桐始結花
桐始結花、という暦があるらしい。
きりはじめてはなをむすぶ。なんて綺麗な響きだろう。きりはじめてはなをむすぶ。
涼やかな、澄んだ音が空想にこだました。
わたしの心の中で、見たことのないはずの桐の花が開く。
華やかに匂い立つその香りは彼女の存在を何よりも雄弁に表していて、知らないはずの彼女に、わたしの心は触れる。
豊かで、透明で、美しいその存在に。
きりはじめてはなをむすぶ。
わたしもいつか、あなたのように美しく花開くことができるだろうか。
緩やかに沸き上がる感動に身を任せて香りを放つことができるだろうか。ウォーターリリーの匂いとは違う、つくられたものではない、わたしだけの香りを。
この"わたし"というちっぽけな存在を包んでしまえるような、どこまでも澄んだ、綺麗な存在に。
きりはじめてはなをむすぶ。
遠い中国から運ばれてきた風がわたしの髪を撫でる。
知らないはずの夏の香りに胸を躍らせて、わたしは澄んだ空の下に立つ。
吸い込まれてしまいそうだ。それでもいいかもしれない。
美しい空気にわたしの存在は解けて、そうしてわたしは世界とひとつになる。
桐始結花、という暦があるらしい。
わたしは澄んだ空を見上げ、水気を含んだ空気を吸い込む。
暑い。
どこまでも暑い、夏の日の話だった。