
「ちょっと、お母さん来て! お母さん!」
「お母さんは同窓会で留守でした! 残念だったな!」
だがナノセントは、召喚にしっぱいした。
母は出掛けていて、家にいない。
ナノセントの歯がみを打ち消すように、父が高笑いをする。
ナノセントは、はめられた。わざわざ母のいない時を見計らって、話を進められたのだ……!
それは置いといて。
*
竜騎士のお嫁さん。ではない。
竜のお嫁さん。だ。
竜との婚姻は、どこかしらの家で数年に一度はある。
迷信にこる家が、こうして竜との縁を深める。家運繁栄、無病息災などのゲンを担ぐのだ。
近所の反応は、「へーえ。あっそうなのー」と、ちょっと古風な珍しいものを見る雰囲気だ。
竜の伴侶となった人間は、生涯独り身の者。家の外に、人間との家庭を作る者。
「竜との婚姻」に対する解釈は様々だ。
でも大体、形だけで、実際に夫婦になる訳ではない。
いや。
ナノセントは哲学をした。
何をもって夫婦とするのか。世の中には、仮面夫婦というのが存在する。まさに形だけの夫婦だ。
さらには仕事に没頭して、お嫁さんやお婿さんを貰ってない人が、「仕事と結婚します」と宣言する事もある。これは人間以外との婚姻、という事だ。
布団と結婚したい。布団と心中したい。布団なら俺の隣で寝てるぜ。などとも言う。
違う。そういう話ではない……。ナノセントは気が動転していた。
*
気が動転しているナノセントを無視して、父親は、竜の名前を伝えた。
「竜のライナーノーツ。ナノセントは覚えてるかな?」
「ラ、ライナーノーツ……?」